次の日の朝。
私は二人分のお弁当を作った。
奏が迎えにこなかったから、私が迎えにいった。
鍵で開けて中に入ると、防音のレッスン室から僅かに音が漏れてる。
リビングにはスクール鞄が準備しておいてある。
私はとりあえず、その中に作ってきた弁当を入れた。
本当にやってる。
私は感心した。
私はしばらく、そのピアノの音に耳を傾けた。
奏の音が戻ってきた。――好きだ。
私は音楽のことは、さっぱりわからないけど、彼の弾くピアノが好きだ。
しばらくしてピアノの音が止まった。ノックして、レッスン室をのぞく。
「おはよ。そろそろ学校いこう、奏」
「お、おはよう。花音。 ……いけね、まだ弾くところだった」
「スマホのタイマーは?」
「朝寝坊する時もそうなんだけどさ~。タイマー消して続行しちゃうんだよ…」
駄目な子だ。
◆
――その日のホームルーム。
「転校生の白井さやかです!」
うちのクラスになんと白井清華がやってきた。
なんで!?
コンクールで会うんじゃないの!?
そして休み時間。
「ねえ、君。昔、コンクールとかいっぱい出てたでしょ?」
さやかが奏の前の席に座って振り返り、話しかける。
「ん? ああ…よく知ってるな」
「同年代のこの界隈じゃ、君は有名だったもの。私もピアノやってるんだ。ねえねえ、最近見かけなかったけど、ピアノ続けてる?」
「ちょっと指を怪我して……リハビリしてた」
「わあ、大変だったんだね。もう大丈夫なの?」
「ああ、そろそろ、再開しようかと思ってる。趣味レベルだけどな」
「えー。もったいない。……まあ、私も趣味みたいなものなんだけどね! てか、本気でやるなら音楽科入るしね。」
会話が弾んでる。
さすが真ヒロイン……。
奏も、広美と話す時とは態度が違う。
楽しそうだ。
私が入れない世界の話をしている。
自分の気持ちを認めてしまったので、素直に妬ける、と思う。
……そうだ、せっかく白井さやかが転校してきたのなら、私が仲良くなるのでもいいのでは?
嫌がられる可能性もありそうだけど、やってみる価値はあるんじゃないだろうか。
でも広美とか、私の親友ー!とか言いながら、奏と二人で会話してる時に私が割り込んだら嫌な顔してたものな。うまくいくかな。
なんとか彼女と仲良くなって、病気になったら彼女のお父さんに執刀してもらいたい。
そうすれば、奏が金賞とれなかったとしても助かるのでは?
だいたい奏が金賞とったら、清華と奏にフラグが立ってしまうかもしれない。
「なになにー☆何の話ー?」
うぉ、広美!
広美が、さやかと奏の和気あいあいとした会話に突っ込んでいった。
彼女の様子を見るに、転校生を歓迎して和に入りにいった感じではない。
それは私が狙ってる男なのよアピールを感じる。
おまえひょっとして、まだ奏を諦めてないのか!
女経由で金返されたら、脈なしと思って欲しい!!
「ピアノの話だよ。えっと…」
すこし戸惑ったさやかが広美に答える。
「私は橘広美☆ヒロミンとでもよんで☆」
私はなんとなくケロリンを思い出した。
「そう、広美さん、よろしくね」
あ、これ。
すごくよそ行きの表情(えがお)ですね。
即効で相手にしないって決めたな。
広美……これは、格が違う相手だ……やめておけ……。
広美は話題に入ろうとするが、奏もさやかもずっとピアノの話を続けていてなかなか口が挟めない。
奏も広美と話したくないから余計に清華だけと喋るようにしてるんだろうな。
そして奏の隣の席の『親友』の私のところへは来ることもないし、見ることもない。
休み時間とか普通は親友のところに来たりしないの?
そのうち不貞腐れて去っていった。
お前は私と同じ不人気なのだよ。真ヒロインに敵うわけがないのだ……。
◆
昼休み。
「奏くん、お昼一緒に食べよう?」
さやかが、やってきた。
「あ、ごめん。昼はこいつと、いつも一緒だから」
奏が私を指指す。
私はチャンスだと思って、さやかに挨拶した。
「はじめまして、白井さやかさん。良かったら一緒に食べよう。お弁当だよね? 屋上行かない?」
私はちょっとドキドキしてた。
彼女が奏と二人で行きたくて、嫌な顔されたらどうしよう。
実は病気フラグのことは別として、彼女には嫌われたくないのだ……。
ライバルになるかもしれないけれど、私は彼女とは普通に仲良くなりたい。
だって、私もプレイヤーの時は、彼女が大好きだったから……。
ごめん、花音。
花音よりさやかが好きだったよー!!
奏が、えっ、て顔したけど、こればかりは逃したくない。
さやかは、私の命綱だ。
なんとか気に入られたい!
「まあ、ありがとう!! そうだ、お名前聞いていい?」
清華が、パッと明るい笑顔を浮かべて私の腕に自分の腕を絡ませた。
……。
かわゆす!?
神が天使を遣わされた……!
よ…よし!よし…!!
「音鳴花音だよ。奏の幼馴染なんだ」
「へえ! ねえ、あなたもピアノやってる?」
「うーん、私はやってないんだ。でも、ピアノを聞くのは好きだよ。白井さんのピアノを今度聞かせてほしいな」
確か、さやかにはこの君のピアノ聞きたいっていう、セリフが効いたはず。
こ、攻略するわよ!
「本当!? 聞いて聞いて!! 嬉しい!」
女子二人で腕を組んでラブラブモードで、歩いていく。
思っても見なかった展開である。
奏が後ろで面白くなさそうな顔で、頭をポリポリしている。
我慢してくれ!
これはとても大事な事なのだよ、お前にとってもな!
「お姉様! 私も一緒に食べたいです!!」
屋上についたら、ドジっ子後輩が待ち受けていた。
「いいよー。もう転ばないって約束してくれるなら」
……そうか、君も私が助けたから、私の好感度があがったのだな。
そもそも好感度があるのかどうかも知らんけど。
「します!! ドジ直します!!!」
屋上のベンチに座った私の両隣に花が。
二人共かわゆす……だが…。
「(どんより)」
奏が……!!
ベンチに1人だね……ごめんね。
そもそもこの私が座っている位置は本来、奏のものである。
奪ってしまったな……すまない。
「お姉様これ、たべてください。はい、あーん」
「私のサンドイッチ食べない? おいしいのよ。そうだ私のことはさやかってよんで……」
私が貢がれている……。
ちょっと攻略しただけなのに!
後輩ちゃんに懐かれたのは予想外だが可愛いし、なにより、さやかとの接近成功が嬉しい。
君は私の命だ、さやか……!