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■10■ 隠しヒロイン


 早退したことを親に言いたくなくて、奏の家に寄り道させてもらった。


「この辺に菓子が……あったあった」

「じゃあ紅茶入れるよ」


 奏の家は、いわゆる金持ちの部類なので、ティーセットがやたら高級品だ。

 菓子もその辺で売ってるやつじゃなくて、デパートで買ってる。


 こんなだから、奏は弁当の件で経費のことが、頭に入ってなかったんだろうな。


 多分、お金に無頓着。これは良くない。教育しないと……って、ちがう、私は何を言ってるんだ。

 私は彼のお母さんではないのだ……。


 でもそういう私も、価値がわからない頃から、こういった高級品に触らせてらもらってるので、奏の家のものに関しては気後れせず触れられる。

 勝手知ったる我が家状態だ。


 午前中の授業で出た宿題を二人で片付けてから、なんとなくテレビをつける。


 昼間のテレビって再放送多いなー。

 ネットに切り替えて、動画配信で適当なのを探してみたり。

 でも、なんとなく今日あった立て続けの事故のせいで、楽しめない。


「まだショックだよな? 大丈夫か?」

「うーん、大事には至らなかったからね。どっちも奏が助けてくれたから。ありがとう。奏は大丈夫?」


 ショックはしばらく抜けないだろうけど、どっちも奏が身体を張って助けてくれた。


「オレはもう平気だ。少しは見直したか?」

「うん。 ……でも指は心配したよ。あと一緒になって屋上から落ちなくてよかった」


 そう考えたらとても怖くなってきた。

 よく落ちなかった、本当。

 奏の主人公補正が効いているんじゃないだろうかってくらい。


「指は本当に大丈夫だ、そんなに心配するな。弾いてみせようか」


 奏が、リビングに隣接してる防音のレッスン室に入ってグランドピアノを弾き始めた。


「えっと、これなんだっけ……」

「ドビュッシーの月の光」

「そだ、それだ」


 優しい曲。大好き。そして昔と変わらない綺麗な旋律。

 本当に大丈夫だったんだ。よかった。

 私はしばらく目を閉じて聞き入った。


 ヒロインレースを降りたいのは本当だ。

 死にたくないし。


 けれど、奏とのこういう時間を失う事を考えてなかった。


 他のヒロインルートになったら、ここでこうやって奏のピアノを聞かせて貰えるのは、私ではなくヒロインたちの誰かだ。


 さっきのティーセットの準備だって、私がやるんじゃなくなって、誰か違う子。

 そう考えると、胸が傷んだ。

 改めて私の中の奏が占める場所の大きさにとまどう。


 いや、広美のことだって、そうだ。

 正直ヤキモチあったよね。


 自分がプレイヤー側だった時は、正ヒロインのヤキモチうざいとか思ってたのに、いざ自分がその立場になったら、人のこと言えない状態になってる。


 死にたくはないけど……もし死ななかったり、死亡フラグを全部回避できたなら奏と……という気持ちが自分の中にあるのを見つけた。

 ――幼馴染の壁にヒビが入る気がした。


 これは、私が『攻略』されている、のだろうか。

 ……考えてもしょうがないことか。


 それよりも、命の心配をしよう。


 今日起きた死亡イベントは、回避したと考えて……あと残ってるのって。

 18禁ゲームだから有りえる話とはいえ、性的な意味で襲われるやつと……不治の病か。


 襲われるほうは、運動部でいじめを受けてる黒髪青瞳のヒロインが、放課後遅い時間まで残っていて――私も委員会で遅くなったところを、体育倉庫の方から悲鳴が聞こえ、見に行ったら彼女が18禁な意味で襲われかけていてるのを見かける。

 助けを呼び行こうとしたら、外にいた見張りに捕まってそのまま私も……みたいな内容だったはず。


 これは奏と吉崎くんが二人で気がついて助けに来てくれるんだけど……先に襲われてた体操服娘は無事で、何故か私は手遅れっていう。


 り、理不尽……。


 そしてそれがきっかけでヒロインとの関係がはじまり……いや、なんでよ!?


 ちなみにこのイベントは、のちにサクッと解決した。


 先生に『か弱い女の子を学校内で襲おうとしてる人がいまーす!』 ってイベント前に手紙でチクっておいた。

 そうしたら、例の意志田先生が解決して、黒髪ヒロインは、その先生について回るようになってた。


 惚れましたね?


 不治の病に関しては……。

 奏がピアノを再開しないといけない。

 再開して、地元のピアノコンクールで金賞を取らないといけない。


 そしてそのコンクールで参加者の美少女と知り合うのだ。

 美少女は正ヒロインルートで発生する隠しキャラ。

 白茶髪にアーモンド色の瞳のとても美しい少女。

 白井(しらい)さやか


 奏が金賞を取ることによって、彼女の目に留まり、交遊が始まる。

 そして彼女の父親だけが私の病を治せる医師で、私を治してくれるのだ。


 大事な幼馴染の病気を治してくれた彼女のはからいに心を打たれた奏が惚れて、彼女とのえちえち展開へ……。

 そして大変な思いをして助けた幼馴染はもう用無し、といった感じで、それ以降花音は一切ストーリーにでない……。


 ひどすぎる!!


 更にもう一つ。その隠しヒロインを振り切って花音ルートを選んでもまだ難関がある。

 私が大っきらいな展開。

 花音が、記憶喪失になるのだ。

 ゲームだと、ラスト頃の好感度によって、花音が思い出すかどうか決まる……。

 ひどすぎる!!(2回目)


 更に更に。この白井さやかと奏のピアニストカップルはプレイヤーたちの一番人気だった。


 さやかは真ヒロインとか天使とか言われてたもんなぁ。

 主人公の様子も他のヒロインの攻略よりも楽しそうに見えた。

 花音など、真ヒロインを召喚するための餌とかまで……ひどすぎる(3回目)。


 私は奏にピアノを再開してもらいたいって思ってる。

 ピアノを弾いてる奏が好きだ。


 でもそうしたら、きっと……白井さやかと出会う。


 彼らは運命のように惹かれ合ってしまうかもしれない。

 お互いピアノ大好き同士だし。

 家の前を通りかかったら、二人で楽しく連弾してる様子とか見ちゃうかもしれない。

 奏の家の庭で、二人で楽しくお茶してる姿とか見てしまうかもしれない。

 見たくない。


 「……」


 天井を見上げるとシーリングファンがゆっくり回転している。


 それを見ながら、そんな考え事をしていたら、奏が弾いてくれたバラードと合わせて、私はそのままウトウトしてしまった。

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