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12 西條奏 3


「どうして知っているのかって顔をしているね。僕は『カナカナちゃんねる』のファンなんだ、プロフィールにも書いた通り。君は『カナカナちゃんねる』の奏ちゃんだろ」


 そうか……。彼は、あのチャンネルのファンなのだ。私が「カナカナちゃんねる」の人間だと気づかない方がおかしい。


「……あなたが私のことを知っていたというのは分かりました。でも、それとこれとは話が別です。どうしてこんなことするんですか?」


「冷静だね。さすがは京大生だ。褒めてあげよう!」


 パチパチパチ、と高笑いをしながら馬鹿にしたように手を叩くユカイ。デート中の爽やかな彼はもうどこかへ消えてしまっている。その変わりようが不気味すぎて鳥肌が立った。


「茶化さないでください!」


「おお、怖いなあ〜。いいよ、教えてあげる」


 そう言うと彼はポケットからスマホを取り出し、再び部屋の電気を消した。私の後ろでカチャカチャと何か機械を操作する音がしたかと思うと、ホワイトボードにパッと青白い光が灯り、映像が流れ出した。どうやらスマホに保存した動画を流しているようだ。

 映像は、彼が教室で勉強をしているところから始まった。

 見たところ学校ではなく、塾の教室のようだ。半袖の私服姿の若者たちがひしめき合って机に向かっている。これは、予備校だろうか? 予備校に行ったことがない私には分からないが、生徒たちの見た目からして浪人生たちが勉強しているのではないかと推測した。


「この人……」


 席についてカリカリとペンを動かす生徒の中で、一番机に齧り付いて猛勉強をしている人物に目がいった。


「僕だよ」


「……」


 浪人生のユカイの顔が、今とは全然違って見える。切れ長の目と一重まぶた。鼻も低く、目の前にいるユカイとは似ても似つかない。本当に同一人物かと疑うほどだった。

 映像は切り替わり、生徒たちの服装が長袖に変わる。それからまた半袖になり、長袖になる。最初はその映像の意味が分からなかった。しかし、予備校の講師が一度目の映像と二度目の映像で同じ単元を説明しているところを見てピンと来る。1年、2年……と年月が巡っているのだ。

 ユカイの周りにいた生徒たちは顔ぶれが変わっているが、ユカイだけはずっと予備校の教室にいた。まるで、彼のいる空間だけ時が止まってしまったみたいに。


「ユカイさんって、もしかして何年も浪人してたんですか……?」


「ご名答」


 何がおかしいのか、ふふふふふと声にならない笑みを浮かべ、私を見つめるユカイ。私はとっさに目を逸らす。


「僕はね、6年間浪人生のままなんだ・・・・・・・・・・・・


「6年……」


 聞いたことがない年数だ。確かに私の周りにも一浪や二浪して大学に合格した人はたくさんいるし、ユカイが浪人していたこと自体に驚きはしない。

 しかし、6年も浪人生活を送ったという人は見たことがなかったのでその生活を想像するとゾッとした。


「ユカイさんは、一体どこの大学を受験していたんです……?」


「よくぞ聞いてくれたね。それはほかでもない、君が今通っている大学だよ!」


「……」


 京大に受かるために6年間も……?

 いや、馬鹿にしているわけではない。それだけ長い時間をかけてでも受験し続けた彼を、むしろすごいと思う。私だったら2年が限界だろう。


「僕はね、両親に会ったことがないんだ。孤児だった。でも会わなくたって分かる。僕の両親はきっととんでもなく頭が悪いんだろうね」


「そんなこと……」


 ない、と言い切りたい。頭の良さなんて、親の遺伝だけで決まるものではない。だけど、今それを私が言ったところで彼には何も響かない。むしろ逆効果だ。


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