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第3話 休憩場でのひととき

「おかえりなさい、アハト」


 アハトが休憩場に着くと、金髪をポニーテールにした若い女性の給仕が出迎えた。


「スヴェンヤ、戻ったわ」


 スヴェンヤ・シラー。一般市民の中でも、比較的安全地帯に近い地域の出身者だが、教養がありそれでいて心根の優しい女性だ。

 貧民層出身で文字の読み書きが出来ないアハトに、時折文字を教えてくれたりと友人関係を築いている。


「はい、補給物資とこれは内緒のおやつよ?」


 スヴェンヤから渡されたのは、藍き血者アオキチシャの体液には劣るが……不足分を補うための、人造吸血鬼専用の口径飲料だ。味はともかく、大切なエネルギー源だ。それと内緒のおやつは、スヴェンヤ手作りのクッキーだ。

 基本、は人造吸血鬼達を管理こそしているが……プライベートに踏み込む事はない。趣向品程度であれば、何も問題はない。

 だが、スヴェンヤの立場上の問題で、こうして内緒という事になっている。

 その気遣いに感謝しつつ、アハトは休憩場の中にある個室へ向かう。

 休憩場は、安全地帯との堺に存在する。

 ドーム状の安全地帯から飛び出る形で、休憩場は六つ設置されている。そのどれもが、人造吸血鬼達を監視下に置きつつ、サポート体制を整えている。

 冷たいコンクリート造りの、四階建ての休憩場の階段を登って行く。

 幸い、今日に限っては他の人造吸血鬼達と遭遇する事はなかった。アハト=ディソナンツは、実のところ他の人造吸血鬼達が得意ではない。

 彼女のがそう設定されているのもあるが、単独行動が得意な彼女にとって、他者との関わりはあまり好まない。

 人間が施術を受けて、人造吸血鬼が生み出される。

 その際、三種類にわけられているのだ。

 ウヴェルテュ-レ:プロトタイプの側面が多いため、戦闘力こそ高いが、脆い部分が多い。

 クヴァルテット:然治癒力はやや低め。連携戦闘に向いている。

 ディソナンツ:自己回復能力が高い。単独戦闘に向いている。

 ――アハト=ディソナンツは、この中では最新型とも言えるタイプの個体の一体だ。

 だからこそ、自分の在り方を決めたあの日から……人との関わりをほぼ絶った。

 人間で無くなった自分との決別とも言える。

 アハトが人造吸血鬼になったのは、母と妹を少しでも安全な地域に住まわせるためだ。というのも、藍き血者となりやすい貧民層から人造吸血鬼が生まれやすい理由の一つが、家族を安全地帯に近い地域へ住まわせる事を保証されるからだ。

 上級階級である富裕層達に利用されている事は理解している。

 それでも、家族を守りたい想いの方が勝ったのだ。

 ――少なくとも、アハト=ディソナンツとなった彼女は、そうである。

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