ウヴェルテュ-レタイプの彼女は、ゆっくりと動きながら、ふと、声を漏らした。
「わたしに……は、もう……」
悲嘆の声にアハト=ディソナンツ・キーラは、目を丸くして驚く。今まで、そんな表情をする人造吸血鬼に出会った事が無かったからだ。
(彼女は……一体? いえ、警戒の方が最優先だわ)
相手の動きが遅い事を利用して、ゆっくりと退避しようと試みる事にした彼女は、音を出さずに移動する。
だが、ウヴェルテュ-レの彼女からの言葉で、立ち止まる。
「アハト=ディソナンツ・キーラ……貴女が知る真実を、教えて? ワタシは……ツヴェルフ=ウヴェルテュ-レ・ベイリー。ベイリーよ」
(どうする? 彼女を信じる? いえ、罠かもしれない)
「ねぇ……お願い。教えて、欲しいの。ワタシが殺して来た人に……ワタシの家族がいたかもしれないから……!」
悲痛な声色に、警戒していたアハトの動きが止まる。自分と重なったからだ。
(もしかして、彼女も何かを掴んでいる? だとしたら、交渉? いえ、油断して仲間を呼ばれたら面倒よ)
だが、悲痛な声色が響く中で……ある事に気づいた。
ベイリーの瞳の焦点が、定まっていないのだ。
(もしかして……視えていないの?)
基本的に、人造吸血鬼になる者は、いくら貧民層とはいえ健康的な者がなる。生まれつき障害を患っている者などは……意図的に除外されてしまうのが、この不条理な世界での常識だった。
だからこそ、考えられる可能性は二つしかない。
――ベイリーの機能が、戦いの中で消耗し、喪失された。
――初期型の頃は、どんな人間でも採用された。
何せ、人造吸血鬼という存在は、使い捨て……都合の良い実験体のようなものだからだ。
様子を伺っていると、ベイリーがついに叫んだ。
「お願いよ! アハト=ディソナンツ・キーラ! 真実を教えて!!」
アハト=ディソナンツ・キーラは……少し考えた後、あえて少し大きめな声で答えた。
「私の家族は、
それだけ告げると、アハトは素早く音を消しながら、その場から立ち去った。
なるべく気づかれないように。
ツヴェルフ=ウヴェルテュ-レ・ベイリーの泣き叫ぶ声がしばらく響いた後、銃声が聴こえ彼女の声は途絶えた。
その音を、アハト=ディソナンツ・キーラは忘れないと誓った。
(終わらせる。この世界を……! 地獄を! 今度はこちらが! 闇に堕として、地獄以上の地獄を見せてやるわ!)
より真実に迫るべく、建物の奥へと向かうのだった――