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07 安藤恭太 1


 学が旅から帰ってきたのはNFが終わった翌日、11月21日月曜日の夜だった。彼は帰ってきてそうそう大きな荷物もそのままに、北白川にある僕の家に転がり込んできた。ちょうど図書館で西條さんに会った帰りのことだ。

 うちにやってきた学は、いつもの学とはテンションが全然違っていた。表情はニヤついているし、全身からふわふわとしたオーラが漂っている。その変わりように驚いたが、鼻を突くアルコールの匂いで原因が分かった。こいつぁ、かなり飲んだな。


「荷物、置いてくれば良かったのに」


「はっは〜そんな時間が惜しかったんだよ〜一刻も早く恭太に会いたくてさ」


 僕に抱きつこうとしてくる学の身体を押し除けて、その辺に座らせる。恥ずかしながらまだ真奈ともハグしたことがないのに、学と身体を重ねるなんて想像するだけで身震いするわっ。


「はあ。とにかくこれ飲みいや」


「あ〜りがとう〜」


 僕はコップいっぱいに注いだ水道水を彼に渡す。普段は天然水しか飲まないくせに、水道水とは知らずにゴクゴクと喉を鳴らして一気飲みをする学。


「んで、どうやったん。傷心旅行は」


「わいは『旅に出る』って言っただけで『傷心旅行』とは言ってないぞ」


「でも実際そうやろ。三輪さんに振られたんだし」


「あれは振られたんじゃなくて、正当な理由をもとに断られたんだ」


 断固として自分が拒否されたとは認めない学は、もしかしたら僕よりも恋愛下手なのでは。


「まあまあ。とにかく傷が癒えたならええんよ」


「そうだな。旅はやっぱりいいね。目的地も決めずに電車で行けるところまで行ってみたんだ」


「で、どこまで行ったん?」


「長野」


 おお……それりゃまた大移動だな。てか、長野なら新幹線も乗ったのか。行き当たりばったりにしては大金をつぎ込んでら。


「気の赴くままに旅すると心が浄化されるのさ。君も江坂くんに振られたら旅に出るが良い」


「……アドバイスはありがたいけど、別れる前提なのはやめえや」


「おっと危ない。失言失言」


 なんだか学の酔いが覚めてきたようだ。いつもの容赦ない口調に戻っている。こんなことならもう少し酔っ払ったままでいてもらうべきだったわ。


「恭太の方はどうだったんだい? 江坂くんとNFに行ったんだろう?」


「まあ楽しかったよ」


 僕は彼の残した水をかっさらいひと飲みすると、クールぶって答えた。


「あれ、なんか反応薄いな。君ならもっとしゃあしゃあと惚気てくると思ったんだが」


「しゃあしゃあと惚気てほしいの?」


「いや、遠慮しておく」


 右掌をビシッとこちらへ向け、彼は前髪をかきあげた。うわ、もう完全に酔いからさめてやがるな。


「冗談は置いておいてさ、聞いてくれよ」


「ふむふむ、何だい」


「なんかさ、真奈が西條さんや三輪さんに嫉妬してるみたいでさ」


「ほう」


 いつものごとく僕が学に相談をもちかけ、学が恋愛マスターであるかのように余裕の構えで聞くという構図ができる。


「ちょっと挨拶しただけやねんけど、『他の女の子とは仲良くしないでほしい』って言われてんねん」


顎に手を当てて難しい哲学でも考えているかのような素振りを見せる学だが、会話の内容は友人の彼女の嫉妬についての相談だ。

響いているのかいないのか分からない曖昧な学の反応が面白くなくて、僕は真奈がどれだけ他の女子に嫉妬しているのかを語ってみせる。


「他の女の子と連絡もしないでってさ。可愛くない? 人生で初めて彼女ができたけど、こんなに妬いてくれるなんてさあ。あ、

ごめん学には分からへんよね」

 側から聞けば確実に嫌味なのだが、学は眉をひくつかせることも、僕に反抗してくる様子もない。なぬ、これだけの惚気攻撃が効かぬと……!


「し、しかもさ、NFで西條さんたちと会ってからずっと拗ねてて。ちょっと口利いてくれへんくなったけど、それもまた可愛いねん」


 彼女が他の子に嫉妬をして有頂天になっていたあの時の気分を思い出す。一時は微妙な空気になったけど、最終的には彼女ができて良かったと心から思った。

 さすがの学も僕の数々の攻撃に黙り込む。しまった、ちょっとやりすぎたか? まあ彼も失恋をして傷心旅行から帰ってきたばかりだし、いつものようなツッコミの切れがないのは仕方がないか。

 と勝手に納得して話題を変えようかと思ったのだが、黙り込んでいた学がようやく口を開いた。


「それ、重くない?」


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