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第57話 協力することになった

〈おおごとや! 鷹人族ハビフトが、世界樹を襲うてるんや!〉


 ゼファーを俺とイリスの顔を見るなり、しゃべり出した。

 鷹人族ハビフトは、センレガー公爵の超人部隊ジェットマンの同族だ。さっき俺たちが捕まえた鳥人も、鷹人族ハビフトだな。

 力強く、身体も大きい種族だ。鷸人シュトランドロイファーのゼファーとの体格差は2倍、ってところか。

 集団で攻めてこられたら、厳しい戦いにしかならなさそうだな、たしかに。


〈コモレビはんや、ルンルモはんが、必死で応戦してはるんやけど、あっちも、こっちも、ばったばったばったばったばった……〉


「落ち着け、ゼファー」


〈落ち着いてますがな!〉


 イリスが {どうぞです} と、ゼファーにコップを渡した。


{世界樹の雫のお茶です。喉が、かわいたですよね?}


〈おおきに、イリスはん〉


 イリスから渡されたお茶を一気に飲みほし、ゼファーは大きく息をつく。


{なかにどうぞ、です。ゼファーさん!}


〈うん。ほな、ちょぴっとお邪魔しますわ〉


 コテージに入るとゼファーは 〈はぁぁあ…… もうあかんわぁ〉 とベッドにダイブした。それ俺のベッドだ。別にいいけど。


「―― で、どういうことだ?」


〈リンタローはんとイリスはんが森を出て、しばらくしたときですわ…… 鷹人族ハビフトが、ほんま、なんの予告もなく、急に……〉


「急に、か」


〈行商人の出禁を解決したいんやったら、まずは話しあわな、でっしゃろ。問答無用で攻撃して、どないせえ、っちゅうねん〉


 ゼファーは、泣きそうな表情で訴える。

 イリスが首をかしげた。


{鳥人の行商人がイールフォ出禁になったせいで、攻撃された、っていうことですか?} 


「それも原因といえば原因だが、おそらくは」


 俺が言いかけたとき。

 アルバーロ教授がひょい、と俺たちの背後から顔をのぞかせた。


「失礼するのじゃ! ガドちゃんが、言いたいことがあるそうじゃが、聞いてくれるかのう?」


「まあ、かまわないが」


 見ればセンレガー公爵は、アルバーロ教授の肩の上で偉そうにふんぞり返っている。

 よく眠ったおかげで、ミニサイズになったショックから回復できたんだろうか。


「ふん。鷹人族ハビフトの目的が通商などとは…… 甘いな、そなたら」


公爵は、鷹人族ハビフトの目的はエルフを滅ぼすことだ、と言いたいんだろ?」


「ふん、青二才が…… だが、まさしく」


〈{そんな!!}〉


 ゼファーとイリスが同時に息をのむ。

 センレガー公爵は、ますます偉そうに胸を張った。そして、ぐらっと後ろに落ちかけた。バランスを崩したんだな。

 ゴホン、と咳払いでごまかしている。


「いいか? そもそも、エルフどもに夢見薬ドゥオピオをバラまいたのは、森の管理を機能不全にするためよ。不仲草ハルバタリを大量発生させ、暴走を起こした魔獣から効率的に心核薬ドゥケルノを製造するのだ」


