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10 西條奏 1


 ふう。電話を切ったあと、私は安堵のため息をついた。

 クリスマスイブを目前に控え、「誰かと話したい」という衝動に駆られて咄嗟に思いついたのが安藤恭太だった。

 自分でもなぜ彼に電話をかけたのか分からない。今日は一人、得意でもないお酒を一杯飲んでしまったせいだろうか。はたまた、日本中が幸福な心地に包まれるクリスマスイブに初対面の男と会うという状況に緊張してしまったせいかもしれない。

 つばきでもなく恭太に連絡をとったのは、つばきはつばきで明日神谷くんと決戦の日を迎えていて、あまり彼女に気を遣わせたくなかったからだ。


 それにしても安藤くんって、やっぱり優しいんだな。

 初めて会ったときもそうだった。クスノキの前で寝ている私に風邪を引くからと起こしてくれたり、自転車で転んだ私の傷の手当てをしようとしてくれたり。見た目こそ地味だが、彼の優しさが身に染みた。だからこそ今日だって、気がつけば彼のことが頭に浮かんでいたのだ。


 正直言うと、華苗のいないクリスマスが怖かった。

 底抜けに明るい妹は、知らないうちに私の心にいつも灯火を灯してくれていたのだ。

生まれたときから一緒にいたため、そんな大事なことにも気がつかないなんて。


「お姉ちゃん失格ね」


 誰もいない空間で独りごちる。

 華苗の温もりも、声も、笑顔も、全部もう一度だけでいいから感じたい。でもそれが叶わないと知って、他の誰かの体温を求めている。

 たとえそれが初対面の男だろうと、最近友人になったばかりの男だろうと。

 私は締め切っていたカーテンをそっと開けてみた。出町柳駅付近にあるこの家の周りは、常に車通りが多く外を見れば車のライトが目に飛び込んでくる。その先には底無しに見える黒い鴨川がしんしんと流れていた。昼間と夜で違う顔を見せる鴨川を見ることができるのも、あと三ヶ月しかない。


「今年で最後なんだなぁ」


 底冷えのする京都で過ごすクリスマスも、雪化粧をした寺社仏閣を気軽に巡ることができるのも。大学の友達とすぐに会ったり、家に押しかけたり。すべてが特別なこの時間を、きっと三ヶ月後には幻のように感じている。

 だからこそ、今を精一杯楽しまなければならない。

 たとえ大切な妹と、もう二度と会えないのだとしても。


 明日はついにユカイと会う日だ。カナカナちゃんねるのファンだった彼は一体どんな人間なのだろう。一回目のデートだし、気軽な気持ちで臨めばいいはずだ。


「あれ、着信?」


 恭太と電話をしたあとにスマホの画面をすぐに閉じてしまったため気がつかなかったが、ふとスマホを再び見てみると何度か着信が入っていることに気づいた。

 発信者は三輪つばきとなっている。こんな時間に電話をかけてくるなんて珍しい。ただ、内容はなんとなく分かる気がする。私は彼女に折り返しの電話をかけることにした。


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