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09 安藤恭太 2

 その日、学と自宅近くまで一緒に歩いて帰りながら、彼の健闘を労った。学は珍しく僕の言うことに静かに耳を傾けていた。

 百万遍の交差点で学と別れ、僕は北白川の自宅までせっせと歩みを進めた。家に帰り着くと、最近の自分や周りの恋愛のごたごたで思ったよりも疲れていることに気づく。ベッドにダイブするとそのまま睡魔に引っ張られて闇に落ちてしまいそうだった。

 明日はクリスマスイブだがどうせ僕には予定がない。いつも通り学の家に押し掛けたいけど、昨日の今日で彼も疲れているかもしれない。明日は一人でいつも通りカップルたちが眺める夜景の灯火にでもなるか——と諦めかけたとき、ポケットの中でスマホが震えた。


「ん」


 画面を見るとLINE電話だと分かる。かけてきたのは——。


「西條さん……?」


 初めて彼女から電話なんてかかってきた。真っ先に間違い電話を疑ったのだが、呼び出し音はなかなか止みそうにない。ということは、彼女の意思で僕に電話をかけてきているということだ。

 突然速く動き出した心臓を、僕は掴みたい気持ちで胸を押さえた。なんやこの胸の高鳴りはっ。「恋人でもない女の子からの電話」というリア充イベントを、僕はこれまで一度も経験したことがないのだ。そりゃ耐性なんかまったくついていない。

 恐る恐る通話ボタンを押し、スマホを耳に押し当てると、「もしもし」という彼女の声が聞こえた。


『良かった、繋がって。突然ごめんね』


「ええよ。西條さん、どないしたん?」


『ちょっとね、なんとなく話したくなって……』


 なんと!

 「なんとなく話したい」なんて、真奈以外の女の子からは聞いたこともないワードだ。眠っていた僕のモテたい欲がむくむくと膨れ出す。本来僕はこういう人間だった。大学四年間、女の子にモテたくて燻っていた感情はいつでも眠りから目を覚ます。一気に気持ちが昂った僕は逸る気持ちで「何かあった?」と聞いた。


『明日はクリスマスイブでしょ。妹のこと思い出しちゃって』


「妹さんって、確か華苗さんやったかな」


『そう』


 西條さんの妹は半年前に失踪したと聞いている。警察は成人女性の失踪に事件性がないと見ているのか、西條さん自身、妹がなぜ失踪してしまったのか分からないらしい。

 でも突然どうしたんだろう。わざわざ僕に連絡してくるなんて。


『クリスマスは毎年華苗と一緒に過ごしてたの』


「ああ、そうやったんか」


 それならば妹のことを思い出して感傷に浸りたい気持ちにも肯ける。


『華苗がいないクリスマスは初めて。ごめんね、急にこんなこと言われて訳わかんないよね』



「いや。僕だって先週真奈と別れたばかりやし、気を紛らわすにはちょうどいいよ」


 似た者同士だね、と彼女は電話の向こうで笑う。

 京大生女子の彼女のことだから、弱い部分を他人に見せることなんてしないと思っていたのだが、どうやら僕の思い違いのようだ。

 彼女にだって心が不安定になったとき、誰かに胸の内を聞いてほしいという気持ちがある。僕が学になんでも相談するように。自分に似たところがある、と思うとなんやちょっと嬉しいもんやな。


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