数カ月後。
私は、リハビリ兼ねて、結構長い間入院したので、勉強が大変になってしまった。
奏の家で、奏がピアノ弾いてる横で、それをBGMにリビングにあるコタツで勉強する。
五体満足とはいかないけれど、わりと生活に支障がない程度には、身体は動かせるようになった。
あれだね、ゲームのご都合主義で、酷い難病患ったわりにこいつ元気だな、みたいなそんな感じ。だと思う。
正月には奏の両親が一時帰国して、奏がピアノをやる気になっていたので、感激していた。
奏が私がやれって言ったから、と言ったらしく、ご両親にはとても感謝された。
奏が指を怪我してからは、よそよそしい家族だったけど、温かみが戻ったように見えた。
ご両親も多分、奏に気を使ってたんだろう。
奏はそれを見捨てられたと感じていたようだけれど……良かったね、奏。
それにしても。
ゲームは高校3年生の卒業までだったけど、イベントが大分巻いて、高校1年生で終わってしまったぞ。
これはいったいどうなるのだ……?
もう普通に生活していいのだろうか。
正ヒロインのエンディングは、何枚かイラストがあって、演奏会で一緒にヨーロッパ行ったり、プロポーズのシーンだったり、結婚式の様子だったり………うあ!
そうか、最終的には結婚するのか!
死亡フラグのことばっかり考えてて忘れていた!
あれだね、前世を覚えてるデメリットがここにあったね。
死亡フラグ回避する知識があって助かったけど、プロポーズ……の言葉やイラストを覚えていたりで、先の楽しみを知ってしまっている残念さがある。
お楽しみにしておきたい事なのに、何を言ってもらえるとか知ってるとか……これも一長一短だな。
まあ、死亡フラグも箱を開けてみれば内容が違ってたりしたから、またゲームとは違う事言ってもらえるかもしれないけれど。
……ん? なにか忘れてることがある気がする。
まあいいか、とりあえず普通に暮せばいいか、と結論付けたところで気がつくとピアノの音が止んでいて、コタツに奏が入ってこっちを見てた。
「あれ、いつのまに練習終わったの?」
「もう少しやるけど、ちょっと休憩」
「じゃあ宿題やる?」
「休憩にきたんだよ!? 休憩が宿題とかお前は鬼なの!? 泣くよ!?」
「いや、つい。……お茶でも淹れようか?」
「もう、自分で淹れた」
Oh…。考え事して気がついてなかった。
目の前にはホカホカ緑茶がマグカップに入っていた。
茶柱立ってるじゃん。良かったね。
「お前こそ勉強の手止めて、ボーッとしてたみたいだけど、何考えてたんだよ」
「……ああ、もうすぐ春休みだし皆とどこ行こうかなーとか」
「なんでお前はいつも皆と遊ぶ前提なんだ。……そこはまずオレとどこに行こうとかじゃないの?」
「いや、二人とかって、どうやって間をもたせたらいいかとか考えるとつい」
「そろそろ付き合っているという自覚をだな」
「自覚……はあるよ。大好きだよ、奏」(淡々)
「……ちがう、そうじゃない」
奏がコタツに肘をついて顔を覆った。
幼馴染の壁はまだ残っているからなぁ。
わたくしも難しいところでして。
「んー、じゃあさ、話しは戻すけど。奏はどこか行きたいとこある?」
「……。そうだな。それよりも、やりたいことがある」
「なによ、言ってみ?」
「言うより実践したい」
「ほう、それはいったいなんだね」
「こういう……」
そう言って奏が、身体を近づけてキスしてきた。
え……。
何……。
そういえば、コンクールの前の日以来、してませんでしたけども。
あの時、真っ赤になってプルプルしていた貴方様はどこへ行った?
「……えっと、実践できましたか?」
「まだ」
「?」
「実践というのは、この先のことで……」
「さ、先……!?」
あ……そういえば、このゲームは、18禁でしたね…?
学園もので18禁と言いますと、卒業までにそういうイベントが……。
あっ。
さっきなにか忘れてる気がしてた、けど。
重大なイベントが一つ残っておりましたね……!!
やばい、いやなよかんがする。
「わたくし、まだ身体のほうが万全では、ありませんで…」
私は後ずさった。
「……今日、学校の廊下で全速力で走ってたのをオレは見た」
「移動教室が間に合いそうになかったからね……だから何だってんですかね?」
距離を開けた分を詰めてくる。
ジリジリと、後ろに下がったが、背中が壁にあたる。
た、退路が……!!
壁に手をつかれる。
これは、壁ドンというやつでは……!!
「軽やかに走ってたヤツが、身体が万全じゃないのか?」
目がマジですよー…? 奏君そんなマジな目しちゃってど、どうしちゃったのかなー?
死亡フラグがなくなって安心しきっていた私の心はノーガードだった。
心の中で。
幼馴染という壁に囲まれた中で、平和でのんきに暮らしていた小さな自分が、奏の進撃にプルプルと怯えている。そんな映像が頭に浮かぶ。
「そう、そうそう。あと心の準備ってものもね、あるのよ。世の中には」
心がガタガタブルブルしている事を悟られてはならない。
ここは毅然とした態度を。
「確かに、その通りだな。……わかった」
聞き分けがよろしい、とホッとしたのもつかの間。
「じゃあ、考慮した結果……練習をしよう」
「練習!?」
「心の準備とは練習を重ねて出来上がるものだとオレは思うんだ」
か、奏の癖になんだその言い回しは!
私の顔に影が落ちる。あ…あ、ああああ…。
「拒否ったら泣くからな」
「どういう脅しよそれ!?」
「まあ、練習だから気にするな。……大体心の準備が出来てるヤツとか誘っても、つまらないしな…」
「気にするわ!!! って今何っつった!? あー!? こら……っ!!!」
奏が! なんか! 怖いこと言った!!
ゲーム、こんなのじゃなかったよ!?
予定外の行動するんじゃない!! 主人公め……!!
――彼の言うその練習とやらは、練習と言えたものではなく、それは即実践でありました。
既に半壊していたウォール・オサナナジミは、その日、完全に崩れ去ったのだった。
◆
その後、交際しながら高校卒業して、お互いバラバラの大学へ行ったけれど、結局奏は家でずっとピアノを弾いているので、私も結局その時間に、勉強したりとかして。
そんな付き合いを続けて、最終的にはやはり結婚した。
プロポーズの言葉とかも違ってた。
前世を思い出した頃に考えていた、"みんなきっとどこかの誰かだった"。
奏だって、そうだ。
この奏という主人公の中の人は、その人に沿った人生を送って、私を選んでくれたのだろう。
ああ、そうだ。
忘れてたけど、以前言ってた夢の中の花音(わたし)。
心残りはあったのかもしれないけれど、私を選んだ理由は、きっとそれだけじゃない。
この世限りの二人の思い出を胸に、それを確信できる。
――ありがとう、私はあなたが主人公で、よかった。
『ギャルゲーの正ヒロインに転生してしまった。』 おわり