次の日の朝、奏が本当に迎えに来た。
「おはよう」
「お、おはよう」
玄関の前で待ち伏せされて、一緒に学校行きません、なんてとても言えない状況である。
「昨日距離を置きたいって」
「オレは置きたくない」
「どうして……」
「距離なんておいたら、おまえ吉崎のとこに行くだろ」
「……」
その通りだ。
「吉崎に惚れてる?」
「惚れ…!? そこまで強い感情じゃないよ! ただ、いいなーって」
「どこが?」
「……所作がきれいとか?」
……あと、手が綺麗、とか。
私はなんとなく、奏の手を見ながら言った。
「ふ、ふーん」
なんなんだ。
◆
奏と一緒に登校すると、当たり前のようにクラスメイトにいじられる。
「なんだもう仲直りかー?」
「やっぱあんた達仲良しよねぇ」
「結婚式には呼んでくれ」
あんたら、人の気も知らないで……!
これって、今更破壊できない外堀が出来上がってない?
降り積もった幼馴染の歴史が強い外壁となっている気がする。
ウォール・オサナナジミ!
ちなみに、幼馴染の壁――ウォール・オサナナジミは外堀だけではなく、私と奏の間にも走っている。
幼馴染という壁があることで、私達はなりたっているのだよ、奏。
奏はそれを壊そうとしている。
壊れたら、どうなるんだろう。
ゲーム画面の中の二人は普通に交際していたが、キャラクターと違い、私達は今リアルだ。
前世では幼馴染とかいなかったしな……。
想像がつかない。
そして昼休み。
「ほら」
「え、なにこれ」
「……弁当作ってみた」
「えっ」
「今までにかかった費用がわからないから……これから、卒業までオレが弁当作る。花音が作ってくれた弁当メニューちゃんと覚えてるから。お前ほど上手には作れないけど、できるだけ再現して作ってくるから受け取ってほしい」
えええ……。
そんなの作ってこられて、いらない! なんて人として言えるわけがない……!
「あ、ありがとう。でもいいよ、そんなの。大変だし勉強だってあるんだから。今日だけで」
「いや、オレがやりたいの。じゃあ、一緒に食おうぜ。中庭行こう」
断れない……これ以上の断る理由が見つけられない。
手を引かれて連れて行かれる。
何気なく奏の手をみる。
奏の手はきれいだ。
ピアノをやってる人特有の綺麗な手。
私はこの手が……すごく好きだ。
◆
奏のお弁当は完璧だった。
私が作ったんじゃないかって思うくらい、同じものを作ってきた。
「すごい……」
「お前の味が好きだから、自分でも作れるようにしたくて、晩飯とか真似して作ったりもしてたんだ。実は」
そ、そんなに。
さすがにビックリしたけれど、そんなに美味しく食べてくれてたのか……。知らなかった。
言葉で言われるだけじゃなくて、こうやって再現までできるレベルで覚えてるなんて、ちょっとすごい……どころの話ではない。
「オレの気持ち……まだ、お前に届くかな」
優しい笑顔で少しの間、瞳を覗き込まれた。
う。
なんですか? そのセリフ!?
……これ乙女ゲームじゃないですよね??(3回目)
「(ああ……うん)」
女性キャラ視点からみたら、ギャルゲーの男主人公って乙女ゲームの攻略キャラ以上に、スパダリだよね。
攻略するヒロインを助けたり、ヒロインと将来幸せになるために行動してるんだもんな。
不遇ヒロインを救うためにスパダリ化していくヒーローとか、ザラにいるものな。
奏はすぐにお弁当に目を戻して、食べ始めた。
これはやばい……幼馴染がまるで生まれ変わったかのように態度を改めてきた……。
どうしたらいいんだ。
これでは、吉崎くんのところへ行く気も萎えてしまう。
あれ、ちょっと待てよ。
これから毎日、奏とお弁当食べるの?
いや、今までもそうではあったけれども……。
吉崎くんルートに行く暇がなくなるじゃないの……というかこれもう完全に奏が花音の吉崎行きを封じている!
そんな事を考えていた時。
「はわわわー!」
以前、食堂でもすっ転んでいた茶髪ドジっ子後輩が、奏の前でスライディングするかのように転んだ。
「ああああああ……痛いですぅ」
「大丈夫?」
私は声をかけた。
一学年下だったかな、この子。
……あれ?奏が助け起こさない。
昨日も助けてあげてたよね?
そして奏が助け起こさないからか、いつまでも転がったままだ。
見かねて私は助け起こした。
「あわわわ、ありがとうございますー!」
ハンカチで顔を拭いてあげた。
「ありがとうございますぅ、お姉様!」
お、おねえさま? 聞き慣れない言葉だが、まあいいか。
後輩に感謝されて心地よい。
保健室に行きます! と言って、ドジっ子後輩枠ヒロインは去っていった。
「……どうして助けてあげなかったの?」
「そんな。小さな子供じゃないんだから、自分で起き上がれるだろ?」
えっ。どうした。ヒロインだぞ。
「昨日助けてあげてなかった?」
「なんだ、見てたのか。オレのこと」
ニコリとされた。ちがう、そうじゃない!
「なんでそういう話に! そうじゃなくて、いつもああいうのって率先して助けてあげてたじゃない」
「今のは花音がやってくれて助かった。 ……正直困ってたんだ。女難の相があるのかとお祓いに行くか悩むくらい」
「女難の相!?」
「うん……やたらオレが助ける羽目になる女に絡まれる」
ひょっとして下心で助けてた訳ではないの?
私はてっきり……。
酷い誤解があったかもしれない。
自分のギャルゲ脳が嫌になる。
「昨日の広美だって……あれはオレが助けられたんだけどさ。借りたら返さないといけないから、また会話しないといけないだろ? ……あ、そうだ、これ、昨日借りた金持ってきたんだけど……お前から返しておいてくれない? オレ実は、広美苦手でさ……」
「お、おう……」
そこで鐘が鳴った。
私は広美に返すお金を受け取った。
苦手なら仕方ない。
この幼馴染であり、かつ正ヒロインであるこの私が返しておいてやろう。
正直、他のヒロイン、誰を選んでも文句は言えないんだけど、広美だけはどうも嫌だった。