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10 西條奏 3

 昨日の夜、カーテンを閉め忘れたまま眠ってしまったせいで、窓からの冷たい空気で目が覚めた。12月24日、京都の冬の朝は例外なく冷たい。よく見ると窓一面に霜が降りて、鴨川が白くぼんやりと霞んで見えた。

 時計を見ると午前8時20分。ユカイとの約束は夕方からなので時間にはまだまだ余裕がある。

 私はスマホのマッチングアプリを開き、ユカイにメッセージを送る。


『おはようございます。今日はよろしくお願いします』


 わざわざこんなこと送らなくてもいいのかもしれないが、会う前に少しでも相手の心象を上げておきたい。

 ユカイからはしばらく返信が来なかった。こんな朝からアプリを使っている人がどれだけいるのかは分からないが、彼は社会人かもしれないし、そうだとしたら土曜日とはいえ仕事があるかもしれない。

 あまりプレッシャーにならないように、そっとスマホを置いた。私の方も、返信に気を取られていると余計緊張してきちゃう。

 もう何度目か分からないマッチングアプリでの対面なのに、私はいつまでドキドキしてるんだろう。というか、この初対面の時のソワソワと心が浮き立つ感覚はあまり得意ではない。もし今日ユカイと上手くいけば、今後はこれほど心がざわつくこともないだろう。

 ああ、どうか彼がまともな人で、恋をして恋をされますように。


 約束の時間までのんびりとご飯を食べたり家で映画を見たりして過ごした。

 なるべく普段と同じことをして心を落ち着かせる作戦だ。

 ついに約束の17時になり、私は真っ白のショートコートを羽織り、家を飛び出した。

 待ち合わせは京阪出町柳駅前なので家からはすぐだ。焦る必要はないのに、自然と歩みが速くなる。横断歩道を二つほど渡り、出町柳駅前へとたどり着く。駅前では誰かと待ち合わせをしているであろう人が四人ほどいたが、見た目からしてユカイはまだ来ていなさそうだった。

 ふう、と息を吐くと白いもやが視線の先を舞った。底冷えのする京都では出かける際にカイロが必須だ。ポケットの中で温めておいたそれを取り出し、両手を擦り合わせて寒さをしのぐ。

 数分の間あたりをキョロキョロしながらユカイを待っていると、後ろから声をかけられた。


「すみません、奏さんですか?」


 振り返るとそこに立っていたのはプロフィールの写真と同じ、黒髪の男だ。年齢は20代中盤ぐらい。優しそうな目元が印象的だ。直感ですぐに「ユカイだ」と分かった。

 彼は写真で見た私に会えたからか目を丸くして驚いている。アプリでの写真に加工をしていないせいで、あまりに写真と同じだったから意外だったんだろうか?


「こんにちは。ユカイさん、ですよね? 奏です」


「おお、良かった。会えなかったらどうしようと思って」


 マッチングアプリで待ち合わせ相手に会えるかどうかという不安は誰にでも付き纏う。まずはお互いに認識できただけでもほっとした。


「私も緊張してて。今日はよろしくお願いします」


「うん、よろしく」


 年上の彼はすぐにタメ口になり、爽やかな笑顔を浮かべた。

 いいじゃん、ユカイ。

 これまでアプリで会った人の中で一番いいんじゃない?

 予想を上回る好印象ぷりに、久々に胸が踊った。


「じゃあ早速行こうか」


「はい」


 今日は鴨川のイルミネーションを見に行くと聞いている。京都に住んで四年目になるが、鴨川のイルミネーションは見たことがないので楽しみだ。


「イルミネーションは結構北の方でやってるみたいだから話しつつ歩こう」


「いいですね」


 遠くでやっているのならバスや電車で移動するのもありだが、彼はあえて鴨川を歩くことを選んだ。冬の鴨川はまあまあ寒いが、誰かと一緒に歩くのならそれもまた一興、ということだろう。


「転ばないように気を付けて」


「子供じゃないですし、大丈夫ですよ」


「あ、そう? なんかおっちょこちょいに見えた」


「む……初対面なのにヒドイですね」


 ユカイは早くも私に対して冗談を言ってくる。彼の方から積極的に距離を縮めようとしていることが分かって嬉しかった。


「ユカイさんはアプリ歴長いんですか?」


「ん、まあね。と言ってもこの間まで彼女がいたんだ」


「へえ。その彼女さんはどんな人だったんですか?」


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