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第4話 彼女の背負った覚悟と理由

 鉄製の扉を開け、アハトは室内に入る。

 コンクリート造りの無機質な個室だ。扉を開けてすぐのところに収納があるが、窓は一つのみ、右側の壁に質素なベッド、左側の壁に白いシンプルなデスクと椅子だけの殺風景な部屋だ。

 アハト=ディソナンツは、扉を閉めて施錠すると、収納を開けて戦闘服から、白いタンクトップと黒いレギンスに着替える。そうしてデスクに向かうと、彼女の唯一の趣向品である、音楽再生用の携帯端末を引き出しから取り出し、ワイヤレスイヤフォンを装着してベッドに寝転んだ。

 彼女の耳に、クラシック音楽が響く。

 もっとも、クラシックに詳しいわけではない。単なる暇つぶしとリラックスを目的としているだけだ。


(あぁそうだわ。スヴェンヤからもらったクッキーを食べようかしらね)


 気だるい身体を起こすと、デスクに置いた荷物の中から、スヴェンヤ手作りのクッキーを取り出す。スヴェンヤ曰く、ショートブレッドという種類のクッキーらしい。贅沢品のバターや砂糖などで作られているとの事で、ほんのり甘い香りがする。

 透明な袋にピンクのリボンで梱包された、三個入りのショートブレッドを一つ取り出し、頬張る。


(甘くて……美味しい)


 藍き血者アオキチシャ達の体液から感じる甘美で魅惑的な味わいとは違う、優しい味に心が温まる感覚がする。スヴェンヤなりの気遣いが、よりそう感じさせた。


(これを、母さんやカタリーナにも食べさせてあげたいものね)


 カタリーナというのは、妹の名だ。別れる前は十歳だったが、あれから何年も経過している。

 基本的に、人造吸血鬼となった者は、血縁者と二度と会う事は出来ない。

 理由は簡単で、安全な地域に家族は移動し、ある意味隔離状態となる。外側から離れるため、自由はあるが行動が制限されるのだ。一方人造吸血鬼は狩るために、危険地帯に近い場所へと配属される。故に、物理的に会う事が出来ないのである。

 さらに、人造吸血鬼達は藍き血者と直接接触するため、万が一の事を考慮し、安全地帯どころか、この休憩場以上の地域に立ち入る事を禁じられているのだ。

 だから、人造吸血鬼となると決めた時、母も妹も泣いていた。

 それでも、彼女は選んだ。

 ――藍き血者となり果て、行方知れずとなった父のような目に、残った家族をしたくない。

 失いたくない。

 それ故の決断だ。

 後悔はない。だが、人間である事を捨て成長が止まった自分と違い、妹のカタリーナは成長している事だろう。

 もしかしたら、恋人が出来たりしている時期かもしれない。

 成長した姿をみたいとは思うが、規則を破り万が一があったら意味がない。

 孤独に苛まれようとも、耐えるしかないのだ。

 これが、人造吸血鬼……捕食者となった者の運命なのだから。

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