――『前世』のオレは、ピアノに置いてあった楽譜を手に取った。
……これは、『前世』のオレが作った曲だ。
「さて、行くか」
どこへ行くのか、と見ていると屋敷を出た後、街にある一軒家へ向かった。
勝手に家にあがり、廊下を進み、花飾りが下げてあるドアをノックする。
「どうぞ」
無用心だな。泥棒だったらどうするんだ。
オレはドアを開けた。
ベッドで夜着にカーディガンを羽織り、本を読んでいる――花音がいた。
いや、正確には花音ではない。違う姿だ。だがわかる、花音だ。
顔がやつれている。
オレを見ると、彼女は本を閉じた。
「弾きに来てくれたの?」
「ああ」
彼女の部屋にはアップライトピアノが置いてあった。
オレは持ってきた楽譜で奏で始める。
「――やだ、完成してないじゃない」
その花音は笑っていった。
オレも笑ったが、心中……胸が痛い。
前世のオレは、目の前の彼女がもう長くない、と知っていた。
だから曲が未完成でも毎日ここに来て、出来ているとこまで弾いてそのあとはアドリブで終わらせていた。
頭の中にはもう完成した楽譜があるのに、わざとそうしていた。
このやり取りがしたかったから。