ジリジリジリジリ……。
目覚ましの音が鳴る。
時計を見ると朝の5時半。
前世では爆睡中だったはずの時間。
何故、この身体は起きてしまうのか。
「めんどくさ……」
私は手近にあったクマのヌイグルミを抱き寄せた。
そう、前世と先程申し上げた。
私は前世では普通の女子大生だった。
よくある交通事故で死んで、この世界に生まれ変わったようだ。
思い出したのは数日前。
輪廻転生って、赤ちゃんから始まらないんだ!?って、初めて経験する事に感動していたのだけれど、どうもこの世界、見覚えがある。
間違いない。
前世の弟が死ぬ前くらいにやってたギャルゲーの世界だこれ。
考えたくないが18禁だったはず。
私もそういうゲームが嫌いだった訳じゃないから、弟から借りてプレイした覚えがある。
そして鏡を見たら。
「正ヒロインだこれー!!」
私はうなだれた。
少し赤味の強いピンクの髪。すこしふんわりしたストレートの髪をハーフアップにして、白い リボンを付けている。そして、グリーンの瞳。
確か名前は音鳴花音(おとなりかのん)。
主人公の幼馴染だよ!
音鳴ってまさか、お隣りですか!?
しかも音って漢字が二つも入っている。
画数大丈夫か、とネットで名前占いしたら大吉だった。まじか。
というか……地球人ですよね!?
二次元の色だよ!これは! しかし違和感を感じないのがすごい。転生ってすごーい。
それにしたって、ギャルゲーの幼馴染正ヒロインなんて、報われないポジじゃないですか!
正妻ヅラうざい。不人気。嫉妬深い。どこにでもついて来る。攻略簡単そうに見えて、難易度高い…etc。
これは不遇ですよ! 奥さん!
初プレイ開始時は、一番に出てくるから、可愛い! 俺の嫁! 正妻かわゆす! などと、愛でられるが、物語が進んで他の女どもが出てくると、あっちもいいかも、こっちもいいかも……そして正妻が邪魔になってくる…などと。
最終的にはだいたいツンデレキャラや不思議キャラ、ミステリアスキャラなど癖のある女に全部持っていかれる立場。
いや、いいんですよ。
それこそギャルゲーってもんです。
私だってプレイして、何人か女の子キャラをごちそうさましましたし、こいつ(ヒロイン)いつもシャシャリでてきてうざい、とかは思いました正直。
でも、いまはそのキャラが私なんですけれど!(涙目)
これって私の前世のカルマなんでしょうか?
ギャルゲーはカルマに入りますか?
そして他にも幼馴染ヒロインに転生したことに泣きたい理由がある、それが何かというと……。
部屋がノックされる。
「花音(かのん)、そろそろ起きなくていいの? 奏(かなた)君のお弁当作るなら、そろそろ起きないと」
お母さん。
なんで私が作るんでしょう。
お母さんが作ってくださいよ!
そう、このゲームの正ヒロインは主人公の幼馴染キャラである。
幼馴染ヒロインは、毎朝主人公の弁当作りと、起きられない主人公を――
「もう☆起きなさいよ!」
と起こしに行く仕事がある。
定番ですね。
だが、勘弁してほしい。
どうせそのうち、他のヒロインどもに、あっちフラフラこっちフラフラする男の世話を!
何故! 私がしなくてはならないのか……!
しかもこの正ヒロインは死亡フラグが豊富である。
ルートによって様々な死に方をする。とにかく酷い。
不治の病とか、交通事故とか。その他、不遇エンドは結構色々あった。
他のヒロインと仲良くなったら闇落ちするルートもあったよ、確か!
空鍋の準備しとこうか!(謎)
そして、主人公が他のヒロインとえちえちするには、正ヒロインを同時進行で好感度をあげなければならない。
そんなの放っておけばいい?
いやいや、正妻の好感度を上げてご機嫌とっておかないと、狙った別のヒロインとえちえちなトゥルーエンドにいけないんですよ。
自分がいざ正ヒロインになったら、なんでよ!?って思う。
しかも、この私、花音狙いの場合……他のヒロインとのトゥルーエンドに進むための死亡フラグを全て回避しなくてはならない。
なんてめんどくさいヒロインなんだ……! 私だけど!
「お弁当はもう作らない。起こしにも行かないから、いいの」
「えっ」
私は母にそう断言した。
「奏(かなた)君と喧嘩でもしたの?」
「違う。むしろ今までがおかしかったのよ」
「でも、あなたがお弁当作って起こしに行ってあげないと、奏君は」
それがおかしいっていうの!
何故、幼馴染ってだけでそこまで献身的に尽くさねばならない!?
おかしいでしょう!
幼馴染ヒロインにだって生活はあるのよ!
構ってられないわ。
だいたい、ここはギャルゲーの世界だけど、普通にみんな生活してるじゃない。
みんな、前世を覚えていない人たちなだけで、きっと前はどこかの誰かだったんだよ。
ひょっとしたら、今、前世の私を違う誰かが生きているかもしれない。
なら、私だって普通にこの世界で生を全うしたい。
可愛い女子高生に生まれ変わったことだし、ギャルゲーの世界なら、学校にかっこいいモブ男でもいたら簡単に彼氏とかもできそうじゃない?
主人公――天ヶ瀬奏(あまがせ かなた)には、他のヒロインを選んで頂いて、その死亡フラグだけは回避したい。
むしろ私が他に彼氏を作ったりすれば、ゲームによる死亡フラグは回避できたりしないだろうか。
私はゲームに関係ないモブになりたい。
なぜ選ばれないヒロインが、他のヒロインの為に好感度上げされなくてはならないのか。
他のヒロインに行くなら、放置してもらいたい。
私も前世を思い出したからって奏が嫌いになったわけじゃないし、幼馴染としては大切なのは変わらないけれど。ひょっとしたら、ギャルゲーの世界にそっくりなだけの世界かもれしれないけれど。
こういった知識を得た以上は……離脱を考えないと。
まだ何か言いたそうな母親を放置して、私は学校へ行く支度をし、朝ごはんをちゃんと食べて。
主人公である奏の家に入ることもなく、いわゆる華麗にスルーで登校し……。
「あ、その前に」
私は主人公の家の合鍵を、彼の家のポストに投げ入れた。ガコン。
幼馴染が合鍵を持っているって、なかなかないよね?
主人公の親は長期の海外出張でゲーム中ずっといない。
言葉が下品だが、なんてヤルのに都合の良い。
彼の親達は指揮者とピアニストという、まさにって感じの職業だ。
奏自身もピアノは弾けるし、神童と言われるくらいの才能はあった。
しかし不幸な事故で指を怪我して、以前のようには弾けなくなった、というありがちな設定だ。
ちなみにゲームタイトルは『君のためのカノン』。
一応、泣きゲーらしい。
てか、普通、長期海外出張するなら、子供を連れて行くか、親戚に預けるよね?
…いかん、これはギャルゲーだった。
むしろそうあるべきだ。うん。
だがしかし!
今はまだゲームが始まって間もない初夏。
私はヒロインレースからは降ろさせてもらう!
……そして朝はちゃんと自分で起きてください。
よし、今度こそ登校だ。
主人公(かなた)よ、グッドラック。