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■3■ プレイヤーの時に思ってたことと、実際にヒロインになるのでは、見えてるものが違うのかもしれない。

 私は食堂できつねうどんを頼んだ。

 空いている席に座って、ちゅるちゅるする。


 窓側に座ったので外が見える。

 中庭で食べてる子たちが見える。

 昨日までは奏と中庭だったり屋上だったりで食べてたっけ。


 そこへクラスの子やら、奏狙い(狙ってるわけじゃないけどヒロインだから現れる)がやってきたりで騒がしい昼だった。


 ゲームは既に始まっているんだよね。


 私は今日からは静かにすごす。


 スマホがある世界でよかった。

 生まれ変わったのが異世界ファンタジーだったら、スマホがなくてつらい思いをしたと思う。


 異世界ファンタジーに生まれ変わった人ってスマホ中毒はどうやって克服してるんだろう。

 慣れるもんなのかな。などと、くだらないことを考えながら、うどんをすすっていると。


「今日は、一人なんだな。音鳴」


 となりに誰かが座ってきた。


 見ると、クラス委員の吉崎君だった。

 そういえば私はクラス副委員だった。

 この人とは作中で絡みが多い。


 私はそれには答えなかった。

 一人なのは当たり前だからだ。

 奏とのセット品ではないと世間に示していく! 今日からの私は!


「きつねうどんおいしい」

「それだけで足りるのか?」

「帰ったらおやつでも食べるから」

「太るぞ」

「その分勉強して脳でカロリー消費するから」

「はは。なるほど」


 吉崎くんは剣道部だっけ。

 ガッツリA定食だな。

 男の子は皆、だいたいそうだけど。


 そしてこの吉崎くんは、花音ルートの当て馬くんだ。


 そうか、主人公がいないからやってきたんだな。

 主人公がヒロインを放置すると吉崎君がやってきて、花音の好感度を奪っていく。

 これはゲームの難易度を上げている要素の一つ。


 他のヒロイン目的でも、花音の好感度上げはしないといけないからな。


 私は生前のプレイで、主人公より吉崎くんのほうが好きだったな。

 ヒロインなんで吉崎選ばない! とかたまに思ってた。


「今日は奏と喧嘩でもしたのか?」


 また奏の話にもどされる。


「ううん。ぜんぜん違うよ」

「でもいつもは…」

「いつもがおかしかったんだって気がついた。世話焼きすぎだったかなって」


 吉崎くんは、フッと笑った。


「確かに。やっと気がついたか」

「変だったよね、吉崎くんもそう思ってたんだ」

「変とまでは思わなかったが、聞いたら付き合っているわけもないのに、まるで夫婦みたいだったからな」


 苦笑気味に言う。


「まあ、幼馴染だからね。当たり前になってたから、気が付かなかっただけだよ」


「ところで。オレは今日部活休みなんだが。奏と帰らないなら、たまにはオレと帰らないか?」


 おお。さすが当て馬。主人公の隙を逃さない仕事をしますね。

 しかし、これは奏と離れたい私には嬉しい提案だ。

 今のとこ恋愛ってほどじゃないけど、吉崎くん好きだし。

 お互いカレカノいないし。


「いいよ」


「駄目だ」


 えっ。


 目の前に奏が座ってきた!

 いつの間に。


「……はい?」


「花音はオレと帰るから、駄目だ」


「え、でも私は奏と一緒に帰るって約束してないよ?」


「……」


 奏が傷ついた顔をする。


 ……さすがに言い過ぎたか。

 でもどうして? 広美ルートじゃないの?


 あ、そうか。

 私の好感度も上げないと、トゥルーエンドに行けないんだ。

 そんな事を計算して動いてるかどうかはわからないけれど。


 危ない、絆されるとこだった……。


「お前たち、本当にどうしたんだ?」


 さすがに心配になったのか、気遣って私達に声をかけてくれる吉崎くん。

 当て馬なのに、この対応。

 君は、人が出来てるよ……。


「奏、悪いが約束はオレが先だ」

「……わかったよ」


 奏が元気なさそうに立ち上がった。


 ……さすがに胸が痛んだ。

 ごめんよ、奏。命が懸かっているんだ……。


 フォローしたら、元の木阿弥だ。


 これ結構辛いな。

 いっそのこと転校でもできたらいいのになぁ……。


「奏を行かせてしまったが、良かったか?」


 気づかう吉崎くん。なんて良い人なんだ。


 こういうシーンって、私がプレイヤーなら、


 "ここはもう吉崎でいくっきゃないでしょ!"


 "なんでヒロインは、吉崎へ行かない!!"とか思って、ヒロインの煮えきらない態度にイライラするような場面だろうな。


 そうなんだけど、なぁ……。


 前世を思い出したのは数日前だけれど、ゲーム開始前の奏との幼少時代からの記憶とか、いっぱいある。


 ゲーム中には表現されてなかったけれど、幼馴染キャラの花音は、こういう思いを抱えて複雑なのかもしれない。

 実際今、私は複雑だ。


「気持ちの良い会話ではなかったけど、仕方の無いことだと思う。実際、割り込んできたのは奏だし。大丈夫。気を取直して食べよう! ご飯冷めちゃうし、お昼休み終わっちゃう!」


 私は吉崎くんに笑ってみせた。


 吉崎くんは、そうだな、と言って再び食べ始めた。


 ……お箸の持ち方、きれい。


 こういうちょっとしたところ……やっぱり良いな、吉崎くん。

 この幼馴染への気持ちと思い出がなければ、即落ちしそうなくらい好感持てる。


 奏は少し離れた席で食事してるのが目に入る。


 広美と。


 ……ふーーん。まあ、お金貸してもらってるし、当然っちゃ当然。


 たしか広美ルートだと、広美と私を同時攻略の上で、途中で私は交通事故で死ぬんだったかな。


 それで親友を失った広美が落ち込んで、それを奏が慰めて……みたいなルートだった気がする。


 奏、それは嘘泣きだ。


 そいつは私が死んでも、そこまで悲しまないぞ。親友じゃないからな!


 っと、私には関係ない、関係ない。


 前世も交通事故が原因で死亡したんだったし、気をつけよう。

 私は二人の思いを盛り上げる材料となって死ぬなんて嫌だ。


 ……あ。


 茶髪のドジっ子キャラが通りかかって転んだ。

 奏が助け起こした。


 イベント起きてますねー。


 広美がちょっとおもしろくなさそうな顔してる。

 やはり、ちょっかいかけてる辺り、奏が好きなんだろう。


 親友の幼馴染を。


 まあ、恋愛は自由であって、私がとやかく言う問題ではないんで関係ないんですけど。ないんですけど。


「なんだかんだ、奏の事を見てるんだな」

「え」

「……オレのことも、見てくれないか?」

「……」


 吉崎くん……!

 あの、これ乙女ゲームでしたっけ?

 心臓がバクバクした。

 口もパクパクした。


「これやるよ」


 皿の端にあったさくらんぼの茎をとって、それを私の口に放り込む。

 あの、これ乙女ゲームでしたっけ?(2回目)


「ごちそうさまでした」


 きれいに手を合わせて拝む。

 手が……きれい。


「じゃあ、また教室でな。帰りの約束忘れるなよ」


 私はコクコク頷いた。多分顔赤い。

 い、いけない、しっかりしなければ、チョロインにされてしまう!!


 私は気分を落ち着けるために、またしばらく窓の外を眺めた。

 そんな様子を、奏が複雑そうに見ている事には気が付かなかった。


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