「やっぱり雨、止まなかったね」
玄関を出てから、僕は裾の長いズボンを履いてきたことに後悔する。雨が、家にいるときよりもずっと強く、一瞬で足元がずぶ濡れになった。
夏音も普段よりおしゃれをして、真っ白なワンピースを着ており、服が濡れないよう右手で傘を持ち、左手でスカートを抑えながら慎重に歩いている。
「夏音、足元気を付けてね」
「ええ。大丈夫」
今のは「滑らないように気を付けて」という意味だったのだが、僕の足元がずぶ濡れになっているのを見て、きっと彼女は「濡れないように気を付けて」と解釈しただろうな。もちろん、その意味も含んでいたのだけれど。スカートの裾をより一層高く持ち上げた。
駅まで、普段なら20分で着いたはずだったのだが、雨に濡れないように慎重に歩いたせいで、約束の駅に着く頃には、ちょうど17時になっていた。
「水瀬君」
沢田さんはすでに駅前で待ってくれていて、少し離れたところから僕の名前を呼んでくれた。それから「あれ?」というふうに少し首を傾げていた気がしたのだが、気のせいだろうか?
「夏音、沢田さんがいるよ」
僕は、斜め後ろを歩いている夏音の手を取り、沢田さんの元まで彼女を連れて行った。
「……桃」
彼女は恥ずかしいのか、それとも久しぶりの再会でどんな顔をすればいいのか分からないのか、僕の後ろにちょっと隠れるようにして、小さく「久しぶり」と挨拶する。
「……雨ひどいね、水瀬君」
沢田さんは、夏音の挨拶が聞こえなかったのだろうか。一度僕の後方を覗き込むようにしてじっと見たものの、久しぶりの再会にもかかわらず、夏音に対し、何か言葉を発するわけでもなく、僕に向かって他愛もない会話を投げかけてきた。
「え? あ、ああ」
僕も、彼女の態度に疑問を抱きつつ、その場限りの返事をするしかなかった。
「きょ、今日さ、これからどこでご飯食べる?」
僕たち三人の間におかしな空気が漂ってしまったため、沢田さんが慌てて気の利いた発言でこの場の空気を溶かそうとしてくれた。
「そうだな。夏音は、何が食べたい?」
振り返って、後ろにいる夏音に、僕は晩ご飯のリクエストを訊いた。しかし、その時なぜか夏音は、眉を下げ、困ったような、泣いているような表情を浮かべていて、僕は焦る。「どうしたの」と反射的に尋ねていた。
「わ、私は、何でも、いいかな……皆に合わせるわ」
「……」
「何でもいいって、夏音が食べたいもので全然良いんだけどなあ。ねえ、沢田さん」
「……」
前方にいる沢田さんに意見を聞こうと僕が向き直ると、今度は沢田さんが、心ここにあらず、という感じでぼうっと僕と僕の後ろにいる夏音を見ていた。
「……沢田さん?」
二人とも一体どうしたというのだ。
夏音と沢田さんは中学時代の親友で、中学卒業後一度も会っていなくて、五年ぶりの再会のはずなのに、二人ともどうしてか少しも嬉しそうじゃなかった。
今朝から降り続く雨が、いっそう激しく傘を突き刺すように叩きつけている。
「……水瀬君」
突然、沢田さんが意を決したように、僕の名前を呟いた。
「どうしたの、沢田さん。何か良い案でも思いついた?」
僕は、沢田さんが夕飯の案を閃いたのだと一安心しつつ、彼女の次の言葉を期待して待った。
けれど、次の瞬間に沢田さんの口から放たれた言葉は、僕にとってあまりに衝撃的なものだった。
「……水瀬君、本当にそこに、夏音が、いるの……?」