――目をあけると、視界がぼやけていた。
私の部屋じゃない、天井。
ピッ、ピッと、機材の音が聞こえてくる。
これテレビの病室でよく聞こえるやつだ。
とても良い夢をみた気がした。
傍に奏がいるのを感じた。
なんとかそちらに首を曲げて見ると、私の片手を握りながら、ベッドに突っ伏して寝ている。
動かしたせいか、頭がズキ、とした。
空いてるほうの片手で頭に触ってみると、包帯のようなガーゼのような触り心地があって、ああ、手術したのか……と考える。そして。
ああ、私、忘れてない。
奏のことを覚えてる。
記憶喪失フラグも折れたんだ……よかった。
奏が私に執着して好感度を上げ続けてくれたおかげかも知れない。
ヤツはそんな事知らないし、好感度はあるのかないのか知らんけど。でも。
ほんとに……ホールで『カノン』弾き始めた時は、もう死んでもいいやって思ったくらい……泣きながら弾く奏が愛おしかった。
死亡フラグは――もうないはず。
ホッとしたその時、涙がでた。
そういえば、今まで泣いてなかった気がした。
こんな病気になってしまったというのに。
奏と話したい。
「かなた」
声はかすれてたけど、呼んでみた。
起きない。
相変わらず寝起きわるい。
しょうがない子だな。
「かなた」
もう一度呼ぶ。
起きない。
ふつう、こういう時ってハッとして起きて、名前叫びながら泣くとこじゃないのかな?
ん?
繫いでる手が小刻みに震えてる。
目の端に涙が浮かんでる。
「ねたふり やめて」
「――っ」
奏はそのまま、突っ伏して、号泣した。
泣き虫め。
まず私を労って慰めなさいよね。
「どうして、きょく、かえたの」
「あの音がよく響く場所で、お前の一番好きな曲弾いてやりたくなった……」
「……ばか」
「……うん、ごめん、練習とかいっぱい付き合ってくれたのに」
「うれしかった」
私は、握ってもらっている手に少し力をこめた。
そしてヤツはまた泣き始めた。
どうしようもないなぁ、まったく。
「今度は失わずに済んだ……」
「こんど、は?」
何を言ってるのかわからなくて聞き返すと、奏は夢の話をしてきた。
「たまに、花音を失う夢を見てたんだ」
「ぶっそうな……」
強い口調で言い返したかったが体力なくてかすれ声だ、くやしい。
「花音じゃない人だけど、花音が死ぬ夢」
「意味がわからな……!?」
意味がわからないよ!? と言いたかったが途中で脱力した。
しんどい。
「夢の話だし、そう興奮しないでくれよ……えっと、ここじゃない世界で、花音じゃないのに、何故か花音だとわかる女の子がいて、いつも死んでしまうんだ」
「……」
いや、なんでもなくはないと思うよ……?
でも。
……奏、それは、もしかして――。
その話は詳しく聞きたかった。
けど、こんな短い会話ごときでも、術後の私は、話すことに疲れて黙った。
しかし、夢……夢か。
そうだね。前世の記憶なんて不確かなものだ。
証拠もない……夢のようにあやふやで、でも確かにあったと感じる不思議な記憶。
奏の夢(きおく)が本当なら、夢越え、形変え、私達はまた出会えたのだろう。
少し希望を感じられるような、それもまた夢のような話しだね。
そして、奏のその夢のことは、元気になったら詳しく聞きたいと思う。
――と、その時はそう思ったが、虚ろながらに話していたせいか、私はこの話題を忘れてしまうのであった。
ふと、正面に置いてあるテレビが目に入った。
なんと、賞状が無造作にガムテープで貼ってある。
特別賞と書いてあった。
あんな事したのに、賞状もらえたの?
だったら、もっと大事にしなさいよ。
退院したら、一緒に額縁を買いに行こうね。
後日知ったのだが、この特別賞は昔、奏がコンクールに良く出ていた頃の審査員がいて、奏の復活を喜んだ事もあったみたい。ホントに特別賞だ。
もちろん、演奏も評価した上でのことだけれど。
特別賞を貰えたこと、最初は『さすが主人公だな。絶対補正聞いてるだろ』とか思ってたけど。
そんな話を聞くと、彼が今までピアノを頑張ってきた積み重ねの上にあるものだったのだと感じた。
そして……知らないところで愛されてるね、奏。