「まあ、その辺は予測ついていたがな」


「黙れ、青二才 ―― だが、エルフどもは夢見薬ドゥオピオを拒絶した…… ならば、滅ぼしてしまおうと、あの男ならば考える」


「{〈あの男?〉}」


 アルバーロ教授、イリス、ゼファーが声を揃えて首をかしげた。けげんそうな表情だ。

 だが、話の流れから推測できる人物は、ただひとり ――


「あの男…… ォロティア義勇軍のボスだな?」


「さよう」


 センレガー公爵は、ちまっとした両腕を組み、重々しくうなずく。


「あやつこそ、目的のためなら手段を選ばぬ、本物の悪党になれる男よ」


〈やからって、エルフを滅ぼすなんて、あかんやん!〉


「さよう。助けられた恩があるとはいえ、あやつとは、その辺が合わぬのだ…… この世に滅びて良い種族など、あるわけがなかろう」


「その割には、大陸じゅうにをばらまこうとしたよな?」


「人間も魔族も、多すぎる。少しくらい減っても、かまわん!」


〈いやそれ、あんたが決めること、ちゃうやん?〉


 ゼファーが至極当然のツッコミをし、イリスがなんどもうなずく。


{ですです! 許さないんですから! わたしの両親ズや仲間を、漬けにしたのも……!}


「………………」


 長い沈黙のあと、センレガー公爵は 「すまなかった」 と、ぼそぼそ呟き、頭をさげた。


{すまなかったじゃ、すまないんですよ!}


「言い訳は、せぬ。あとでいくらでも、責められてやろう…… だが、先にエルフどもを、どうにかしてやったほうが、よかろう?」


「できるのか?」


 俺がたずねると、センレガー公爵は 「ふん」 と鼻で笑った。


鷹人族ハビフトは、そもそも、私に忠誠を誓っているのだよ」


「…… きみが俺たちに協力したからといって、教授の研究をやめさせたりは、できないぞ?」


「あたりまえじゃ! 逃がさぬぞ、ガドちゃんっ」


「承知している…… 私は、ただ、エルフどもの危機を救いたいだけなのだ…… このとおりだ」


 センレガー公爵は、アルバーロ教授の肩の上で俺たちに向かってひざまずき、頭をさげた。落ちそうになりながらも、かろうじてバランスをとっている。

 嘘をついているようには見えないが…… 真実を言っているという証拠も、もちろん無いわけで。

 ―― 鷹人族ハビフト超人部隊ジェットマンセンレガー公爵に忠誠を誓っているというのは、ソフィア公女からも聞いたことがある。まぎれもない事実だ。

 そして、センレガー公爵がォロティア義勇軍と通じているというのも、また、明らかな事実 ――


 正直なところ、迷う。

 俺が見る限りでは、センレガー公爵は、プライドのめちゃくちゃ高い人物。

 それが仇敵と言ってもいい俺に向かって、頭を下げている…… よほどエルフたちを助けたいのだと見るべきか、よほど俺を騙したいのだと見るべきか。

 両方とも、可能性があるんだよな…… だが、時間はない。

 熟慮したすえ、俺はこう切り出した。


「もし、きみが本気でエルフを助けたいと望んでいるなら…… 俺の作戦に従うか?」


「…… よかろう。そなたとは、一時休戦にしてやろう」


「よし、OK。よろしく頼む」


 俺が差し出した指先に、センレガー公爵は渾身の力でグーパンしてきたのだった。

 痛いふり…… してあげたほうが良かったかな。


∂º°º。∂º°º。∂º°º。

== ルンルモ・エスペーロ (ハイエルフ族元首の長女) 視点 ==


 次々と投げ込まれる火矢が、世界樹の街を、強烈な光と黒煙と熱で満たす。火薬がはじけ、エルフたちの手足がいくつも飛んでいく。声にならない悲鳴が、あたりに満ちる ――


〖"³#……!!〗


〖§³¦º«、°、<、!}¦¹¢……!〗


 生まれて初めて見る信じがたい光景から心を閉ざし、ルンルモは妹のコモレビとともに、必死に世界樹の蔓をふるっていた。

 火を消し、襲ってくる鷹人族ハビフトを絡めとり、吊るす。

 世界樹の蔓は、普通の剣や槍ではてない。

 だが鷹人族ハビフトは、気合でそれを引きちぎる。

 それが、ルンルモにはおそろしい。

 ただでさえ、なけなしの戦意をかきあつめて闘っているような状態だというのに ――


(これはきっと、罰なのでございましょう)


 ハイエルフの長の娘だというのに、の見せる幸福な夢にはまって、易々と自我を手放した。


 ―― エルフの生は数千年。だが、世界樹から離れて生きることは難しく、悠久の時を同じ場所で過ごす。

 ただ、世界樹と森とを守るためだけに。

 年を経たエルフほど、感情の起伏はなくなり、思考は平坦になっていく。

 そうして、淡々と、やり過ごすしか、なくなるのだ。世界樹に支配された年月というものは。

 目には見えない透明な檻のなかに、囚われ続けているようなものだった。

 その檻を、一時でも破ってくれたのが、鳥人の行商人がもたらすだったのだ。

 で見た夢は極彩色で現実よりずっと面白く、そのなかでルンルモは数百年ぶりに声をあげて笑った。

 異世界からきた旅人と川で釣りをした思い出を映した夢は、ワクワクして、同時に懐かしくて、2度とさめたくないと本気で願った。

 もちろん、良い夢ばかりではなかった。

 けれど、おぞましい怪物に追いかけられて逃げまどうような夢にしたって、現実よりはよほど楽しかったのだ。

 そして ―― 幼い妹のコモレビがすべての責任を負い、森の管理を一手に引き受けているのを目の当たりにしながら…… なにも思わず、夢をむさぼっていた。


(罰ならば…… わたくしは、ここから逃げてはいけないのでございます……!)


 たとえ、鷹人族ハビフトの猛攻に、いまにも心が折れそうになっていたとしても。

 ―― 今度こそ、コモレビを…… たったひとりの妹を。決して、孤独にはしない……!


 繰り返し己に言い聞かせ、ルンルモは世界樹の蔓をふるう。

 倒せなくても、鷹人族ハビフトを止めるだけなら、なんとか、できる ――


 ふいに、視界の隅に黒く光るなにかが映ったような気がした。

 そのは、コモレビを狙っている……!

 理解するより先に、身体が動いていた。

 ルンルモが妹を突き飛ばした瞬間。

 背に、すさまじい熱と衝撃があった。

 熱はぱっと散ってルンルモの体内をき、皮膚をつきやぶる ――

 火薬を詰めた矢尻が、身体のなかで爆発したのだ……

 ルンルモは少しだけ、微笑んだ。


(妹を守って死ねるなら…… 千年を無為に過ごすより、よほど良い生き方でございますね…… わたくしには、もったいないほどの……)


「姉さま……!」


 薄れゆく意識のなか、ルンルモは、コモレビの叫びとともに、誰かの 「はい、そこまで」 という声を聞いたように思い……

 しかし、誰なのか、たしかめることはなく。

 エルフの娘の、森を映した湖の色の瞳は、閉ざされたのだった。

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