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求婚者

「そやつの名は両面宿儺りょうめんすくな。かつて武振熊たけふるくまに討たれたという伝承のある者よ」


 両面宿儺か。その姿は前後に顔があり腕と足がそれぞれ四本ずつあるという異形の怪物だとされるが、確かにそのような男から求婚されたら前後どちらに話しかけていいか迷うな。


「リョウメンスクナってどんなマレビトですか?」


 オリンピックが質問するが、両面宿儺も比較的名が知られている方ではなかろうか。この娘はいつも一体何を調べているのだろう?


「ふむ、男なのだが女のように振舞う面妖なやからでな」


「河伯じゃん」


 私は女のように振舞った覚えはないぞ明連。


「ほっほっほ、河伯殿のように可愛らしい者なら愛でてもよいのだがのう。あやつはむしろ筋骨隆々とした丈夫ますらおで、女の着物に身を包んでは奇妙な話し方をするのだ」


「あー、ちょっと前の時代に沢山いたタイプね」


 オリンピックが言っているのは、幽世の扉が開く少し前の時代のことだ。当時は男女同権というものをはき違えて男が女のように、女が男のように振舞うことを褒め称え、推奨していたらしい。男子がスカートを選択できるのはその時代の名残りで、今はスカートを履く男は滅多にいないと教えてもらった。


「両面を持つという伝承の姿が、どういうわけか男でありながら女のように振舞うという性質に変化したようだの。それならば男に求婚すれば良いものを」


 稲荷はうんざりとした様子で言うが、気に入らないのはその振舞いだけなのだろうか。ならば男の着物を着るように要求すればいいのではないか。


「他に両面宿儺を気に入らない理由はあるのか? 出自がふさわしくないとか、考え方が合わないとか」


「そうよのう……そもそも妾はあやつがどのような性格をしておるのかも知らぬ。なぜ妾に近づいてきおったのかもわからぬ」


 ふむ、親しい知り合いでもないのに突然求婚してきたのか。それは迷惑に思うのも無理はない。


「……ならば、試練を課すというのはどうだ? 両面宿儺が稲荷にふさわしい男か調べるのだ。性格もまったく知らないのに無下に断る必要もないだろう」


 奇行が目立つだけで中身は素晴らしい男かもしれないのだ。そういう相手と縁を結ぶ可能性を最初から切り捨てる必要もあるまい。稲荷のお眼鏡にかなわなかったらそのままお帰りいただけば良い。


「河伯君って本当に優しいねー」


「女装男にシンパシーを感じてるんじゃないの?」


「あれは明連の真似をしただけで私の趣味ではないぞ。外見や振舞いだけでは見えてこない内面に素晴らしいものがあるかもしれないだろう?」


 明連の真似という言葉に明連が複雑な表情をしたが、私の言い分に二人とも納得したようだ。揃って稲荷の方を振り返った。


「河伯殿がそう言うなら、試練とやらを考えてみようかの」


「先ほどから気になっていたのだが、なぜ稲荷はそんなに私を買っているのだ? 面識はなかったと思うのだが」


 わざわざ私を指名してきたことが気になって仕方がない。なぜ稲荷は私を知っているのだ?


「ふふん、河伯殿の動向は神々の間で現在最も注目されている話題でな。人間と共に生活し、妖怪達の悩みも解決し、天照殿とも懇意にしておる御仁に興味を持たぬ方がおかしいであろう?」


 どうやら私の行いは全て彼女等に筒抜けらしい。あれだけ大っぴらに動いていれば当然か。国のデータを何度も書き換えたりしているからな。


「では納得してもらえたところで、試練の内容はどうするかの?」


 稲荷が楽し気に尻尾を揺らしながら私に聞いてくる。試練の内容を決めろと言うのだろう。私が提案したのだから、それもやむなしか。


「はいはーい! お稲荷さんは田んぼの水位をいつも気にしてるんでしょ? 米作りをやらせるってのはどうかな!」


 そこに、オリンピックが右手を高く挙げながら提案をしてきた。完全に面白がっているな?


「ほう、米作りか。妾の裁定は厳しいが、あの女男がこなせるかのう?」


 米の神である稲荷の夫になりたいというなら、米作りにも通じていた方がいいかもしれないな。彼女も乗り気のようだ。恐らくかなりの確率で試練に失敗するだろうが、それでこその試練というものだ。米作りで両面宿儺の内面がわかるかは疑問だが、そこは稲荷だからむしろ相性をはかりやすいかもしれない。


「では、専用の田を作ってあやつにやらせてみるか。せっかくじゃから河伯殿も米を作ってみんか?」


「なにゆえ!?」


 何故私も米を作ることになるのだ。稲荷の前で出来るほど農業に精通してはいないぞ。


「黄河はその曲がりくねった形状から流域に肥沃な大地を作り出し、一大文明を作り上げる礎となったという。農作物とは切っても切れぬ関係ではないか」


「それはそうだが、米の神である稲荷が満足するような米など作れないぞ」


 困惑する私を見て楽し気に尻尾を揺らす稲荷。それを見た明連が目を細めて腕を組み、彼女に言う。


「どさくさに紛れて河伯も夫候補にしようとしてない?」


「ほっほっほ」


 明連の追求に否定も肯定もせずにただ笑う稲荷。なにやら不安になってきたぞ。


「またモテてる……」


 何故か頬を膨らませるオリンピック。私が悪いのか?


「でもちょっと米作りしてみたいかも。私も教えてもらっていいですか?」


「おお、良いぞ!」


 そして自分も米作りに参加を要望する。相変わらず自由奔放な娘だ。


「……米作りって一年がかりじゃないの? どうやってやるのよ」


 明連から指摘が入る。そうだな、幽世ならともかく、現世で米を作ったら丸一年かかるぞ。


「そなたがおるではないか」


 稲荷が当然のように明連に向かって言った。幽世で作るつもりか?


「最初からそのつもりで私達を呼んでない?」


「ほっほっほ」


 むう、この女神の真意が読めないな。飄々ひょうひょうとしている様子がなんとも高位の神らしいと言えるが。


「ではあやつを呼び寄せて幽世へ向かおうぞ。河伯殿、五輪殿も頑張って良い米を作っておくれよ」


 そしてなし崩し的に私も米作りに参加することになってしまったようだ。

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