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06 西條奏 3


「西條さんやん」


「安藤くん、久しぶり」


「久しぶり? NFで会ったばかりやんか」


「そうだっけ」


 安藤くんが首を傾げる。NF? そうだ、昨日までの四日間、京大最大のお祭りであるNFが行われていた。だけど私、NFで安藤くんと会ったかしら……? そもそもNFに行ったんだっけ……。


 頭にほわほわとモヤがかかったようになる。またいつものアレだ。最近記憶が飛んだり曖昧だったりすることが増えてきた。そろそろ病院にでもいかないとやばいのかもしれない。

 メガネをかけた真面目系男子、経済学部四回生の安藤恭太が前方から歩いてきた。


「図書館で調べ物でもしてたん?」


「うん、ちょっとね。安藤くんは? レポートでもあるの?」


「いや、学のレポート手伝わされててさ〜」


「へえ、そうなんだ。御手洗くんって自分でレポート書きそうなのに意外」


「やつは結構不真面目やねん。いま旅に出てるくせして、『レポート書かなきゃいけないから手伝ってくれ』って」


「それで手伝うなんて人がいいのね」


「ちゃうちゃう。今の彼女を紹介したお礼に手伝えって脅迫されてんねん」


「彼女って江坂さんか。御手洗くんの紹介だったんだ」


「そやで」


 得意げに答えたかと思ったその時、彼は急にはっと何かを思い出したかのように固まった。どうしたんだろう?


「そやった。真奈から止められてたんや……」


「止められてるって何を?」


「いやあ、他の女の子とあんまり仲良くしないでほしいって言われてて」


「へ、へえ……」


 なんだかそれってちょっと束縛っぽくないのかな。

と思ったものの、出会って一ヶ月かそこらの人に余計な口出しは良くないと思い、心の中だけにとどめておく。


「女心はムズカシイわ」


「そうだね」


 あくまで当たり障りのない返事しておく。失礼ながら安藤くんは、服装といい話した感じといい、正直モテるタイプではないのだろう。もしかして江坂さんが人生初めての彼女だったりして。でも、今現在幸せならば私なんかよりもずっと前を歩いている。


「江坂さんと今後も上手くいくといいね」


「そやな。ありがとう!」


 じゃあ、と彼は片手を上げて図書館の入館ゲートへと歩いていった。反対に私は出口へと向かう。


「雨……」


 図書館にずっといたため気がつかなかった。しとしととした雨が図書館前の赤煉瓦のタイルに打ちつける。一気に気温が下がったせいか、私はブルッと身震いした。

 あーあ、傘持ってないや。

 天気予報なんて見ていなかった。誰か知り合いが通りかかれば嬉しいけれど、友達の少ない私にそんな偶然は起こらない。

 仕方なくもう一度図書館の中に入ることにした。一階の端の方に勉強用の机が並んでるから、そこで時間潰しでもしよっと。

 手慰みにマッチングアプリでも確認してみるか〜とポケットからスマホを取り出す。一応、背後に人がいないかと振り返ったけど大丈夫そうだ。アプリなんかやってるところを他人に見られるのはまだ抵抗がある。


 一日に何度もアプリを開く癖があるので、新しくマッチングしていることなんて少ないかなーと思いつつ見るのだが、これがなんと予想外にマッチングが成立している。

 世の中にはこんなに恋人に飢えた人間がいるのか。それなのに晩婚化、少子化だなんてなんだか別世界の話みたいだ。


「どれどれ……」


 と周囲に聞こえない程度の声で呟き、マッチングした男性のプロフィールを一つずつ確認していった。


『趣味はサッカー。お酒はビールが大好きです!』


『年上から年下まで割と守備範囲は広いので気軽にお話ししましょう』


『仕事が土日なので、時間が合う社会人の方、学生さんを探しています』


 う〜ん……。

どのプロフィールも似たり寄ったりでピンと来ない。そうなるともう外見で判断するしかなくなるのだが、サングラスをしていたり帽子を深くかぶっていたりする写真の人が多く、外見も分かりにくいっ。本気で恋人を探しているならちゃんと顔を出すのが鉄則でしょう? 

 私自身のプロフィールは少し遠目だがもちろん素顔を晒すようにしている。華苗とのツーショット写真で、華苗の顔にはモザイクをかけたものだ。この写真でマッチング率はかなり高いし、プロフィール写真としては申し分ないのだろう。

 私はさらにマッチングした男性を順番に見ていく。マッチングしたすべての人にメッセージを送らなければならないという仕組みではないので、メッセージでやりとりしたくない場合は申し訳ないがそのまま放置することになる。「ライク」した時は良さそうな人だと思っていても、いざ連絡をとるという段階になると気乗りしない場合も多いのだ。人の心は複雑怪奇。


『上っ面だけのやり取りは苦手です。真面目に恋愛できる人を探しています。』


「この人、マッチングしてくれたんだ」


 連絡を取ろうか迷っている男性が多いなか、私の目を引いたのは恋愛に対し、率直な意見を持っている男性だった。ツンツンの黒髪に黒いジャケットを羽織った24歳の男の人なのだが、前回見た時より一枚写真が増えている。昔の写真なのか最新の写真なのか分からないが、髪の毛が立っていなくて優しそうに微笑んでいる。心なしか、新たな写真は他の写真とは顔も違って見えた。目尻に皺が寄っていて、穏やかそうな顔に見える。写真を加工しているのだろうか。ツンツン頭の写真は格好つけだったのか。私には新しい写真の方が魅力的に見えた。


 名前を見ると「ユカイ」と書いてある。ユカイって珍しい名前だな。そもそもこれはニックネームで本名ではない可能性もあるのだし、珍しい名前だとしても不思議ではないか。


 私は散々迷ったあと、ユカイと連絡をとることにした。まずはメッセージだけでどんな人なのかを知れたらいいな、ぐらいの軽い気持ちだった。やりとりをしたからといって、必ずしも会わなければならないということはない。お互いが会ってもいいなと思ったところでそういう話をすればいいのだ。


『はじめまして。奏といいます。よろしくお願いします』


 無難な挨拶を送り、少し待っても返信が来ないことを確認すると私はスマホをポケットにしまった。ふう、とひと息ついて席を立つ。アプリに夢中になっているうちに一時間も時間が過ぎてしまったようだ。そろそろ雨も上がったかもしれないと思い、再び出口へと向かう。


 予想通り、雨はすっかり上がり晴れ間が見えていた。にわか雨だったようだ。よく見れば小さな虹がかかっている。

 今日はこの後つばきと夜ご飯を食べることになっている。出町柳駅付近のカフェで待ち合わせをしているので、サドルの濡れた自転車に跨がり目的のカフェに向かった。


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