「どうしたものかな」
茨木童子は酒呑童子をアイドルユニットに勧誘している。実際、外見は酒吞童子も整った顔立ちの青年だ。服装を気にしなければ並んでパフォーマンスをするのに問題はないだろう。
「いーんじゃない? 仲良しなんでしょ、満足するまで一緒にやってあげたら?」
玉藻がとても投げやりな口調で酒吞に言う。人探しの目的は達成しているし、その後のことに興味はないのだろう。私もまったく興味がない。
「でも貴重なキーパーを拘束されると困るでしょ。やるならもう帰ってこないつもりでやってね。彼は連れて帰るから」
そして天照が大切なことを告げる。うむ、人間に迷惑をかけるのは良くない。
「それでいいZE☆」
「いんやそいつは困るべさ」
茨木童子は帰らないつもりのようだが、酒吞にその気はないようだ。それはそうだろう。
「なんか地球に連絡する手段とかないの? 河伯は一万光年先の星のことも調べられるんだし、マレビトならそういう神通力誰か持ってたりしない?」
明蓮の言葉で、テレパシーが使えるアリスへ一斉に視線が集中する。
「遠くの星と話をするのは無理ー」
そのアリスが両腕で顔の前に大きくバツを作った。一同考え込んでしまうが、すぐにオリンピックが声を上げる。
「地球にいる他の鬼に伝言して定期的に来てもらうのは?」
なるほど。酒吞にはまだ仲間がいたはずだ。茨木童子の他に四天王と呼ばれる鬼もいる。そいつらが定期的に旅行してくれば茨木童子が満足した時に一緒に帰ればいい。
「名案だな。ここに来てくれそうな配下の鬼を紹介してくれ、連絡を取る」
「面倒見がいいわねぇ」
天照が頭をブルブルと振りながら呆れたように言うが、私としては明蓮に定期収入を約束したいという打算もある。酒吞や玉藻も貴重な収入源だと言っていたからな。
「……分かった。茨木童子は頑固だでな、オラもしばらく付き合うしかなかんべ。んじゃ星熊童子にこれを渡して説明してくんろ」
そう言って酒吞が差し出したカードを受け取り、いくらか観光をしてから地球に帰ることにしたのだった。
「やはり天使様なのでは?」
能力者の男がよく分からない尊敬のまなざしを向けてくるが、これも何となく気持ち悪い。そういえば名前を聞いていないが、明蓮以外の人間に旅行を依頼するつもりもないからどうでもいいか。
「あー、楽しかった!」
地球に帰ってくると、オリンピックの満足そうな一声を合図に解散の流れとなった。
「ねえ、五輪さん。私のことは秘密にしておいてね」
「もちろん! また一緒に連れていってね」
念を押す明蓮だが、オリンピックはマレビトと遊ぶことしか考えていないだろう。うっかり口を滑らさないように気を付けておく必要があるな。
「ねーねー、お兄ちゃん。アリスと二人で街に行こっ!」
オリンピックが明蓮と話しているからか、アリスが私を誘ってきた。
「街か。構わないが、どこか行きたいところがあるのか?」
アリスは私より人間社会のことをよく知っている。街に出かけても問題はないだろうし、私も人間社会のことをもっと知らなくては明蓮に心を開いてもらうことが出来ない。今回、明蓮はかなり打ち解けていたようだが私にはあまり変わらない態度だった。
「んーとねー……」
アリスは左の人差し指を顎に当て、視線を上に向けた。
「ゲームセンター!」
行きたい場所を決めたようだ。ゲームセンターとは比較的若い世代の人間が集まって有料のゲームを遊ぶ場所だな。幽世の扉が開いて一度完全に絶滅したのだが、最近はまた復活しているらしい。
「いいだろう。明蓮達は帰って高天原をするようだから、放っておいても問題はない」
天照が明蓮とオリンピック、それに玉藻にまで声をかけてゲームをやるために帰宅を促している。私とアリスはゲームのアカウントを持っていないので参加しないのだが、皆がゲームをしているからアリスもゲームをしたくなったのだろうか?
