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12 西條奏 6



「ねえ、YouTubeするのはいいけどさ、チャンネル名はどうするの?」


 私は書店で京都の観光本を買ったあと、立ち寄った喫茶店で奏に聞いた。


「うーん、そうねえ」


 YouTubeを始めると言ったものの、その場の勢いで決めてしまった私たちは、これからのYouTube活動について細かいことを何も決めていなかった。

 ひとまず、「在学中にアイドルを目指す京大女子」というコンセプトはなんとなく決めたものの、肝心のチャンネル名や具体的な動画の内容についてはまだだった。

 チャンネル名は視聴者から親しみを込めて呼んでもらえるような分かりやすいものでなければならない。奏に言われて始めたことなのに、なんだか私の方が真剣にあれこれ悩んでいる気がしておかしかった。


「じゃあ、『カナカナちゃんねる』は?」


「カナカナ?」


「そう。奏の『カナ』に華苗の『カナ』。ね、分かりやすくていいでしょう?」


 奏が頬を染めながらその名を口にした。

 何かどこかで聞いたような名前であるような気がしなくもないが、呼びやすさはピカイチな気がする。


「分かった。いいよ、『カナカナちゃんねる』で」


「ありがとう!」 


 正直、私からすれば呼びやすく分かりやすい名前であれば何でも良かった。

 控えめで奥手だった奏が自分の意思で人前に出ようと決意し、新しいことを始める、というだけで嬉しいのだ。そんな奏が考えた名前なら私も愛着が持てるし、奏が楽しそうにしているのを見ると元気が出た。


「『カナカナちゃんねる』、うん、いい名前だね」


「目標チャンネル登録者数は……1万人くらい?」


「え、もっとでしょ。夢は大きく、10万人!」


「10万……そっか、そうだね。ひえええ、緊張する〜」


 まだ始まってもないのに未来のチャンネル登録者数の多さに怯えている奏が可愛い。


「登録者数なんか多い方がいいに決まってんだから、頑張ろう!」


「うん、ありがとうね。華苗」


 奏が笑ってくれると、つられて私も笑ってしまう。側から見れば、まるで合わせ鏡のような私たち。だけど、性格はまるで違う。私は賢い奏に憧れ、奏は楽観的な私を羨んでいる。

 どれだけ似ていても、私たちはまったく別の人間だ。

 お互いに嫉妬したって、お互いの人生を代わることはできない。


 YouTubeを始めて3年が経ち、『カナカナちゃんねる』は時のYouTuberとして若い女性を中心に人気に火がついた。チャンネル登録者数は10万人どころか50万人にのぼった。「知性と美貌を兼ね備えた大学生」が中高生たちの憧れの的になっていったらしい。自分で言うのもなんだが、私も奏も有名になるにつれ美容やファッションにも力を入れるようになり、さらなる美しさを手に入れた。もう奏はかつて引っ込み思案だった女の子ではない。たくさんの観客の前で自分を表現できるキラキラ女子になっていた。私は、一番近くで美しく変わっていく奏を見ているのが史上最強の喜びになった。


 ねえ、奏。

 もしあなたが今生きていたら、自分の人生を胸を張って生きてと伝えていたと思う。私が望んでも手に入れることのできなかった、奏の内面の美しさや優しさに、惹かれている人はたくさんいたんだよって。

 だから落ち込まないで、前を見て進んでほしい。

 いつまでも、大切な人と、私と一緒に。


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