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米を作ろう

「あらぁん、稲荷ちゃんてば、アタシの気持ちに応えてくれる気になったのぉん?」


 両面宿儺がやってきた。話には聞いていたが想像以上に筋骨隆々である。今の私ではかなり見上げる格好になる。大体身長2メートルぐらいだろうか? 着ているのは女物の着物らしいが正直私にはよく分からない。顔も手足も普通の人間と同じ数だ。


「おぬしに試練を与えてやろう。それで妾にふさわしい男か見定める。これが受け入れられぬならば二度と妾に近づくことは許さぬ」


 稲荷はこれまでとはまるで違う厳しい口調で両面宿儺に告げる。だが両面宿儺は笑顔を見せた。


「いいわよぉん。どんな試練でも愛の力で乗り越えてみせるわぁん」


 いちいち喋り方が鬱陶しいな。確かにこれでは稲荷が嫌がるのもわかる。


「では幽世へ参るぞ。明連殿、頼む」


 明連が幽世の扉を開き、試練の場所に向かう。余談だがこれでも稲荷から依頼料が支払われたので明連は機嫌が良さそうだ。


「よーし、美味しいお米を作るぞ!」


 オリンピックがやる気に満ちあふれている。


「まあ試練はあちらに任せて、我々は米作りを楽しむことにしようか」


 どうせ稲荷と両面宿儺の問題は当事者だけで解決してもらえばいい。私はオリンピックに稲作のやり方を教えることにした。


「この田で米を作るがいい。その姿を見て妾がお主を見定める」


「お米を作ればいいのねぇん? お安い御用よぉん!」


 両面宿儺は自信があるようだ。稲荷はかなりこだわりがあるそうだが、分かっているのだろうか?


 何はともあれ、我々は稲荷の用意した種籾たねもみを手にそれぞれの田んぼに向かうのだった。




「まずは塩水選だ」


「えんすいせん?」


「種籾は全てを植えればいいというものではない。中には弱いものも丈夫なものもある。それを選り分けるために塩水に入れて浮いたものを取り除くのだ。胚乳はいにゅうが多く重い籾が良い籾だからな」


「へー」


 うるち米の塩水選は比重1.13で行う。水20リットルに対し塩5キログラムを入れればいいので分かりやすい。できた塩水に種籾を入れてかき混ぜてやると軽い種籾が浮いてくるのだ。


「おー、浮いてきた!」


「上手い上手い!」


 女子二人がワイワイと賑やかに作業をする。こういうのも旅行らしくていいかもしれない。


「あっはぁ~ん、選別が終わったわぁん!」


 両面宿儺も同じように塩水選をしているようだ。


「塩水選をしたらかならず種籾を水で洗うんだ。塩分は発芽障害の元になるからな」


「わかったわぁん!」


 いや、お前には言ってない。


「沈んでた種籾を田んぼにまけばいいのね!」


「いや、その前に芽を出させる。田植えで苗を植えているのを見たことはないか?」


「そういえば!」


「取り除いた軽い種籾はどうするの?」


「スズメにでも食わせてやればいい」


 こんな調子でこちらは完全に稲作体験講習と化しているのだが、稲荷はこの様子をどう思っているのだろうか? 彼女に目を向けると、ただ黙って両面宿儺含め我々の様子を眺めている。その目は真剣そのものだ。


 やはり稲作には厳しいのだろう。


「さて、苗が育った。田植えの時期だ」


 幽世の時間の流れは現世と違う。すぐに育った苗をもって田んぼに向かった。


「苗の植え方は環境によって変わる。よく育つ土壌では苗の密度を少なめにしてやった方がいい」


「ひー、これだけ植えると腰が痛いー!」


「どんどん植えるわよぉ~ん!」


 騒がしく田植えを終えると、すぐに水入れだ。稲荷は水位にうるさいらしいからここからが勝負だろう。


「水深は5センチにするか。この後はしっかり根付くまで除草などをして待つ」


「河伯君、やっぱり女装するんだ!」


「……草を抜け」


 分かっていてわざと言っているな?


