目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
■11■そして命がけの恋になる

 誰かがブランケットをかけてくれようとしてる、と思ったら目が覚めた。


「お。寝かせてやろうと思ったのに起きたな」

「今寝たら、夜眠れなくなるから、ちょうどよかった。ありがとう」


 ピアノが最後まで聞けなかった。残念。


 時計を見るとそろそろ5時だ。帰ろう。


「そろそろ帰るよ。ごちそうさま。」


 私はティーカップ類を片付けようとしたが、奏に後ろからそっと抱きしめられた。

 ドキリ、とする。

 ほ、ホントにもう、距離を考えてほしい。


「帰る前に少し……この前の話をもう一度したい。本当にオレと距離置きたい?」

「――」


 距離を置きたいのは死亡フラグを回避したかったからだし、奏の態度が最近、私に対して悪くなって来てた事にキレてたのもあったからだ。

 前世を思い出してない時も、ちょっと最近ひどい……とかは思ってた。


 その態度も、一度、塩対応しただけでガラリと変わった。

 吉崎くんとランチしたり帰ったりしたのも効いたのかもしれないけれど、正直ビックリだ。


「昨日は気持ちを押し付けて悪かった。けど、大事にしたいのは本当で。悩んだけど、お前が距離置きたいっていうなら我慢しようと思う……けど。オレにどうしてほしい?」

「……」


 執着気味なのはどうかと思うけれど、こんなに好かれて、優しくしてきて、態度も改めて……他の女の子とも関わらないようにして。

 一気に幼馴染の壁を壊しすぎでは、と思っていたけれど、もうその壁には十分ヒビを入れられた。

 ほんとに一気にヒビが入った。


 ゲーム画面があったなら、花音の数値は一気に好感度数値がMAX近くまで上がってると思う。


 前世を思い出したばかりの数日前は逃げる気満々だったのに、その意志が奪われていく。

 幼馴染主人公恐るべし。


 私が受け入れたら、きっと残りの死亡フラグはイベント確定するけど、最近発生した死亡イベントを考えるに、私が受け入れなくてもそれは少し違った形で発生する確率は高い。

 ここから花音の死亡フラグイベントを回避することは、どうあってもない。

 ――なら。


 私は、奏の方を振り返った。


「……例えば、私の余命が短かったとしても、奏は私が死んだ後もちゃんとやってける?」


 重たい選択を私からも用意しよう。

 私だって命がかかっている。


 転生がある、とわかっていても、次は転生はないかもしれないという不安。


 あったとしても現状の自覚や記憶はまずないだろう。


 ――今生の奏との思い出を含めて、沢山の事を大切に思っている。

 私はそれを全て賭ける羽目になるのだ。


 ああ、私の中の幼馴染の壁がひび割れて半壊する。


 まったく。


 前世など思い出したところで、奏が花音ルートを選ぶ限り、逃げる術などなかったのだ。


「え、なんだよ。それ。おまえ病気かなんかなの?」


 慌てた様子で、私の身体を奏側に向けさせる。


「それは、わからない。……ただの例え話だけど、真剣に考えて欲しい」

「いや……急にそんな事言われても」


 そりゃそうだ。

 私もそう思う。

 だからってゲームでそうでしたから! とかも言えないのがつらいところだ。


「でもね。私と付き合うならそれを約束して。そしてピアノを本格的に再開してほしい」

「え? ピアノを? ……それは」


 例え私が捨てられる結果となろうとも、私を生かしてくれる白井さやかだけは必要だ。

 不治の病イベントは花音ルートでは必ず発生する。

 彼女だけは私にとっても必要だ。


 でもそれには、奏が地元コンクールで金賞を取らなくてはいけない。


「地元コンクールで金賞取ってくれたら、彼女として、付き合う」


 多分、奏にとってめちゃくちゃ酷な言葉。

 奏が昔した怪我は指の神経を痛めた。

 怪我は実は治ってるはずなんだけど、その時の弾けなくなったトラウマを引きずってる。


 それまでは、いわゆる神童とか言われるピアノの才能でもてはやされていた。

 彼は特に、親を落胆させたと思っている。

 デリケートなことだから、私も今まで触れずにいた。


「実は、リハビリはずっとやってた。自分でも前のように弾けるとは思ってはいるけど……自信がからきしなくなって、親もオレに何も期待しなくなったから、もう趣味でいいかなって……」


 奏がポツポツと本音を言う。


「お前だけがピアノ聞いてくれたらいいかなって思いながらも、再開してやり直したい気持ちもずっとあった。あったのにずっと腐ったままでいたっていうか。親がオレを見てくれなくなって、どうせもうオレなんて、とかそういう甘えを持ち続けてたっていうか」


 少し泣きそうな顔になってきた。


「オレには多分、厳しさをもって接してくれる人が必要なんだよ。花音」


 ……私、今まで甘やかしてたなぁ。奏を駄目方向に導いていたかもしれない。

 だからこの間の塩対応でビシッとしたんだな、この甘えん坊は。


「金賞はハードルが高すぎるかな?」

「いや……やる」


 目が本気だ。

 傷つけるかと思って心配したけど、気合が入ったようだ。


「ごめん、花音。明日から弁当作れない」

「わかった……私の我が儘聞いてくれてありがとう。私の我が儘聞いてくれたから、私も明日からお弁当作り再開するよ」

「え、いやでも」

「作りたくなった」


 ピアノを再開できたら、死亡フラグ回避に失敗して私が死んでも、奏はそのあと立ち直れると思う。

 それだけ彼の人生においてピアノが占める部分は大きい。


「じゃあ、帰るね。また明日」

「おう……そうだ、明日からオレ、朝練するから、もし時間を過ぎてる事に気がついてなかったら、声かけてほしい」


 そう言って、前に返した合鍵を渡してきた。


「ポストに入ってた時、ちょっと絶望したぞ」

「ごめんね。唐突すぎた、本当に」


 合鍵には、よくわからないまるっこい、ゆるキャラのキーホルダーがついていた。

 なんだこれ。前は付いてなかった。

 私は少し笑った。


「いや、なんかお前に似てると思って買った」

「失敬な!?」


 私は、ぶつくさ言いながら、ティーセットを片付けて、自宅へ戻った。


 自宅に戻って、ベッドに転がって天井を見つめる。


 ――怖い。


 命をかける恋になってしまっている。

 実際今日は、死にかけた。


 イベントに変化が起こって、不治の病なんて患わなければ良いのに。

 そう思いながら、私は目を閉じた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?