目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
■15■ コンクール


 ――コンクールの日。


 私はさやかに付き添ってもらって、奏のコンサートを見る為、地元のホールへ向かった。

 家族にも心配されたが、明日から手術の為に入院だし、すこし無理してでも行きたかった。

 やっと奏がピアノをホールで弾くのを見られるのだから。


 病気の進行が早い。


 多分、もとのゲームのイベント速度に合わせてる。

 そこはゆっくりでお願いしたいんですけどねぇ……。

 ままならない。


 席について、さやかにもたれさせてもらう。

 しばらくすると、身支度を整えた奏がやってきた。


 私は目を閉じていたので、耳だけで会話を聞く。


「……寝てる?」

「ううん、起きてると思う」


 それが聞こえたので声を出す。


「かなた」


 目を開けると、黒いスーツを来て、額を少し見せるように髪をセットした奏が見えた。

 かっこいいね。


「(にこ)」


 ごめん、喋るのしんどい。

 目の前にいるのに、喋れないってなんだか遠く感じるね。


「…………」


 こら、泣くな。


 仕方ないけれど、泣かないでくれ。

 大事の前だぞ。


 それに、まるで私が死ぬみたいじゃないか。

 だいたいこうなったのは奏のせいなんだからね。

 あんたが私の攻略ルートに入らなければ、こんな事にはなってないんだからね。

 一番厄介な死亡ルートに乗せてくれたよ、まったく。


 それでも付き合って命かけてる私に対して……いや、知らないんだからしょうがない。

 奏のせいだけど、奏のせいじゃない。これも全て私の推測だし。


 そして、どうしようもなく命をかける羽目になったけれど、命かけてもいいかと思えるくらい私は奏が大事だ。


 なんだかんだ、ぶつくさ言ってしまう私だけれど、私のルートを選んでくれたことがとても嬉しい。

 光栄です。


 前世を思い出したせいで、もし死んだらその時の大事な人とまた会えるかどうかは、奇跡の確率なんだと知っているから、今はそれが一番怖い。


 前世の家族なんて、もし近くにいたとしてもわからないものね。

 もし、死んでまた生まれ変わっても、君は違う君だし、私は違う私。

 出会っていたとしても、きっとわからない。


 だから、まだ奏と一緒にいたい。

 そこまで考えて意識を失って。


 さやかに、優しく起こされると、奏が舞台袖から出てくるところだった。


「ごめん、課題曲の時、起こしたんだけど……」


 そうか、課題曲は聞き逃しちゃったか。


「ううん、ありがとう」


 さやか、ホントにありがとう。さやかマジ天使。


 舞台を見ると奏が、こっちをまっすぐ見てる。

 私は起きてるよ、と意味を込めて、小さく手を振った。


 少し奏の肩が震えるのが見えた。

 ああ、大丈夫かな……。


「ショパンだったっけ……モーツァルトだったっけ……」


 曲は奏がいっぱい弾いてたから聞けばわかるんだけど、クラシックってどうも題名やら作曲家の名前が覚えられない。


「ショパンだよ。エチュード第一番。よくテレビでも聞くやつ」

「ありがとう、それでよくわかる」


 私は苦笑した。

 最近では奏やさやかが、曲を説明する時、これよくCMで使われてるやつ、とか言ってくれる。

 ちょっと覚えやすい。


 奏が少しだけ椅子を調整して、座った。

 奏が深呼吸するのに合わせて私も深呼吸してしまった。


 ――曲がはじまった。


 ――ん?


「……え?」


 となりでさやかも、小さく声をあげた。

 観客席も少し、ザワ、とする。


 これ違う。


 ヤツは自由曲を、ショパンではなく――『カノン』を弾き始めた。

 巷でよく『パッヘルベルのカノン』と呼ばれる曲だ。

 ようは、私の名前の曲だ。


「……なんて、なんて事を……」


 私は小さく呟いた後、額に手をやり、赤面した。


 何やってんだおまえー!


 さやかが隣で小さく笑った。

 見ると、奏がポロポロ泣きながら弾いてる。


 ああもう、めちゃくちゃだよ!

 さすがに金賞無理だよ! これじゃ!


 ――なのに一切ミスしてないのがわかる。


 もともと美しい曲だけれど、奏が弾くとなにかが違う。

 少しざわついた会場が再び静かになっていく。


 私はいつのまにか聞き入っていた。

 これは、いつも誕生日に弾いてくれる曲。

 初めて弾いてもらった日。私は、自分の名前の曲があるなんて知らなくて、とても感動した。

 しかも、おだやかで優しくてきれいなその旋律。

 何回も弾いてとせがんだけど、特別だから誕生日だけにする、とか言われた。


 しょうがないから、知らない誰かが弾いたCDを家で聞いてた。

 でも、多分。

 奏が最初に弾いてくれなかったら、ここまで好きにもならなかった曲。


「おばか…」


 と言ったか言わないか。


 その後、私は意識を失った。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?