「それじゃ、しゅっぱーつ! あ、手をつないでね!」
催促され、アリスの手を握って街へ向かう。周囲からは兄妹にでも見えるだろうか。妙に鼻息が荒い少女に引っ張られるようにゲームセンターを目指すのだった。
「ここにね! 可愛いぬいぐるみが取れるクレーンゲームがあるの!」
やってきたゲームセンターの前ではしゃぐアリス。ぬいぐるみが目当てか。アリスの外見的には何もおかしくないはずだが、この娘は自分で兎を出したり出来るのだから必要はないのではなかろうか。ぬいぐるみを取るという行為そのものを楽しむのかもしれない。
「ではやってみようか。どれが欲しいんだ?」
中に入るといくつもの透明な箱が並んでいて、その中に山積みになった景品とそれを掴むための爪がついた機械が入っている。この爪はアームというらしいが、なんとも心もとない。簡単に取られたら商売にならないだろうから仕方ないな。
「これ! この猫のぬいぐるみなんか絶対河伯お兄ちゃんに似合うよ! ふひひ」
私に?
またアリスのよく分からない嗜好か。いや、私の方が人間社会のことには詳しくないのだ。もしかすると彼女の感覚の方が正しいのかも知れない。
「そうか……どれどれ、ここに金を入れてこちらのボタンで動かすのか」
「あっ、普通に上のやつ掴んでも力が弱いから落ちるよ! そっちのやつに引っかけて山を崩して!」
妙に熱のこもった指示を出すアリスにつられ、私もつい熱が入ってしまう。
「よし、ここで……あっ、落ちた!」
「あーん、もうちょっとみぎー!」
次々と硬貨を投入し、騒がしく挑戦する私達を周囲の人間達が微笑ましいものを見る目で見ながら通り過ぎていく。やはり兄妹で遊んでいるように見えるのだろう。そんな周囲の反応も把握しているというのに、ぬいぐるみは取れない。
「何故だ、もうちょっとで取れそうなのにどうしても取れない」
「難しいねー」
更に数回の挑戦を経て、ついに絶妙な位置で一匹の猫を掴むことに成功した!
「よし、掴んだ!」
「いけー!」
アームに吊り上げられ、運ばれていくぬいぐるみ。固唾を飲んで見守る我々。
外に出る穴の上に移動し、アームが開く。ここまで来たら成功を疑う余地はないのだが、これまでの数えきれないほどの失敗が我々に疑心暗鬼を生んだ。穴に落ちる最後の瞬間までまったく安心できないのだ。祈るようにぬいぐるみの行方を見守っていると、開かれたアームから真っ直ぐに落ちて穴に入っていった。
「やったぞ!」
「やったー!」
我々は見事、猫のぬいぐるみを手に入れることに成功したのだった。
「ふう、夢中になってしまった」
「次はなにやろっかー」
たったこれだけのゲームにここまで夢中になってしまうとは。なるほど、人間がゲームばかりしているわけだ。
アリスの宣言通りに私が戦利品のぬいぐるみを抱え、次のゲームを物色する。上機嫌の少女が今度は格闘ゲームなるものに目をつけたらしい。
「キャラを動かして戦うのか」
「対戦しよー」
アリスが勝負を挑んでくる。その小さな身体で操作できるのだろうか?
「ちゃんとボタンを押せるのか?」
「むっ、馬鹿にしてー! コテンパンにしてやるんだから!」
機械の両側に座ってそれぞれの画面を見ながら操作するようだ。このような古いタイプのゲームが、最近は人気だという。あまりに技術が発達しすぎて、最新技術で作られたゲームは『遊ばされている感』があっていまいち人気がないそうだ。
「むむっ、操作が難しいな」
「いけー、ギャオロン!」
アリスが操作するなんだかよく分からない造形のキャラに一方的に殴られる私の操作キャラ。これはダメだな、練習しないとろくに動かせるようにならなそうだ。神通力を使えばこの手の電子ゲームは自在に動かせるが、それではゲームにならない。
結局アリスの操作するキャラに手も足も出ず完敗してしまった。さすが、言うだけのことはある。
「ふっふーん、アリスの勝ち!」
「まいりました」
初心者を一方的に倒して勝ち誇るアリスに、苦笑しながら敗北を認める。まあ、楽しんでいるなら良いことだ。
「よーし、じゃあ次は音ゲーしよー!」
こうして私とアリスは、時間の許す限りゲームセンターを堪能するのだった。