「ぷはっ」
熱い。身体がむずむずと熱を帯びているのを感じながら、私は布団から跳ね起きた。今、たぶん37度はいっているだろう。しかし前後の記憶がない私は、なぜ自分がいまベッドから起き上がったのかすら分からず不思議だった。しかも、よく見ると私の部屋じゃない。理路整然と並んだ家具や本棚にずらりと並べられた心理学の本を見る限り、ここはつばきの部屋、だと思う。
「わ、びっくりした。大丈夫?」
「……つばき」
ああ、そうだ。私は確かつばきとご飯を食べていて、途中で頭がぐらぐらしてきて——たぶん倒れたのだ。
「えっと……家に運んでくれたんだ。ありがとう」
「運んだ? いや、ずっと家で飲んでたんじゃん。それでぶっ倒れるからベッドに寝かしといただけよ」
「家で……?」
あれ、なんか記憶が混乱している。
私はさっきまでイタリアンレストランでつばきとご飯を食べていたんじゃなかったっけ……? それが、つばきの家で宅飲みをしていたことになっている?
「つばき、今日って何日だっけ」
「12月17日」
「……え」
おかしい。私の記憶では今日、11月21日なんだけれど。なぜ一ヶ月も記憶が飛んでいるんだ。
「もしかしてまた記憶が飛んだの?」
「……そうみたい」
これまでもちょくちょく記憶が飛ぶことがあったが、こんなに長い期間の記憶が空白なのは初めてだ。
「熱があるみたいだし、苦手な割に結構お酒飲んでたから混乱してるのよ、きっと」
「そっか、そうだね」
つばきはいつも冷静で、私を落ち着けてくれる。こういうところが本当に頼れるお姉さんという感じで、私は彼女の世話になりっぱなしだ。
「あ、そういえば」
私はポケットから自分のスマホを取り出し、例のマッチングアプリを開く。
私の記憶がどうにかなっている間、「ライク」をしてくれている人が百人以上溜まっていた。ずっと放置していたのだから仕方ない。「ライク」をしてくれた男性のプロフィールを覗く前に、私は「ユカイ」とのメッセージ画面を開いた。
『初めまして! メッセージくださって嬉しいです。よろしくお願いします』
前回ユカイがメッセージを送ってくれてからというもの、私は何も返事をしていなかったのだが、さらにユカイから新しいメッセージが来ていた。
『奏さん、ここで色々とやりとりするより、会って話がしてみたいです。もしよければ返信ください』
「おお……」
「どうしたの、カナ」
スマホの画面を見て固まっている私を訝しく思ったのか、つばきがそう聞いてきた。
「いや、例のマッチングアプリの人からメッセージが来てた」
「へえ、どんな?」
「なんか、会いたいって」
「え!」
マッチングアプリを使ったことのないつばきは分かりやすく驚いているが、「会いたい」と言われること自体は特にびっくりすることはない。
それよりも意外だったのは、ユカイが見た目のチャラさに反して本当に丁寧なメッセージを送ってくることだ。前回のメッセージに返信していない私にうざがられないように気を遣っている様子が窺える。
「展開が早いのね。で、会うの?」
「うーん、どうしようかな」
私としてはもう少しメッセージでやりとりをしてから会いたいというのが本音だ。しかし彼の言い分もよく分かる。散々ここで
やりとりをして結局会ってくれない女の子もいるだろうし、そうなるぐらいなら最初から会える人かどうかを確かめたくなるものだ。
「来週クリスマスだし会っちゃえば?」