次の日、ローレンス学園に登校すると明蓮がオリンピックから高天原のIDを聞かれていた。明蓮からは恨みがましい目で見られたが、その嘘をついたのは天照大神だし、おかげで秘密を明かされずに済んだのだから恨まれる筋合いはないだろう。酷い濡れ衣である。
「よし、今日はアリスちゃんは来てないわね!」
担任の稲崎先生が入ってきてこんなことを言う。アリスが迷惑をかけたから仕方がないが、学校の教師がそんな発言をしていいのだろうか。
それに、私の神通力が非常に残念な事態を知らせている。主に先生と明蓮にとって。
「おにーちゃーん!」
全員が席につき、朝礼を始めようとしたその時。ドアを勢いよく開けて教室に飛び込んできたのは、狼の背中にまたがったアリスだった。
「きゃあああ! アリスちゃんなにそれ!?」
天照大神である。すっかり意気投合したらしいが、それでいいのか最高神よ。
それに、もっと厄介なものが近づいてくる。こうなったら私がどうにかするしかないな。
「先生、私はアリスを連れて外に出ています」
手を挙げて離脱を宣言すると、稲崎先生は「お願いね」と言ってそのまま外に出させてくれた。厄介払いである。オリンピックがついてきたそうな顔をしているが、見なかったことにする。
「アリス、アマテラス。どうやら他のマレビトが近づいてくるようだ。おそらく明蓮の他の顧客だろう」
教室から連れ出して少し離れたところで、二人に状況を説明する。言われなくても分かっているかと思ったが、驚いた顔をする二人。
「なになに? どんなのが来るの?」
「明蓮って人気者なのねぇ」
「話によると酒呑童子と金毛白面九尾の妖狐だな。彼等も最近になって急に依頼をしてくるようになったと聞く。まずはどういう事情か確かめてみよう」
二人が頷くと、連れ立って人目に付かない校舎裏へと移動した。
「アリス、テレパシーで話しかけられないか? 明蓮は授業中だから先に我々と話をしないかと」
「わかったー! こっちに来てって言えばいいのね」
「ワガママ言うようだったら私が焼き尽くしてやるわよ」
やる気満々の天照大神だが、このメンツで力ずくとなったら大惨事になりそうな予感しかしない。
「実力行使は最終手段だ。あちらもただ旅行しに来ているだけだからな」
そうだ。いくら相手が大妖怪と言えど、別に危害を加えようとしてきているわけではないのだ。最初から喧嘩腰ではまとまる話もまとまらないだろう。
「伝えたよー、こっちにくるって!」
妖怪達は大人しく話を聞いてくれるようだ。最初の関門はクリアといったところか。
少しして、現れたのは意外にも人間の姿をした男女だった。男が酒吞童子で女が金毛白面九尾の妖狐だ。どちらも二十歳前後ぐらいの若い大人の姿で、酒吞はスーツに身を包んだ黒髪黒目の清潔そうな男性、九尾は胸元の開いた華やかなドレスを着た、金色のロングヘアーに茶色の目を持つ女性。
「アマテラスよりずっと周りに気を使っているな」
「どういう意味よ!」
そのままの意味だが。
まず酒吞が口を開く。
「オラは酒呑童子だあ。明蓮って人気もんなんだなぁ」
同感だ。なぜこんなに客がいるのだ。正直に言えば私が独り占めしたいぐらいだ。
続けて九尾も自己紹介をはじめた。
「私は九尾の狐よ。気軽に
確か九尾は日本では
「私は河伯。この少女はアリスでこちらの犬はアマテラスだ」
「狼!」
「おんやまあ、とんでもねぇバケモンだらけやんなぁ」
お前が言うな。
「えっとね、明蓮お姉ちゃんは旅行の依頼がいっぱい入って大変になっちゃってるんだ。二人はどうしてそんなに旅行に行きたいの?」
アリスが質問する。少女の姿だと直球な質問も自然に出来て便利だな。私には真似できそうもないが。
「私はアルビレオの惑星で採れる石が必要なの。最近になってやたらと人間が討伐に来るせいで毛皮が荒れ放題でね、あそこの石に含まれる成分が妖力の回復にいいのよ」
どこかの犬と違ってまともな事情だった。それなら急ぎの依頼になるのも分かるな。何故人間はこちらから危害を加えていないマレビトを狩ろうとするのだろうか。
「オラは人探しだぁ。人っちゅうかマレビトなんだけんども、茨木童子のやつがスピカに行ってから行方知れずでなぁ」
「それは心配だな」
茨木童子と言えば、酒呑童子の右腕で美少年として有名な鬼だ。現地の女から言い寄られていたりしないだろうな?
「キーパーはどうしたの?」
天照大神が聞く。スピカに行ったとなれば、明蓮のような役割の人間も一緒だったはずだ。
「一緒に行方不明なんだぁ」
「なるほどな……提案なんだが」
「アリス達も一緒に行ってあげる!」
私の言葉を遮ってアリスが酒吞に言った。同じことを考えていたから何も言うまい。
「九尾の怪我は私が治してあげるわよ」
天照大神は自分の前足を舐めながら玉藻に言った。お前はもうちょっと最高神の自覚を持て。
「ホント? 助かるー!」
「じゃあ一緒に高天原やりましょ」
ゲームの布教を始める犬。そればっかりだな。玉藻は狩られる側ではないのか?
「ありがてぇけんど、アンタらは忙しくないんかぁ?」
「問題ない。むしろ君達と違って暇を持て余しているぐらいでね」
「うん、大丈夫だよー!」
「せっかくだから私も行くよ、人探しなら頭数多い方が良いっしょ?」
「遊びに行ければどこでもいいわよ~」
こうして、明蓮の授業が終わるのを待ってこの場の全員がスピカに向かうことになったのだった。