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■17■ 壁の全壊 (終)



 数カ月後。


 私は、リハビリ兼ねて、結構長い間入院したので、勉強が大変になってしまった。

 奏の家で、奏がピアノ弾いてる横で、それをBGMにリビングにあるコタツで勉強する。


 五体満足とはいかないけれど、わりと生活に支障がない程度には、身体は動かせるようになった。

 あれだね、ゲームのご都合主義で、酷い難病患ったわりにこいつ元気だな、みたいなそんな感じ。だと思う。


 正月には奏の両親が一時帰国して、奏がピアノをやる気になっていたので、感激していた。

 奏が私がやれって言ったから、と言ったらしく、ご両親にはとても感謝された。


 奏が指を怪我してからは、よそよそしい家族だったけど、温かみが戻ったように見えた。

 ご両親も多分、奏に気を使ってたんだろう。

 奏はそれを見捨てられたと感じていたようだけれど……良かったね、奏。


 それにしても。

 ゲームは高校3年生の卒業までだったけど、イベントが大分巻いて、高校1年生で終わってしまったぞ。

 これはいったいどうなるのだ……?


 もう普通に生活していいのだろうか。

 正ヒロインのエンディングは、何枚かイラストがあって、演奏会で一緒にヨーロッパ行ったり、プロポーズのシーンだったり、結婚式の様子だったり………うあ!


 そうか、最終的には結婚するのか!

 死亡フラグのことばっかり考えてて忘れていた!

 あれだね、前世を覚えてるデメリットがここにあったね。


 死亡フラグ回避する知識があって助かったけど、プロポーズ……の言葉やイラストを覚えていたりで、先の楽しみを知ってしまっている残念さがある。


 お楽しみにしておきたい事なのに、何を言ってもらえるとか知ってるとか……これも一長一短だな。

 まあ、死亡フラグも箱を開けてみれば内容が違ってたりしたから、またゲームとは違う事言ってもらえるかもしれないけれど。


 ……ん? なにか忘れてることがある気がする。


 まあいいか、とりあえず普通に暮せばいいか、と結論付けたところで気がつくとピアノの音が止んでいて、コタツに奏が入ってこっちを見てた。


「あれ、いつのまに練習終わったの?」

「もう少しやるけど、ちょっと休憩」

「じゃあ宿題やる?」

「休憩にきたんだよ!? 休憩が宿題とかお前は鬼なの!? 泣くよ!?」

「いや、つい。……お茶でも淹れようか?」

「もう、自分で淹れた」


 Oh…。考え事して気がついてなかった。

 目の前にはホカホカ緑茶がマグカップに入っていた。

 茶柱立ってるじゃん。良かったね。


「お前こそ勉強の手止めて、ボーッとしてたみたいだけど、何考えてたんだよ」

「……ああ、もうすぐ春休みだし皆とどこ行こうかなーとか」

「なんでお前はいつも皆と遊ぶ前提なんだ。……そこはまずオレとどこに行こうとかじゃないの?」

「いや、二人とかって、どうやって間をもたせたらいいかとか考えるとつい」

「そろそろ付き合っているという自覚をだな」

「自覚……はあるよ。大好きだよ、奏」(淡々)

「……ちがう、そうじゃない」


 奏がコタツに肘をついて顔を覆った。

 幼馴染の壁はまだ残っているからなぁ。

 わたくしも難しいところでして。


「んー、じゃあさ、話しは戻すけど。奏はどこか行きたいとこある?」

「……。そうだな。それよりも、やりたいことがある」

「なによ、言ってみ?」

「言うより実践したい」

「ほう、それはいったいなんだね」

「こういう……」

 そう言って奏が、身体を近づけてキスしてきた。


 え……。

 何……。


 そういえば、コンクールの前の日以来、してませんでしたけども。

 あの時、真っ赤になってプルプルしていた貴方様はどこへ行った?


「……えっと、実践できましたか?」

「まだ」

「?」

「実践というのは、この先のことで……」

「さ、先……!?」


 あ……そういえば、このゲームは、18禁でしたね…?

 学園もので18禁と言いますと、卒業までにそういうイベントが……。


 あっ。

 さっきなにか忘れてる気がしてた、けど。

 重大なイベントが一つ残っておりましたね……!!


 やばい、いやなよかんがする。


「わたくし、まだ身体のほうが万全では、ありませんで…」

 私は後ずさった。


「……今日、学校の廊下で全速力で走ってたのをオレは見た」

「移動教室が間に合いそうになかったからね……だから何だってんですかね?」


 距離を開けた分を詰めてくる。

 ジリジリと、後ろに下がったが、背中が壁にあたる。

 た、退路が……!!


 壁に手をつかれる。

 これは、壁ドンというやつでは……!!


「軽やかに走ってたヤツが、身体が万全じゃないのか?」

 目がマジですよー…? 奏君そんなマジな目しちゃってど、どうしちゃったのかなー?

 死亡フラグがなくなって安心しきっていた私の心はノーガードだった。


 心の中で。

 幼馴染という壁に囲まれた中で、平和でのんきに暮らしていた小さな自分が、奏の進撃にプルプルと怯えている。そんな映像が頭に浮かぶ。


「そう、そうそう。あと心の準備ってものもね、あるのよ。世の中には」

 心がガタガタブルブルしている事を悟られてはならない。

 ここは毅然とした態度を。


「確かに、その通りだな。……わかった」

 聞き分けがよろしい、とホッとしたのもつかの間。


「じゃあ、考慮した結果……練習をしよう」

「練習!?」

「心の準備とは練習を重ねて出来上がるものだとオレは思うんだ」


 か、奏の癖になんだその言い回しは!

 私の顔に影が落ちる。あ…あ、ああああ…。


「拒否ったら泣くからな」

「どういう脅しよそれ!?」

「まあ、練習だから気にするな。……大体心の準備が出来てるヤツとか誘っても、つまらないしな…」

「気にするわ!!! って今何っつった!? あー!? こら……っ!!!」


 奏が! なんか! 怖いこと言った!!

 ゲーム、こんなのじゃなかったよ!?

 予定外の行動するんじゃない!! 主人公め……!!


 ――彼の言うその練習とやらは、練習と言えたものではなく、それは即実践でありました。

 既に半壊していたウォール・オサナナジミは、その日、完全に崩れ去ったのだった。




 その後、交際しながら高校卒業して、お互いバラバラの大学へ行ったけれど、結局奏は家でずっとピアノを弾いているので、私も結局その時間に、勉強したりとかして。

 そんな付き合いを続けて、最終的にはやはり結婚した。

 プロポーズの言葉とかも違ってた。




 前世を思い出した頃に考えていた、"みんなきっとどこかの誰かだった"。


 奏だって、そうだ。

 この奏という主人公の中の人は、その人に沿った人生を送って、私を選んでくれたのだろう。


 ああ、そうだ。

 忘れてたけど、以前言ってた夢の中の花音(わたし)。


 心残りはあったのかもしれないけれど、私を選んだ理由は、きっとそれだけじゃない。

 この世限りの二人の思い出を胸に、それを確信できる。



 ――ありがとう、私はあなたが主人公で、よかった。



         『ギャルゲーの正ヒロインに転生してしまった。』 おわり



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