結果として手術は成功した。
オレは一気に脱力した。
……花音を失わずに、済むのか?
たまに脳裏に浮かんでは消えていた、前世――彼女の墓に佇むオレのヴィジョンが薄まったのを感じる。
花音の両親にお願いして、花音の傍にいさせてもらう。
早く目をさましてほしい。
でもごめんなさい、やっぱり金賞は取れませんでした。
そもそもルール違反だったし。
オレは眠る花音の傍で突っ伏していた。
何故か特別賞はもらえたので、花音が起きた時に目に入りやすい位置に貼っておいた。
――彼女が目を覚ました時に、目に入りやすいように。
結果として「バカ」とまず一番に怒られ、でも、そんな風に言いつつも、結局は『うれしかった』、と言ってもらえた。
※※※
その後、二人共高校を卒業し、大学は違ったが付き合いは続き――大学卒業が近づいてきた頃、オレは前世で書いていた楽譜を完成させる事にした。
そして花音を自宅のピアノ室に呼び出して聞かせた。
「え、すっごく良かった!! 今までもいくつか作った曲を聞いたけど、いまのが一番……なんていうか魂に響いた気がする! ソウルきたー!」
韓国旅行に行ったみたいな言い方をされたが、まあいいか。
……魂に響く、か前世の彼女の心にも届いただろうか。
前世の彼女が最期まで聞けなかった、この曲。
墓に立っていたオレが、とっとと完成させて聞かせればよかったと散々思っていた曲。
偶然ではあったが、前世のオレはこの曲のテーマを「花の音」としていた。
だからタイトルは『花音(かのん)』とした。
「ソウルか。近いな。それよりオレと一緒にドイツやイタリアへ旅行へ行こう」
「そんなお金ないわよ」
「結婚して、オレの懐から払う」
「はい?」
「だから結婚してください、花音」
オレは、楽譜を筒に入れ、指輪と一緒に彼女に差し出した。
「あ、えっと……どうも、ありがとう」
彼女は割とドライ気味な性格をしているが、この時は頬を染めて嬉しそうに受け取ってくれた。
眼裏に浮かんでいる、前世のオレに降り注いでいた雨が上がって太陽がさした。
その光はとても眩しくて……そのうちヴィジョンは――真っ白になった。
前世のオレがようやく行くべき場所へ行ったのだろう。
オレは目の前の今の花音を抱きしめて、ああ、彼女はちゃんと生きている、と確認する。
そして軽く彼女にキスをして。
これからも、オレの曲をずっと聞いてください、と伝えたのだった。
『未完成の楽譜(完)』