〈おおごとや!
ゼファーを俺とイリスの顔を見るなり、しゃべり出した。
力強く、身体も大きい種族だ。
集団で攻めてこられたら、厳しい戦いにしかならなさそうだな、たしかに。
〈コモレビはんや、ルンルモはんが、必死で応戦してはるんやけど、あっちも、こっちも、ばったばったばったばったばった……〉
「落ち着け、ゼファー」
〈落ち着いてますがな!〉
イリスが {どうぞです} と、ゼファーにコップを渡した。
{世界樹の雫のお茶です。喉が、かわいたですよね?}
〈おおきに、イリスはん〉
イリスから渡されたお茶を一気に飲みほし、ゼファーは大きく息をつく。
{なかにどうぞ、です。ゼファーさん!}
〈うん。ほな、ちょぴっとお邪魔しますわ〉
コテージに入るとゼファーは 〈はぁぁあ…… もうあかんわぁ〉 とベッドにダイブした。それ俺のベッドだ。別にいいけど。
「―― で、どういうことだ?」
〈リンタローはんとイリスはんが森を出て、しばらくしたときですわ……
「急に、か」
〈行商人の出禁を解決したいんやったら、まずは話しあわな、でっしゃろ。問答無用で攻撃して、どないせえ、っちゅうねん〉
ゼファーは、泣きそうな表情で訴える。
イリスが首をかしげた。
{鳥人の行商人がイールフォ出禁になったせいで、攻撃された、っていうことですか?}
「それも原因といえば原因だが、おそらくは」
俺が言いかけたとき。
アルバーロ教授がひょい、と俺たちの背後から顔をのぞかせた。
「失礼するのじゃ! ガドちゃんが、言いたいことがあるそうじゃが、聞いてくれるかのう?」
「まあ、かまわないが」
見れば
よく眠ったおかげで、ミニサイズになったショックから回復できたんだろうか。
「ふん。
「
「ふん、青二才が…… だが、まさしく」
〈{そんな!!}〉
ゼファーとイリスが同時に息をのむ。
ゴホン、と咳払いでごまかしている。
「いいか? そもそも、エルフどもに
「まあ、その辺は予測ついていたがな」
「黙れ、青二才 ―― だが、エルフどもは
「{〈あの男?〉}」
アルバーロ教授、イリス、ゼファーが声を揃えて首をかしげた。けげんそうな表情だ。
だが、話の流れから推測できる人物は、ただひとり ――
「あの男…… ォロティア義勇軍のボスだな?」
「さよう」
「あやつこそ、目的のためなら手段を選ばぬ、本物の悪党になれる男よ」
〈やからって、エルフを滅ぼすなんて、あかんやん!〉
「さよう。助けられた恩があるとはいえ、あやつとは、その辺が合わぬのだ…… この世に滅びて良い種族など、あるわけがなかろう」
「その割には、大陸じゅうに
「人間も魔族も、多すぎる。少しくらい減っても、かまわん!」
〈いやそれ、あんたが決めること、ちゃうやん?〉
ゼファーが至極当然のツッコミをし、イリスがなんどもうなずく。
{ですです! 許さないんですから! わたしの両親ズや仲間を、
「………………」
長い沈黙のあと、
{すまなかったじゃ、すまないんですよ!}
「言い訳は、せぬ。あとでいくらでも、責められてやろう…… だが、先にエルフどもを、どうにかしてやったほうが、よかろう?」
「できるのか?」
俺がたずねると、
「
「…… きみが俺たちに協力したからといって、教授の研究をやめさせたりは、できないぞ?」
「あたりまえじゃ! 逃がさぬぞ、ガドちゃんっ」
「承知している…… 私は、ただ、エルフどもの危機を救いたいだけなのだ…… このとおりだ」
嘘をついているようには見えないが…… 真実を言っているという証拠も、もちろん無いわけで。
――
そして、
正直なところ、迷う。
俺が見る限りでは、
それが仇敵と言ってもいい俺に向かって、頭を下げている…… よほどエルフたちを助けたいのだと見るべきか、よほど俺を騙したいのだと見るべきか。
両方とも、可能性があるんだよな…… だが、時間はない。
熟慮したすえ、俺はこう切り出した。
「もし、きみが本気でエルフを助けたいと望んでいるなら…… 俺の作戦に従うか?」
「…… よかろう。そなたとは、一時休戦にしてやろう」
「よし、OK。よろしく頼む」
俺が差し出した指先に、
痛いふり…… してあげたほうが良かったかな。
∂º°º。∂º°º。∂º°º。
== ルンルモ・エスペーロ (ハイエルフ族元首の長女) 視点 ==
次々と投げ込まれる火矢が、世界樹の街を、強烈な光と黒煙と熱で満たす。火薬がはじけ、エルフたちの手足がいくつも飛んでいく。声にならない悲鳴が、あたりに満ちる ――
〖"³#……!!〗
〖§³¦º«、°、<、!}¦¹¢……!〗
生まれて初めて見る信じがたい光景から心を閉ざし、ルンルモは妹のコモレビとともに、必死に世界樹の蔓をふるっていた。
火を消し、襲ってくる
世界樹の蔓は、普通の剣や槍では
だが
それが、ルンルモにはおそろしい。
ただでさえ、なけなしの戦意をかきあつめて闘っているような状態だというのに ――
(これはきっと、罰なのでございましょう)
ハイエルフの長の娘だというのに、
―― エルフの生は数千年。だが、世界樹から離れて生きることは難しく、悠久の時を同じ場所で過ごす。
ただ、世界樹と森とを守るためだけに。
年を経たエルフほど、感情の起伏はなくなり、思考は平坦になっていく。
そうして、淡々と、やり過ごすしか、なくなるのだ。世界樹に支配された年月というものは。
目には見えない透明な檻のなかに、囚われ続けているようなものだった。
その檻を、一時でも破ってくれたのが、鳥人の行商人がもたらす
異世界からきた旅人と川で釣りをした思い出を映した夢は、ワクワクして、同時に懐かしくて、2度とさめたくないと本気で願った。
もちろん、良い夢ばかりではなかった。
けれど、おぞましい怪物に追いかけられて逃げまどうような夢にしたって、現実よりはよほど楽しかったのだ。
そして ―― 幼い妹のコモレビがすべての責任を負い、森の管理を一手に引き受けているのを目の当たりにしながら…… なにも思わず、夢をむさぼっていた。
(罰ならば…… わたくしは、ここから逃げてはいけないのでございます……!)
たとえ、
―― 今度こそ、コモレビを…… たったひとりの妹を。決して、孤独にはしない……!
繰り返し己に言い聞かせ、ルンルモは世界樹の蔓をふるう。
倒せなくても、
ふいに、視界の隅に黒く光るなにかが映ったような気がした。
その
理解するより先に、身体が動いていた。
ルンルモが妹を突き飛ばした瞬間。
背に、すさまじい熱と衝撃があった。
熱はぱっと散ってルンルモの体内を
火薬を詰めた矢尻が、身体のなかで爆発したのだ……
ルンルモは少しだけ、微笑んだ。
(妹を守って死ねるなら…… 千年を無為に過ごすより、よほど良い生き方でございますね…… わたくしには、もったいないほどの……)
「姉さま……!」
薄れゆく意識のなか、ルンルモは、
しかし、誰なのか、たしかめることはなく。
エルフの娘の、森を映した湖の色の瞳は、閉ざされたのだった。