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05 安藤恭太 3


 翌日、NF一日目がやって来た。僕はお昼前に待ち合わせをしている真奈に確認の連絡を取ろうとスマホを開く。LINEの通知が一件あったので、彼女からの連絡だろうとLINEを開いたが、連絡は学からだった。


『旅に出ます。探さないでください。学』


「なんじゃこりゃ」


 哲学好きにしては陳腐な台詞を送ってくるやつだなぁ。

 旅と言ってもNFの期間に旅行に行って来るということだろう。昨日の今日だし、傷心旅行に違いない。まあ、学の心の傷が一刻も早く治ることを祈ろう。

 僕は学からのメッセージにあえて返信をせず、真奈に待ち合わせ時間の確認をした。すぐさま「おっけー」と返事が来た。相変わらず返信が早すぎる。

 彼女との待ち合わせの時間までに服装と髪型を整える。NFには毎年多くのお客さんがやってくる。大学構内でのデート中に知り合いに会う確率はかなり高い。みっともない格好でデートしているところを見られたら最悪だ。


「これでええか」


 結局適当なセーターにコーデュロイのパンツという無難な服装に落ち着いた。ニット帽でもかぶって行こうかと一瞬迷ったがやめておく。帽子やアクセサリーはお洒落上級者じゃなければ着こなせない気がする。あくまで個人的見解だが。

 あ、そうだ。夕方以降寒くなるらしいからコートを持って行こう! 彼女が寒がった時にさっと着せてあげるんだ。フフフ、これぞ「スマートな男」。真奈の喜ぶ顔が目に浮かぶ。妄想だけで心が溶けてしまいそうだ。

 とまあ、冗談はさておき、そろそろ待ち合わせの時間だし出かけるとするか。


「恭太くん、お待たせ」


「ああ、待ってへんよ」


 京阪電車の出町柳駅、真奈がスタスタと僕の方まで近づいてきた。ショートパンツに黒のロングブーツ、上はブラウンのポンチョを羽織りベレー帽までかぶっている。真奈だからこそ似合うゆるっとふわっとした服装に、僕は早くも心を持っていかれそうだった。


 ちなみに交際一ヶ月、真奈は僕のことを「恭太くん」と呼んでいた。「君付け」で彼女から名前を呼ばれることに憧れを抱いていた僕にとって、彼女に名前を呼ばれる度に幸福度が上昇する。単純野郎で申し訳ないな、うへへ。


「行こか」


 真奈には何度か京大に来てもらったことがあるので、慣れた様子で大学までの一本道を歩いた。京大へと向かう人々が普段より格段に多い。大きな文化祭だし、近所の住人がたくさん遊びに来ているのだろう。

 百万遍の本部構内入り口までたどり着き、いざNFの舞台へ。構内に足を踏み入れた途端、多くのお客さんでざわついていた。ほとんどが学生だが、中にはやはり中年のおばちゃんやお年寄りの方まで歩いていた。


「わ、すごいね。やっぱり人が多い」


「そやな。普段家に引きこもってる奴らが集合したらこうなるわな」


「みんな引きこもりなの?」


「そやで。適当に授業をさぼってる連中ばっかやから」


「ふふ」


 まったくもって無責任な発言なのに彼女はおかしそうに笑う。実際、京大生といえども授業への熱意は人それぞれで、平気で授業をサボり大学からフェードアウトする人もたくさんいる。しかしこういうお祭りの時だけはしっかりと顔を出しにくるものだ。今この瞬間にも、一年ぶりに見る顔と何人かすれ違った。

 右も左も学生たちが営む露店で埋め尽くされている。唐揚げ、焼き鳥、スープ、クレープ、おしるこなんかが定番で、長蛇の列ができている店もあった。

 せっかく文化祭に来たのだから、僕たちも何か食べ物を買おうじゃないか。

 と左右に視線を行ったり来たりさせていたが、なかなか決まらんっ。種類が多すぎるし、店の前に人がうようよいて何が何だかさっぱり分からない店もある。


「らっしゃい!」


 僕と真奈が何を買おうか考えあぐねていたところで、威勢の良い声で客引きをしていたイカ焼きの店のお兄さんが、「寄っていかない?」というふうにぎらつくまなざしを僕らに向けてきた。


