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第59話 スライムさんはハマった

鷹人族ハビフトの処遇が決まるまでで、よい。私を、この国イールフォに置いてほしいのだ…… 頼む」


 ガドちゃんは俺とコモレビ姫に向かい、ぎこちなく頭を下げ続けていた。


「頼む…… ここにいる間は、すべて、そなたらに従おう。私に監視をつけてくれてもよい」


「あの…… 自分の一存では……」


 コモレビ姫が、困った顔でうつむく。


「鷹人族は、イールフォ世界樹の森の法律で…… 裁かれる…… とは、思いますが……」


〈いっそ殺せ、やわあ……〉


 ゼファーが身震いした。

 ―― ゼファーが説明してくれたところによると、イールフォには死刑や拘禁刑、労働刑といったものは存在しないそうだ。唯一ある刑は、広大な世界樹の森への追放…… プラス、鳥人の場合は翼を落とされる。

 追放された者は大半が、魔獣に食われるか飢え死にする運命らしい。

 なるほど、ガドちゃんが土下座するわけだ。

 鷹人族ハビフトはもともと、ガドちゃんの部下のようなものだからな。意に添わぬ襲撃を止めるのも、刑を阻止するのも、ガドちゃんにとっては当然のことなのもしれない。

 ガドちゃんは、真剣な表情で訴える。


鷹人族ハビフトは、私の留守中にショービン殿どの ―― 義勇軍のボスからの命令を受け、従わざるを得なかっただけなのだ…… 頼む。エルフを襲ったのは、決して、やつらの本意ではないことを、裁判で証言させてほしい」


「えええ、と…… その…… 「裁判など、必要ありませんわ……」


 振り返ると、ルンルモ姫が起き上がり、こちらを見ていた。


「姉さま……! 起きて、大丈夫ですか……?」


「ええ…… ありがとう、コモレビ…… それより、ガドフリー様……」


 ルンルモ姫は少しよろめきつつ、ガドちゃんのスノードームに近寄ってきた。

 なにをするつもりだろう。


「ガドフリー様…… お久しゅう、ございます」


「う、うむ…… 久しぶりだ、ルンルモ殿どの


 以前にセンレガー公爵襲任の挨拶に来られたことがあるんです、とコモレビ姫が小声で俺たちに説明してくれる。そうだったのか。


「あのときに…… ガドフリー様の熱意に押されて…… ハイエルフ族と鳥人との通商が始まったの、でしたね……」


「うむ、その節は、どうも……」


「ニシアナ帝国の人間優位な政策はおかしい、と…… 人間なのに、珍しい主張をなさっていて…… そのお考え…… いまも、変わらぬように…… お見受け、しますわ」


「当然だ。ニシアナ帝国のような独善は、滅ぶべきである。いや、多様性を失った国は、必ず滅ぶ」


 断固とした口調 ―― そうか。

 だからガドちゃんは、ニシアナ帝国に反抗し、ォロティア義勇軍に身を寄せているのにエルフを滅ぼすことに反対し、今は、鷹人族ハビフトの処刑を止めようとしているんだな……

 いろいろと困ったおっさんだが、ただの頑固者のようにも思えてきた。金や地位のためというよりは…… 人間1st.な思想が、ガドちゃんには、どうしても受け入れ難いのだろう。そのことだけは俺も、わからないわけじゃない。

