――コンクールの日。
私はさやかに付き添ってもらって、奏のコンサートを見る為、地元のホールへ向かった。
家族にも心配されたが、明日から手術の為に入院だし、すこし無理してでも行きたかった。
やっと奏がピアノをホールで弾くのを見られるのだから。
病気の進行が早い。
多分、もとのゲームのイベント速度に合わせてる。
そこはゆっくりでお願いしたいんですけどねぇ……。
ままならない。
席について、さやかにもたれさせてもらう。
しばらくすると、身支度を整えた奏がやってきた。
私は目を閉じていたので、耳だけで会話を聞く。
「……寝てる?」
「ううん、起きてると思う」
それが聞こえたので声を出す。
「かなた」
目を開けると、黒いスーツを来て、額を少し見せるように髪をセットした奏が見えた。
かっこいいね。
「(にこ)」
ごめん、喋るのしんどい。
目の前にいるのに、喋れないってなんだか遠く感じるね。
「…………」
こら、泣くな。
仕方ないけれど、泣かないでくれ。
大事の前だぞ。
それに、まるで私が死ぬみたいじゃないか。
だいたいこうなったのは奏のせいなんだからね。
あんたが私の攻略ルートに入らなければ、こんな事にはなってないんだからね。
一番厄介な死亡ルートに乗せてくれたよ、まったく。
それでも付き合って命かけてる私に対して……いや、知らないんだからしょうがない。
奏のせいだけど、奏のせいじゃない。これも全て私の推測だし。
そして、どうしようもなく命をかける羽目になったけれど、命かけてもいいかと思えるくらい私は奏が大事だ。
なんだかんだ、ぶつくさ言ってしまう私だけれど、私のルートを選んでくれたことがとても嬉しい。
光栄です。
前世を思い出したせいで、もし死んだらその時の大事な人とまた会えるかどうかは、奇跡の確率なんだと知っているから、今はそれが一番怖い。
前世の家族なんて、もし近くにいたとしてもわからないものね。
もし、死んでまた生まれ変わっても、君は違う君だし、私は違う私。
出会っていたとしても、きっとわからない。
だから、まだ奏と一緒にいたい。
そこまで考えて意識を失って。
さやかに、優しく起こされると、奏が舞台袖から出てくるところだった。
「ごめん、課題曲の時、起こしたんだけど……」
そうか、課題曲は聞き逃しちゃったか。
「ううん、ありがとう」
さやか、ホントにありがとう。さやかマジ天使。
舞台を見ると奏が、こっちをまっすぐ見てる。
私は起きてるよ、と意味を込めて、小さく手を振った。
少し奏の肩が震えるのが見えた。
ああ、大丈夫かな……。
「ショパンだったっけ……モーツァルトだったっけ……」
曲は奏がいっぱい弾いてたから聞けばわかるんだけど、クラシックってどうも題名やら作曲家の名前が覚えられない。
「ショパンだよ。エチュード第一番。よくテレビでも聞くやつ」
「ありがとう、それでよくわかる」
私は苦笑した。
最近では奏やさやかが、曲を説明する時、これよくCMで使われてるやつ、とか言ってくれる。
ちょっと覚えやすい。
奏が少しだけ椅子を調整して、座った。
奏が深呼吸するのに合わせて私も深呼吸してしまった。
――曲がはじまった。
――ん?
「……え?」
となりでさやかも、小さく声をあげた。
観客席も少し、ザワ、とする。
これ違う。
ヤツは自由曲を、ショパンではなく――『カノン』を弾き始めた。
巷でよく『パッヘルベルのカノン』と呼ばれる曲だ。
ようは、私の名前の曲だ。
「……なんて、なんて事を……」
私は小さく呟いた後、額に手をやり、赤面した。
何やってんだおまえー!
さやかが隣で小さく笑った。
見ると、奏がポロポロ泣きながら弾いてる。
ああもう、めちゃくちゃだよ!
さすがに金賞無理だよ! これじゃ!
――なのに一切ミスしてないのがわかる。
もともと美しい曲だけれど、奏が弾くとなにかが違う。
少しざわついた会場が再び静かになっていく。
私はいつのまにか聞き入っていた。
これは、いつも誕生日に弾いてくれる曲。
初めて弾いてもらった日。私は、自分の名前の曲があるなんて知らなくて、とても感動した。
しかも、おだやかで優しくてきれいなその旋律。
何回も弾いてとせがんだけど、特別だから誕生日だけにする、とか言われた。
しょうがないから、知らない誰かが弾いたCDを家で聞いてた。
でも、多分。
奏が最初に弾いてくれなかったら、ここまで好きにもならなかった曲。
「おばか…」
と言ったか言わないか。
その後、私は意識を失った。