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11 安藤恭太 1



「クリスマスイブ、お疲れ」


 カチン、というシャンパングラスを鳴らす音が学の部屋に響き渡る。12月25日の朝、互いにクリスマスイプをぼっちで過ごしたことを労った。朝からお酒を飲むのも憚られるので、シャンパングラスに注がれているのはオレンジジュースだ。アロマの炊かれた学の家で、ウッド調の家具たちが寂しい僕たちを包み込んでくれているようだ。

 もはや毎年の恒例行事となってしまったが、四回生の僕たちにとってこんなことができるのも今年までなのだ。少しくらい感傷に浸ってもいいだろう。


「それにしても、恭太くん」


「なにかな学くん」


「君、ついぞクリスマスに恋人がいなかったね」


「そりゃこっちのセリフでもあるぞ。まったく恋人ができへんかった学には言われとうないわ」


「フン、わいは誰彼構わず人を好きになる人間ではないのでね。『いないときに相手を慕い、その人が自分のそばにいることを欲

してやまぬ場合にのみ恋愛しているのである。』とアリストテレスも言っているよ」


 いつものごとく、哲学に傾注している彼がもっともらしい名言を引っ張り出してきた。

 けれど僕には恋人ができない言い訳にしか聞こえない。彼のことを胡散臭い目で見つめた。


「そんなん言うてばかりやからモテへんのちゃう?」


「君に言われたくないね」


 プイ、と僕らは互いにそっぽを向く。恋愛観について、学とぶつかることも多いけれど、こうしてくだらない論争をしていられるのもあと少しなのか。そう思うと、傾けた顔を少しだけ彼の方へと向き直した。

 学も僕と考えることは同じだったようで、彼と目が合ってしまい、二人して吹き出した。


「もうすぐこんなくだらん話もできひんくなるんやな……」


「なんだかんだ、君と過ごした四年間は自堕落で悠々自適、つまり最高だったよ」


「ええんか悪いんか分からんわっ」


 クリスマスの朝、しっぽりとした空気が二人の間を漂う。冷たいオレンジジュースが全身に浸透するように、感傷的な気分をひたひたにして、酸味が心に染みていく。

 恋人と過ごすクリスマスが叶わなくても、僕はこうして学と二人、うだうだと互いをけなし合う学生生活に充足感を覚えていたのだ。今更気づくなんて、神様も皮肉なことをしてくれるもんだ。

 感傷に浸りつつ、ふと窓を見るとチラチラと雪が降っていた。確か今日の最高気温は三度だった。そりゃ雪ぐらい降るってもんだ。しかしこのわびしい雰囲気にホワイトクリスマスとは、ふふふ、僕も学もかなり強運だなあ。


「恭太、気持ち悪いな。急に笑い出して」


「そお? 雪がきれいやなあって」


 いくつになっても、雪が降ると心が踊る。雪国に生まれていたらそうもいかなかったんだろう。京都はかなりの確率で雪が積もるし、もし積もったら金閣寺の雪化粧でも見に行こうかと計画を立てる。

 学も雪を見ながら何か考えているようだった。案外同じことを思っているかもしれない。一緒に過ごす時間が増えるにつれ、こいつとは思考が似通ってきている気がするし。

 あとでどっか行くか聞いてみるか。

 とオレンジジュースを飲み干し、ぷはっと息を吐いたときだった。


 ピンポーン


 学の家にいるときに滅多に鳴らないチャイムの音がした。


「なに? お客さん? 宅配でも頼んだん?」


「いや、お客さんなんて呼んでないし、何も頼んでないんだが」


 不思議そうに眉を顰める学。彼が頼んだ宅配ではなくて母親か誰かが荷物を送ったのではなかろうか。


「とにかく出てみたら?」


「そうするよ」


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