「苗がしっかり根付いたら水位を3センチ程度まで下げ、ぶんげつを促す」


「分げつって?」


「枝分かれして一ヶ所から数本の稲が伸びてくることだ」


 そしてまた田んぼの様子を見ながら待つ。


「ぎゃー雑草がー!」


「いやぁ~ん、虫が湧いたわぁ~ん」


「地道に手入れをしてやれ。いい米を作るためには手をかけることが大切だ」


 終始このような感じで騒ぎながら米の収穫までを終えた。幽世でおこなったおかげで、体感時間としては半日程度だった。現世では一時間も経っていないだろう。


「では精米して終わりだな。精米歩合は好みで決めろ」


「面倒になったから玄米のまま!」


「五分づきがいいわぁん!」


 分かりやすい奴等だな。では私はしっかり精米して白米にしよう。


「出来たようだの、ご苦労じゃった。そなたらは休んでおるとよい。明連殿、炊飯を手伝っておくれ」


「わかった。米を炊くぐらいなら私でもできるわ」


 稲荷が明連と共に米を炊く。しもべの狐も走り回って器用に食卓の準備をしている。米の出来はどうだろうか?




「まずは五輪殿の作った玄米をいただくとするかの」


「いただきまーす!」


 湯気が立つ玄米を口に運ぶ。ひと噛みすると、確かな歯ごたえと共に口の中に豊かな香りとほのかな甘みが広がった。これは……。


「美味い!」


 オリンピックが自分の作った米の出来に満足して一気にかきこんでいった。うむ、初心者が作った米とは思えない美味さだ。


「ふむ、素晴らしい米だの。店に並んでいてもおかしくない出来だ」


「玄米って意外と食べやすいのね」


「やっぱり玄米は香りがいいわねぇん」


 皆満足している。もう農家になったらいいのではないか?


「さて、では次は両面宿儺の五分づき米をいただこう」


 そっちを先に食べるのか? 試練の結果はどうなるのだろうか。


 狐が運んできた米はいい匂いを漂わせている。申し分ない出来だと思うが、どうか?


「う~ん、美味しいぃん!」


 両面宿儺は自分の作った米に舌鼓を打っている。これは精米歩合が違うので比較に迷うが、オリンピックの米よりいい出来のようだ。


「いい出来じゃ。おぬしの心意気、しかと受け取ったぞ」


「ということは……?」


 求婚を受け入れるのか。


「だが、この程度で妾の夫になれると思うなよ。とはいえ、言動からは伝わらないお主の真剣さは米作りを通して見えてきた。友として接することは認めようぞ」


「きゃ~ありがとぉん! まずはお友達からねぇん」


 ふむ、いい落としどころなのではないだろうか。今日一日共に過ごして、両面宿儺は喋り方以外はまともな男だと感じた。伝承では凶賊という話だが、マレビトの彼はそんなことはなさそうだ。


「おめでとう、スクナちゃん!」


 なんだその呼び方は。さすがにこの大男をちゃんづけで呼ぶのはオリンピックぐらいだろう。


「では最後に河伯殿の作った米をいただこう」


 そっちもやるのか。三杯目はきつくないだろうか? 狐が運んできた米は白く輝いている。皆で一斉に口に運んだ。


「うっまーーい!! ご飯をおかずにご飯が食べられるよ!」


 オリンピックが吠えた。うむ、我ながら良い出来だ。やはり米はこうでなくてはな。


「凄い、こんな美味しいお米食べたことないわ」


 明連も喜んでくれている。これは頑張ったかいがあったな!


「うう、悔しいけど完敗だわぁん」


 別に勝負していたわけではないのだが。


「さすがは河伯殿! 黄河文明を支えた太古の神は格が違ったのう」


 稲荷からも褒められた。今回は私も良いところを見せられたのではないだろうか?


 和やかな空気のまま、幽世から戻って来るのだった。

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