「……華苗」
名前を呼べば、「なに、奏」と出てきてくれるかもしれないとふと思ってしまう。華苗は私と違って、いつも朗らかで明るい子だった。どちらかと言えばお絵かきや読書といったインドアな遊びが好きな私とは対照的で、華苗は外で遊ぶことが好きだった。
「奏、一緒に虫取りしようよ」
「えー虫なんか触れないよ」
「大丈夫大丈夫。私が捕まえるから」
「じゃあ行く意味ないじゃない」
「いいから来てって」
幼い頃から私を外へ連れ出し、明るい世界を教えてくれたのは妹だった。学校の友達も華苗の方が多くて、そのおかげで私も華苗の友達と仲良くなれた。私はクラスに一人、二人仲が良い子がいればいい方だったので、華苗の友達の多さには驚かされる。
まるで太陽と月のように、私たち姉妹は別の母親から生まれてきたのではないかというぐらい性格が違っていた。
「奏はいいよね。大人っぽくて賢くて羨ましい」
「そんなことないよ。私は華苗の性格が羨ましいって」
華苗は私のことを「賢い」と言うけれど、華苗だって一緒に京大に合格した。知能的にはほとんど同じなのだ。それなのに、ちょっと本が好きで難しい映画を見るだけで、私のことを「賢い」と思い込んでいる。
「なんで私じゃなくて、華苗なんだろ……」
言ってはいけない一言を誰にも聞こえないぐらいの声量で呟く。誰からも好かれて周囲を明るくさせる華苗より、日陰で一人息を潜めて暮らしている私の方が、いなくなるにふさわしい人間だったのに、と。
ダメだ。つい思考が暗い方へと持っていかれる。華苗だって、自分の代わりに私に犠牲になってほしかったなんて思っていないはずなのに。一人でいると、いつもマイナス思考に陥る癖、なんとかしたいなあ。楽しいことを考えなきゃ。
調べ物が済んだ私は図書館から出るべく手にしていた本を棚に戻した。図書館内ではレポートや卒業論文の執筆に追われている学生たちがこぞって机に座っている。もうレポートを書く必要のない私は場違いのようだ。
二階から一階に降りてゲートをくぐり、そのまま出口へと向かっていたときだ。