幽世を通って出雲に行く。
「適当なところで現世に出て、そこから私が気配を探ろう」
天照も大蛇の居場所を知っているわけではないのだ。大まかな場所は予想がつくと言うが。
「わかった、それじゃあ出雲市の中心辺りに開くよ」
明蓮が扉を開き、私達は現世へと戻る。
「竜の姿のままでいいの?」
「また移動するだろうし、移動先で奴と戦うかもしれない。このままでいた方が都合がいい」
オリンピックが竜の姿のまま現世に姿を見せようとする私に尋ねてきたが、今は細かいことを気にしている場合ではない。
周囲を探ると、玉藻とアリスの居場所がわかった。
「いたぞ。アリスは
「ならば、本体を倒してからアリス殿を助けに行けば良いのでは?」
星熊の提案。大蛇の力がどれほどまでに強いかまだ把握しきれていない以上、確かにそれが無難ではあるだろう。だが、邪気の檻に囚われたアリスを放っておいても大丈夫とは限らない。
「いや、二手にわかれよう。アリスが放置されているとは限らない」
「じゃあ私が行くわ。あの子と仲が良くて大蛇の術にも対抗できるのは私ぐらいでしょ? 河伯は玉藻を助けてやって」
言うが早いか、天照がアリスの居場所に向かって走り出した。まったくその通りなので、ここは彼女に任せよう。
「私達は奥出雲に行くぞ。大蛇がまだどんな力を隠しているか分からない。とにかく人間二人は身の安全を最優先に考えてくれ、私も守り切れる余裕があるか分からないからな」
「ではあっしがこの娘達の身を守りやす。明蓮殿に大将のところまで連れて行って貰わねばなりませぬし、大蛇と因縁がある河伯殿はそちらに集中した方がよろしかろ?」
大蛇と戦闘するとして、星熊が積極的に戦闘に参加するのと人間二人を守ってくれるのとどちらがいいか考えると、彼の提案を受け入れた方がいくらか有利だろうと判断した。実際のところは分からないが、明蓮とオリンピックの安全を第一に考えたら守りに専念する役がいた方が安心出来そうだったからだ。
「わかった。二人の防御は頼んだぞ」
それぞれの役割を確認し、大蛇のいる奥出雲に向かった。
「その姿で来たか……
奥出雲の山奥で、玉藻に巻き付いて拘束していた黒龍が空を飛んでやってきた私に顔を向け話しかけてきた。
「河伯! 来てくれたんだ」
大蛇に巻き付かれて力なくうなだれていた玉藻が、声に反応して顔を上げ、私の姿を見て嬉しそうな声を上げた。どうやら無事なようだが、この状況からどうやって救うか……?
「へっへっへ、俺がちょっと力を入れればお前の大切な仲間が……おおっ?」
余裕の態度で私を挑発し始めた大蛇が、突然意外そうな声を上げる。なんだ?
「邪魔よ、クソ蛇! 殺されたいの?」
それまでの態度からは考えられないような強気の発言と共に、玉藻の身体から猛烈な勢いで炎が噴き出した。苦痛の悲鳴を上げて大蛇が身体を離す。
「うお熱っちい! なんだお前、どこからそんな力が」
「はぁ? 私を誰だと思ってんの? 日本三大妖怪が一柱、金毛白面九尾の妖狐様よ? たかだか八岐大蛇の首一本ごときが太刀打ち出来ると本気で思ってたわけ?」
だったらなぜ捕まっていた?
「ええ……? でも俺けっこう有名だよ? よくラスボスになってるよ?」
困惑してよく分からない反論をする大蛇。いや、お前もさっきまでの威勢の良さはどこへ行った?
「たわけが! 人気の差を知れ!」
玉藻は口調まで変わっている。人気の差とは、実に理不尽だ。それを言ったら私の出る幕は最初からないではないか。どうしてこうなった?
「あははー、玉藻ちゃんは河伯君が助けに来たから元気になったんだよ。女心が分かってないねえ」
困惑する私にオリンピックがまた理不尽な批判をしてくる。女心とは一体……ぐぬぬ。
「はあ、まあいい。どうせこの首で戦うつもりなんかなかったしな。精々仲良くやってな」
捨て台詞を吐くと、大蛇は首を出していた元の川の中へと沈んでいった。そんなに深い川には見えないが、あの中に本体がいるのだろうか?
ともあれ、玉藻が無事で良かった。アリスの方はどうなっているか見てみよう。
「アリスちゃん!」
走って行ったからか、天照は今やっと到着したようだ。彼女の前には禍々しい黒い檻があり、その中に体育座りをしていたアリスが声に反応して立ち上がった。
「天照……私のことを助けに来たの?」
「そうよ、ちょっと待っててね。今この檻壊すから」
天照の身体から温かな光が発せられる。そこにアリスが声をかけた。
「みんなアリスのこと邪魔だと思ってるんじゃないの?」
大蛇に何か言われたのか? アリスらしくない発言だ。
「なんでよ。あんたがいないとゲーセンに行ってもつまらないじゃない。私がなんでずっと人間の国にいると思ってるの?」
天照が檻を光で攻撃しながらアリスに語りかける。
「だって、私はいつも自分勝手に動いてみんなに迷惑をかけて」
「迷惑だって誰が言ったの? 河伯だってあんたと一緒にいたいから寝床に住ませてんのよ。五輪ちゃんだっていつも遊びたがってるじゃない」
うむ、稲崎先生は迷惑だと思っていると思うが、そこは置いておこう。どうやらアリスは自分を受け入れてもらえないのではないかと恐れていたようだ。そこを大蛇に突かれたのだろう。天照が行って正解だったな。こういう話は常に彼女が一番的確な言葉を告げる。
「……そっか、そうだったね」
アリスが笑顔を見せた。と、目の前の格子を両手で握る。
「なに? どうするの?」
「こうするよっ!」
バキッと音をたて、アリスは黒い檻を簡単にこじ開けて外に出てきた。こちらも精神的な理由で閉じこもっていただけか。
「にひひー、さあお兄ちゃんのところに行くよ!」
天照の背中にまたがり、右手の人差し指で前方を力強く指さすアリス。天照は大人しく彼女を乗せ、一声鳴くと走り出した。こちらに向かってくるようだな。
「アリスも無事だ。今こちらに向かっている」
「やった! さすが天照様!」
「あっけなかったなぁ。ま、終わり良ければなんとやらだ。あっしも早くスピカに向かわねえと」
私がアリスの無事を報告し、オリンピックと星熊が安堵の声を上げる横で。
明蓮が大蛇の引っ込んだ川を見つめながら、ポツリと呟いた。
「……ヤクモ」