 ルンルモ姫は、ゆるやかにうなずいた。


「幸い、このルンルモより上の世代は、みな、存じております…… ガドフリー様のお人柄も、鷹人族ハビフトたちの忠誠心も」


「うむ…… かたじけない」


「ですから…… 裁判を経ずとも…… エルフと鷹人族ハビフト、和解の道はございます」


「だが、それでは、言い訳が立つまい?」


「そうかも、しれませんね…… では……」


 ルンルモ姫は、おっとりと微笑む。

 今回はエルフのほうが被害者なのに、とてもそうは見えない。これが、長命種の鷹揚おうようさなのかもな。 


「取引を、いたしましょう、ガドフリー様……」


「う、うむう……」


 ガドちゃんが、困ったようにうなった。


「取引か…… 内容にもよるが…… ひとまずは、エルフ族の寛容さに感謝の意を示したい」


「寛容もまた…… 末永き…… 繁栄への、道かと……」 


「―― して。そちらからの提案は?」


「エルフは…… 鷹人族ハビフトの自由と安全を保証します…… かわりに…… 鷹人族ハビフトには、イールフォの守護と、に関わる、いっさいの事業の差し止めを……」


「うむう…… それは……」


 ガドちゃんは、黙ってしまった。

 即答できなくて当然だ。

 この取引、内容的には、鷹人族ハビフトの無罪放免と引き換えにォロティア義勇軍マフィアを裏切ることを要求しているようなものだからな。

 ォロティア義勇軍からの報復を考えると…… いや、報復だけじゃない。

 おそらくガドちゃんが心配しているのは、もうひとつ……


「よかろう…… いや、だが…… ううむ……」


 数分ののち、深くためいきをつくと、ルンルモ姫に小さな手を差し出す。

 だが、すぐに引っ込めて、またうなった。


「いや…… やはり鷹人族ハビフトの命には、代えられぬ…… しかし……」


「もしかして、ガドちゃんは、に代わる産業がピトロ高地にないことが、気にかかっているのか?」


「ふん、余計な口を、はさむでない。青二才が……」


 俺の問いに、ガドちゃんが顔しかめる。図星だな。

 ―― 以前、ゼファーが言っていた。

 鳥人の住むピトロ高地は、貧しい土地だと。

 そもそも、鳥人たちがを扱うようになったのも、その貧しさゆえ…… おそらく、当時、ォロティア義勇軍と鳥人の仲介役をしたのはガドちゃんだろう。それは、100%善意から出た行動ではなかったのかもしれないが、悪意だけにまみれていたわけでも、ないはずだ。


「わりと本気で、鳥人たちのことを考えては、いたんだな、ガドちゃん」


{ガドちゃん…… じつはけっこう、いい人なのです!}


〈ほんまやわ! 見直したわ、おっちゃん!〉


「ふん、青二才に、小娘どもが……」


 イリスとゼファーにほめられて、ますます仏頂面になったガドちゃんの手に、ルンルモ姫の指が、そっと触れた。


「もし…… ピトロ高地に、新しい産業を育てるのであれば…… このルンルモ、必ず…… 協力させて、いただきます……」


「か…… まことに、かたじけない」


 ガドちゃんは少し、涙ぐんだのだった。


 ―― その後。

 ルンルモ姫がエルフ族の全員を集め、ガドちゃんとの話し合いの内容を説明。

 エルフ全員の承諾を得て、鷹人族ハビフトとの協定があっさりと結ばれたのだった。

 これだけ早く解決できたのは ―― 今回の襲撃で、エルフ側に死者が出なかったおかげだろう。

(見た目には派手な戦闘だったが、鷹人族ハビフトはエルフの急所を外すようには、心がけていたらしい。襲撃命令が鷹人族ハビフトにとっては不本意だったというのは、あながち嘘ではなさそうだ)


 協定により ―― 鷹人族ハビフトは今後、イールフォ世界樹の森をエルフとともに守護することが決まった。

 最初の仕事は、森に異常発生している不仲草ハルバタリ ―― つまりは心核薬ドゥケルノの原料を、すべて刈りとって処分することだ。

 ちなみに不仲草ハルバタリが異常発生した原因は、鳥人たちが行商ついでに空から種をまいたことにあるらしい。なにもわからないまま、指示に従うよう強制されていたのだそうだが…… めちゃくちゃだな。


 また、協定とは別に、もうひとつ合意したこともある ―― 俺たちとエルフ、鳥人は協力して、夢見草ハルオピオの代わりとなる、新しい作物を探すことになったのだ。その件についての会議も後日、開く予定である。

 新しい作物といえば、断然、コーヒーかカカオがいいと俺は思うんだが…… ピトロ高地の気候に合わせた品種が作れないか、こんど、専門家にでも確認してみよう。

 会議までに良い結果が得られるといいな。


「さて、今度こそ、本当に帰るか、イリス。ガドちゃんも」


「ふん…… このたびは、その…… ご苦労だったな、青二才」


{一件落着、ですね!}


 ぷぴゅんっ!

 イリスがスライムの姿になって、俺の腕にとびこんできた。


{帰りも、オーバーチュア超音速機ですね、リンタロー様!}


「「え。帰りも……?」」


 はからずも、俺とガドちゃんの声が重なった。

 オーバーチュア超音速機 ―― 今回の件で西エペルナ学院からエルフの森に飛ぶのに俺たちが使った、前世の最新鋭旅客機だ。

 襲撃の知らせにあわてて、いちばん速く飛べるものを出したんだよな (もちろん、チート能力で)

 行きは急いでいたのと、イリスが張り切って申し出てくれたのとで、以前ヘリでしたのと同じようにシンクロ飛行してもらったんだが……

 約40分の飛行中、俺はイリスの身が心配で、ハラハラしっぱなしだった。

 あれを、帰りもやるのか……?


「あれ、世界樹の蔓ゴンドラより断然、速いんだが?」 


{はい! 気持ちよかったのです!}


「むう…… 己が身を大切にせねばならんぞ、小娘」


{ですから、とっても速くて、楽しかったのですよ! また、ぜったいに、お空、飛ぶのです!}


 ぽっぴゅん!

 俺の腕からとびおりて少女の姿に戻ったイリスからは、グリッターが倍増しで立ちのぼっている……

 俺とガドちゃんは、思わず目を見合わせ首を横に振りつつ、覚悟を決めたのだった。

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