「どうする? 食べる?」


「うん。お腹も空いたし買おうかな」


 これも何かのご縁だと割り切って、5個入り300円のイカ焼きとついでにビールを買った。彼女はジンジャエール。


「あふっ、おいひい」


 クスノキ前に腰掛けて、僕らはイカ焼きを頬張った。

 あつあつのイカに甘酸っぱい醤油が絡まって絶妙に美味しい。素人が作ったイカ焼きとはいえ、お祭りの露店で食べるのとほとんど変わらない。

 イカ焼きを食べて胃袋にスイッチが入ったのか、真奈が「他のものも食べよう!」とはしゃぎ出す。こういうところは妙に子供っぽくて可愛らしい。

 それから僕たちは唐揚げ、チュロス、はしまき、クレープと甘いも辛いも関係なく食べたいものを買い尽くした。道を歩くだけで様々なお店の学生たちから客引きに合い、あっちこっちをふらふらと歩かされた。僕なんかよりも数倍素直な性格をしている真奈は、「〇〇はどうですか?」と勧誘される度に「美味しそう」だの「わー食べたいです」だの、ほいほいついて行ってしまう。

 おかげで僕の財布はすっからかん——いや、単価が安いのでそんなことはないのだが、気持ち的には大盤振る舞いした気分だった。


「あーお腹いっぱい!」


 ようやく胃袋の活動が終了したのか、大きく伸びをした彼女。僕もほっと一息。財布を鞄の奥底へとしまった。


「何か見に行く?」


「うん、行こう」


 文化祭は何も食べ物だけが売りではない。文化系サークルの人たちはこの日に楽器や歌の発表をしているし、物づくり系サークルは物品販売を行っている。日頃の取り組みの発表の場として文化祭はもってこいの舞台なのだ。

 真奈からGOサインが出たので、僕たちは本部構内を後にし、本部構内のさらに南に位置する吉田南構内へと移動した。

 予想通り、「14時から歌います! byアカペラ部」「初心者歓迎! お抹茶を点ててみませんか? 茶道研究会」「心に響く一枚が見つかる。写真部展示会へいらっしゃい」と、様々な団体が催しの勧誘をしていた。

 思わず目移りがしてしまったが、真奈と話し合って、写真部の展示を見に行くことに。

 展示はキャンパス内にある校舎の一室で行っているようだった。決して綺麗とはいえない校舎だが、お祭り気分で中に入ると不思議と気にならない。普段授業を受けている教室が、展示会場になると非日常感満載になる。


「わ〜猫ちゃんだ」


 写真部の今年の展示のテーマは「猫」らしく、様々な角度から撮影された猫の写真が壁一面に飾られていた。


「猫、好きなん?」


「うん、言ってなかったっけ?」


「初耳」


 聞けば実家で猫を飼っていたそうだ。そりゃ、猫の写真はたまらないだろうな。連れてきて正解だ。


「かわいいねぇ」


 猫撫で声で写真に向かって呟く。そんな君が可愛いよ、なんて思っても照れ臭くて言えない。

 真奈は夢中になって写真に見入ったあと、展示室に待機していた写真部の人と会話をし、気が済んだのかようやく「別のところに行こう」と声をかけてくれた。正直、僕自身そこまで写真に興味はなかったのだが、彼女が喜んでいる姿を見ると来て良かったと思う。

 その後もアカペラ部の発表、陶芸体験、農業交流サークルによる「トマトすくい」なんかを体験して、少し休憩することにした。

 自動販売機で彼女のために温かいココアを買い、その辺の椅子に腰掛けようとしたときだった。


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