「西條さん……」
ああ、僕はなんて情けないんやろか。
好きな人の一人も見つけられへんって。
もし今頃西條さんが危険な目に遭っているとすれば、こんなところで時間を無駄にするわけにはいかない。どこでもいい、とにかく動かなければ。
でも、どこに……?
何の手がかりもなく走り回ったところで余計な体力を消耗するだけだ。どこかあてを見つけなければ。
「君は一体どこにいるんだ」
僕は、君のことをまだ半分も知らない。
でも、もし許されるならば君の残りのすべてを知りたいと思う。
そのためには何としてでも、今日君を見つけなければならない。
西條さん。
僕は、恋愛で百点はとれないよ。
でもさ、あと一点でもいい。君との恋の結末を、明るいものにしたい。百点に近づけたいって思うのは、間違いだろうか。
「はは……」
青春映画のヒーロー気取りか、僕は。
こんなに役に立たないヒーローなんて、誰も望んじゃいない。
ヒーローなら、どんなにしんどい場面でも勇気を奮い立たせるはずだ。
必死に力を振り絞り、重たい腰を上げ立ち上がる。とにかく、行こう。そう思って一歩踏み出したとき。
ポケットの中のスマホがブルブルと震えだした。
「誰やろ」
凍える指を必死に動かしてスマホを確認すると、発信元は三輪さんだった。
もしかして西條さんから三輪さんに連絡がいったのかもしれないと期待を込めて、僕は通話ボタンを押した。
『あ、よかった、つながった』
「三輪さん。もしかして西條さんから連絡が来たん!?」
『いや、残念ながら連絡は……』
「そうか」
期待しただけ僕はガックリと肩を落とした。彼女の無事がまだ分からないという状況に、これほど心がざわつくなんて。
『連絡は来てないけど、あたし思い出したことがあって』
「何?」
『カナが昨日デートしてたユカイのこと!』
「なんやて!」
謎に包まれていたユカイのことが分かれば、少しは西條さんの居場所を見つける手掛かりになるかもしれない。逸る気持ちを抑えて、三輪さんの次の言葉を待った。
『ユカイの写真を見た時、既視感があるって言ったじゃない。そしたら思い出したわ。あたし、ユカイの顔を——いや、正確に言うと彼の首元にあるあざを、交番の前で見たかもしれない』
「あざ……? 交番……?」
どういうことだろう。交番の前ですれ違ったということだろうか?
『出町柳駅の近くに交番があるでしょう?』
「あ、ああ。せやな」
この辺の交番といえばさっき鴨川に来る際に通り過ぎた。確か、下鴨警察署——ここからすぐにたどり着ける。
『その交番の前にある掲示板で見たのよ! ユカイにそっくりなあざが首元にある
「は、指名手配……?」
予想外のワードが三輪さんの口から飛び出してきて面食らう。指名手配犯。そんなの、僕の日常にはまったく関係のない輩だ。しかしそれは三輪さんにとっても、西條さんにとっても同じはずだ。なぜ、西條さんが指名手配犯と一緒にいるんや——。
『安藤くん。数ヶ月前からYouTuberを狙った連続誘拐事件が発生してるの、知ってる?』
「YouTuber連続誘拐事件……確か、結構前にニュースで見たような……」
あれは確か、真奈と出会って一週間後、二回目のデートに漕ぎ着けた日の朝だ。意気揚々とデートの支度をしながらなんとなくテレビをつけると、物騒なニュースが流れてきたのを思い出す。嫌な気分になったのですぐにテレビを消してしまったので詳細はあまり知らない。普段からニュースを見る方でもない。だから、注意してその内容を聞いたかと言えば答えはNOだ。
『その誘拐事件の犯人として候補に上がってる似顔絵が、ユカイの首元にあるあざと同じものを描いてるのを、思い出したの。アプリのユカイの顔は、その似顔絵とはちょっと違うの。もしかしたら整形でもしてるのかもしれない。犯人が堂々とアプリに顔を晒すなんておかしいからね。でも首元の薄いあざまでは、隠そうとしていなかったのかもしれない。あたし自身、ほんとうにうっすらと記憶に残ってただけだから、普通はスルーされてしまうくらいのあざだったし』
「そんなことって……」
あるわけがない。と否定したいのに、クリスマスイブの前日に西條さんが話してくれたことがフラッシュバックする。確か彼女は元YouTuberなのだと言っていた。だとすれば、犯人と思われるユカイが彼女を狙っていてもおかしくない——。
頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚える。
『お願い安藤くん、信じて! あたしも今から御手洗くんと一緒にカナを探しに行くから……カナのこと、助けて』
切実な声で訴える三輪さんの必死な表情が頭に浮かび、僕は一気に目が覚めた。
「分かった、信じるわ。もしそうじゃなかったら良かったって安心するだけやもんな。でも本当にユカイが犯罪者やったとき、後悔しても遅いから。僕は三輪さんの言うことを信じて西條さんを見つけ出すわ」
『ありがとう……』