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■6■ 最初の死亡フラグ。

「広美」


 教室に帰ると、まだ次の授業には時間の余裕があったので広美に声をかけた。

 借りたお金を返すのに、奏が教室にいるのはシチュエーションがおかしいから、すこし時間ずらして帰ってくるように言って、私が先に教室に戻った。



「ん? なにかな!?」


 パッと明るい笑顔でこっちを見る広美。

 こういう所は、素直に可愛いんだけどなぁ。


「このお金、奏が広美から借りたお昼ごはん代金だよ。返すね」


 私は広美の手を取って、そこにお金を乗せて微笑んだ。

 広美のテンションが急降下した。顔の笑顔がわかりやすいほど消えてった。


「え……。なんで、花音から返ってくるの?」

「頼まれたの。奏が『おまえ親友なんだから返しといて』って。なんか、頼まれたの。ん? どうかした? お金足りなかった?」


 私は全く悪気のない顔、そして私経由で奏に貸したお金が戻るのを当たり前でしょって態度を通す。

 だって、私、幼馴染属性正ヒロインですからね。


 彼女の眉間には、シワが寄っている。

 理不尽に思っているようだね、ごめんよ。

 申し訳ないが、あるのかどうかわからないけど、その好感度、下げさせてもらう!


「いや、金額は合ってるけど、どうして花音に」

「さっきも言ったけど、頼まれたから」


 好きな男に厄介な女がくっついてて、すまんね!


「あ、あと。奏、これから自分でお弁当作るんだって。もうお金貸してあげなくても大丈夫だよ! もしそういう時があっても、私が貸すし。広美に手間はかけさせないからね!」


 うちの幼馴染が面倒かけたね! ありがとう!


「あー……そっかー。そうなんだ。ありが、とう……」


 すごい低テンションだ。

 せっかく作ったとっかかりが破壊されたわけだし、おまけに他の女経由とか、そりゃさすがに落ち込むよね。


 うちの人が借りたお金返しますね、おほほな正妻ヅラの正ヒロインですまない。

 これはプレイヤーに嫌われるのも無理がない。


 そうは言っても、奏自身が広美を苦手にしてるからなあ。

 奏が彼女を好きならこんな事は起こらなかっただろう。

 それなら、私に頼むなんてまずしないしね。


 私のちょっとした私怨もまじっているものの……残念だが諦めてくれ。



 ◆



 放課後。

 奏に手を繋がれて帰る。


 ……ナンデ?


 恥ずかしいんですけど……私達、ただの幼馴染……いや、奏は違うのか。


 それを振り払えない自分にも疑問を感じる。


「手はつなぐ必要あるの?」

「ある。世の中何があるかわからないから」

「そんな緊迫してる世界じゃないとおも――」


 ――そんなやり取りをしているところへ、


 キキキー!、と車が突っ込んできた。


 嘘でしょ!?


 ――しかし、私は前世の死ぬ直前の記憶がフラッシュバックする。


「いやあああ!!」


 私はその場で悲鳴を上げた。


「花音!そこで立ち止まっちゃだめだ!!」


 奏が手を引っ張った。

 車が私のいた場所を猛スピードで走り抜けて、近くの壁に衝突した。


「うあ……あ……」

「大丈夫か?」

「な? 何があるかわからないだろ」

「いや、それにしたって、これはレアすぎるイベントでしょ! 手は放そうよ!逆に危ないよ!」

「結果を見てくれ。オレがお前を助けることができたのは手を繫いでいたからと、思わない?」


 私は繫いだままの手をじっとみた。


「た、たまたまじゃないの……」

「……そんなに否定したいのか」


 奏が手を放してそっぽ向いた。


「助けたのに……お礼も言ってもらえない……」


 しょぼくれた!


「ああ!? ごめん! それは本当にありがとう!!」


「もういい……1人で帰る」


 いじけた!?


「いや、ほんと、ごめん」


 私は、先に1人帰ろうとする奏の制服の裾を掴んでそのまま歩いていった。


 結局、奏の家の前まで、その状態だった。


 歩きながらふと思い出したけど、花音が交通事故で死ぬのは広美のイベントと連動してたっけ。

 多分、さっきのは広美のイベントの死亡フラグだったのでは。

 なら、私が助かったから、広美のイベントはもう発生しないのかな。


 そうか、広美ルート、消えたのか。

 確信はないけど。

 ……正直、ホッとする。

 交通事故も怖いけれど、広美がヒロインレースから消えたかもしれないってとこに。

 ああ、私いやな女だな。


「電車ごっこじゃないんだぞ!?」


 奏の家の前まで帰ってきた。

 しかし、ずっと裾を掴んだままだったから、奏に突っ込まれた。


「いや、だって、……えっと、一緒に帰ろうって言ったの奏じゃないのよ!」

「お前、嫌がってたじゃないか!」

「嫌だったよ! だからっていじけてる子をそのままにできないでしょ!? そろそろ機嫌なおしてよ!?」

「いやだ!!」


 バタン!!


 奏は私を放置して家に入った。


「なっ」


 なんといういじけっ子!


 しかし、しばらくすると。

 バタン、と先程閉められたはずのドアが、少しだけカチャリと隙間5センチくらい開く。


「ん!?」

「(じー)」


 隙間からこっち見てる!!

 お前は猫か!

 世話の焼ける!!


 あれか、いじけてるけど、構っては欲しいみたいな……。

 ああもう、しょうがないな!

 私はドアノブを掴んでガッと開いた。


「なっ! 何するんだ!」


 私は家に侵入し、奏の頭を撫でた。


「ごめん、て。」

「……」


 静かになった。


「は、恥ずかしいから、もう帰ってくれ」


 顔を真っ赤にした奏がそう言った。……ピキッ!


「…もっ」


「もう二度と来ないわよ!!! バーカバーカ!!!」


 私は、正ヒロインにあるまじき、暴言を吐き、ズカズカと歩いて目の前の自宅へ帰った。




 次の日。

 自宅を出て、道路を挟んだ向かいの門を見ると、門の影に隠れた猫(かなで)がこっちを見ている。


「……」

「……おはよう。学校行かないの?」

「……行く」


 その割に門から離れない。

 しょうがない。

 道路を渡って、私は手を差し出した。


「ん」

「……」

「ん!!」


 私は強引に手を取った。


「ま、まだ許してないんだからね!」

「ツンデレか! ……それよりちゃんと宿題やったんでしょうね」

「あ」

「あ?」

「や、やった」

「それはやってないわね。早く行ってやるよ」


 まったく、手のかかる。


 ああもう……。


 奏が手間がかかり過ぎるせいで、幼馴染ヒロインから離脱できない!



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