よし、しばらくはオリンピックと行動を共にして人間社会の不文律を学ぶことにしよう。
「オリンピックはいつも放課後にどんなことをしている?」
「えっ、普段? うーん……部活に顔を出したり伝承巡りしたり」
伝承巡りとはなんだ? 情報を検索してもヒットしないが。
「伝承巡りとは何をするのだ?」
「世界各地に昔から残ってる伝承を調べて、
目をキラキラと輝かせながら語る。なるほど、どうやらオリンピックはマレビトに憧れを持つタイプの人間のようだ。
人間にとってマレビトと接触するのは少々危険な出来事だ。マレビトとは神や妖怪、悪鬼なども含めた幽世の住人の総称であり、出くわす相手によっては即座に命を落としたり、死ぬよりもひどい呪いをかけられたりする。
そんな危険な相手だと分かっていても、昔からおとぎ話などで語られる存在を自分の目で見たいと思う人間は後を絶たない。そのせいで地球人口が大幅に減少したというのに。
「科学技術の発達でマレビトと渡りあえるようになったとはいえ、危険な趣味だな。それで、部活は何をやっているんだ?」
だからといって彼女の行いを止めるつもりもない。それよりも学園生活の常識を知るためには部活動の方について知るべきだろう。
「もちろんオカルト研究部!」
「……そうか」
筋金入りだな。だが、これで彼女が私に話しかけてきた理由が分かった。オリンピックは『異質なもの』が好きなのだ。だから制服を着て不審な動きをする白髪の生徒に興味を持ったのだろう。
「河伯君もオカ研入らない?」
ううむ、研究される対象の私が入るのはどうかと思うが。ここは保留ということにしておこう。
「考えておこう」
「本当!? じゃあ気が向いたらでいいから部活の見学に来てよ。毎週月曜と金曜にやってるから」
今日は水曜日だ。ということはオリンピックはこれから伝承巡りに行くのだろう。同行して今の世の中を見て回れば、人間の常識を知る助けになるかもしれない。
「では伝承巡りに行くのか。どこに向かうのだ?」
「えっ、一緒に来てくれるの?」
オリンピックが嬉しそうな顔をした。私は彼女の趣味に興味はないが、貴重な情報源だ。私が着いていけば危険な目にあうこともないだろうし。
「それじゃあ、まずは図書室に行こう!」
大体の情報は電子データで調べられるようになったとはいえ、思いもよらない情報に遭遇する機会が得られることから、紙の本を置いている図書室は無くなる気配がない。大半の生徒が利用する目的は様々な誘惑から逃れて勉強をするためだが。
「あっ、副会長」
図書室に行くと、先ほど会議に向かったはずの明蓮がいた。目の前の机には教科書とノートがある。どうやら彼女は大半の生徒と同じ目的でここにいるらしいな。
「あら、木下さん……と、河伯も一緒なの」
なぜか私を見て嫌そうな顔をする。そうか、私はまだスカートのままだった。同じ服を着て隣にいられると不愉快だと言っていたものな。
「こんなところで勉強? さすが副会長は真面目だねぇ」
オリンピックが感心したように言うと、明蓮は首を振って否定する。
「そんなんじゃないわよ。実は最近テストの点数が悪くて、先生から勉強しろって言われたの」
そう言いながら、気まずそうにオリンピックから目をそらす。私に対する時と口調が少し違う。身に纏う空気も普通の少女のものに近いようだ。こちらが学園での普段の明蓮なのだろう。
「ほう、生徒会役員というのは優等生がなるものだと思っていたが」
「うるさいわね、大体アンタ達のせいで……あっと」
私に何か文句を言いかけ、一瞬オリンピックに視線を戻すと口を閉じる。私が何かしたのだろうか? まったく心当たりがないのだが。
オリンピックはそんな彼女と私を交互に見ると、「私は伝承を調べてくるね」と言って一人で奥に向かった。情報検索用の端末を操作して目当ての本を探すのが一般的な利用法らしいが、彼女は自分の目で並んでいる本を物色することを好むようだな。
「……最近多くのマレビトが依頼してきて、勉強してる暇がないの」
奥に行ったオリンピックに聞こえないように、明蓮が私にささやいた。
「負担になるほど多いなら断ればいいではないか」
「そういうわけにもいかないのよ。生活がかかってるから客を減らせないし、はっきり言って怖いのよ。怒らせたら何をされるか分からないからね」
マレビトに対する恐怖。確かに貴重な秘術の使い手と言えど、それだけで身の安全が保証されるわけではない。オリンピックのように憧れを持つ人間はマレビトと接したことがないから安易に考えられるのだ。マレビトの中には、人間を恐怖で支配すればいいと考える者も少なくない。場合によっては門番の心身の自由を奪って、自分の思い通りに操ることもある。
「誰もがアンタのような紳士じゃないからね……まあアンタはヘンタイだけど」
私は褒められているのだろうか、貶されているのだろうか?