「よし、さっそく、研究棟を建て直すか…… アルバーロ教授。ここの設計図、あるか?」
「待っておれ…… たぶん、この辺じゃ!」
アルバーロ教授が大ざっぱに指さしたあたりを、みんなで手分けして探す ―― ほどなく、設計図が見つかった。
「よし、じゃあ…… 《錬成陣》」
俺は、ひとつひとつの要素を唱えながら、壊れた建物を中心に錬成陣を展開した。敷地いっぱいに六大魔族の紋章が広がっていく ――
「ほう…… これで建て直せるとは、のう」
アルバーロ教授の目は、錬成陣の上を何度も行ったりきたりしている。さわりたくて仕方ないのを、がまんしてるみたいだ。
「錬金術とは、便利なものじゃな」
「まあ、そうだな…… 間取りのリクエスト、あるか?」
「ううむ。ガドちゃんを飼う、新しい部屋が欲しいのう。普通の飼育室より広めで、知的活動や運動をする場所もほしいのじゃ! いろいろ、研究せねばならんからのう。もちろん、窓はナシじゃ! 脱走できぬようにな」
「わかった…… これまでの部屋を
「なぬ? 3階ができるのかの!? なら図書室をもう1つ。それに、仮眠室と娯楽室を……」
俺は研究棟の設計図に、教授の希望を書きこんでいく。せっかくだから、なるべく居心地のいい建物にしてあげたいものだ。
ここまで大がかりなものを錬金術で造るのは初めてだが…… まあ、なんとかなるだろ。
(ちなみに 『ガドちゃん』 は、
よし、図面が書けた…… もう一度よく確認して、構図と配置を頭のなかに叩きこむ。
始めよう。
「《建築物》 ―― 研究棟、錬成開始 《超速 ―― あ…… ダメだ」
《超速の時計》 は今日すでに、使用制限いっぱいだ…… 研究棟の錬成はもう始まってるが、できあがるまでに時間がかかってしまう。
「すまん教授、明日にならないと錬成の加速ができないんだ。今夜は、キャンプでいいか?」
「なぬ!? リンタロー、お主、面白い男じゃのう!」
「…… 意味わからん」
俺はアイテムボックスから携帯用コテージと簡易キッチンを取り出した。
{キャンプ! ひさしぶり、なのです!}
イリスから無数のグリッターが舞う…… そういえば、ここ数ヶ月ずっと、料理とかしてなかったな。
「よし、イリス。久々に、一緒に料理するか」
{わあい! では、ちょっと着替えるのです!}
ぽっぴゅん!
イリスが張り切ってビキニエプロン姿に変身した、ちょうどそのとき。
〈この網、ほどけやぁ! わいを、どうする気じゃ、おんどれぇ!〉
威勢のいいどなり声が響いた。
気絶していた鳥人が、目を覚ましたのだ…… 網はほどくわけないが、
「あーあ…… せっかく、料理しようと思ってたのにな」
{あっ、良かったら、先に、あちらでいいですよ! わたし、お味噌を作るので!}
ぽっぴゅん!
イリスが錬成釜の姿になった。アルバーロ教授が
「ほお! スライムとは、ここまでするのかの!?」
「ああ、まあな」
イリスだけだと言うのは、やめとこう。バレたら、 『研究させるのじゃ!』 とねだられそうな気しかしない。
イリスが、ぷるっと震えた。
{あのあの、リンタローさま! しっかり奥のほうに入れて、かきまわしてください、なのです}
「材料だな、OK」
そういえば、イリスが育てていた麹も、アイテムボックスに入れていたんだったな。
俺は味噌の材料 ―― 大豆、麹、塩を出してイリス 《錬金釜の姿》 の底のほうに用心深く入れ、かきまぜる。錬成はイリスがしてくれるんだが、しっかりまぜたほうが、味に深みが出るんだよな。
{では 『天地返しでじっくり育てた名人の味噌』 の錬成を開始します…… 錬成度0%……}
「ああ教授、これ、1時間ほどかかるぞ」
「なんと!? なら
「ガドちゃん…… 置いていったら、どうだ?」
「心配ないのじゃ! このまま、だっこしていくからの…… ほれ、もう眠っておるじゃろ?
「
結局アルバーロ教授は、ガドちゃんを抱っこしたまま出かけてしまった。外見だけなら完全に、変わった人形がお気に入りの変わったお嬢ちゃんだ。
まあ、それはさておき。教授がそのつもりなら、こっちも、のんびり行くか……
「じゃ、鳥人くん。ちょっと、つきあってもらおうか ―― 《縮小化》」
〈ぅおおおお!? おんどりゃ、なにさらしてけつかんねん! いてこましたるぞ、われぇ!〉
「心配するな。少し、質問に答えてもらいたいだけだ…… 済んだら、元のサイズに戻してやるから」
〈えぐいやっちゃの、われぇ! 血も涙も、あらへんやないか!〉
ちょうちょサイズにしてみると、さしもの
「まずは、確認だが…… ここの機材を壊したのは、ガドちゃ、じゃなくて、
〈おんどりゃ、なめんとんのか!? なんで、わいが
「質問に答えなければ、一生そのままだな。アイテムボックスでの移動は楽しい…… かな?」
〈くっそボケェェェエ!〉
―― といったやりとりを延々と経て、1時間後。
俺とイリスはそれぞれ、聞き取り調査と味噌の錬成を終えて、料理に取りかかっていた。
鳥人は約束どおり、網から出して元のサイズに戻し、自動給餌機能付きの鳥かごに入れている。
{お味噌汁はコカトリスの
「ん? ごはんなら、すぐ出せるが?」
{とんでもないのです! レトルトとかいうのと、かまどでは、味が、全然違うのです!}
「そっか、了解…… 《神生の大渦》!」
味噌の錬成を終えたイリスは、ビキニエプロンの姿に戻り、料理を始めている。かなりな張り切りようだ。
俺も、イリスの隣で鍋の火加減をみる。今夜のメニューはコカトリスの肉と数種のマンドラゴラ、それにチート能力で出したコンニャクを使った、筑前煮だ。
そこへ、アルバーロ教授が戻ってきた。
左手に、ぐっすり眠っているガドちゃん。右手に抱えた買い物袋を抱えている。
「リンタロー! イリス! ただいまなのじゃ!」
「おかえり、教授」 {おかえりなさいです!}
「バハムートの切身が、安かったのじゃ! 蒲焼きを作って
「蒲焼き……? よく知ってるな」
「100年ほど前に、ここを訪れた異世界人が、教えてくれたのじゃ! リンタロー、お主、ショーユとミリンは出せるかの!?」
「《神生の大渦》…… はい、醤油と
「ほおおお…… やはり、いつか、お
俺たちは料理しながら、
――
ただ、その辺のことは、
{んー?} と、イリスが首をひねる。
{でも、いくら隠しても……
「それな」
「それが、そうでもないのじゃろうて…… ほれ、
「あ、そうか」
「
「なるほど…… だから、魔獣の
「そうじゃのお」
ォロティア義勇軍のなかにも、頭のまわるやつがいたもんだ。別に誉めるわけじゃないが……
先手をとられている感があるのが、もどかしい。
次にやつらが、どう動くか ―― もし、効率的に
「エルフが、いまよりももっと、危ないかもな」
{コモレビさんたちがですか、リンタローさま!?}
「落ち着くのじゃ、イリスよ。腹が減っても疲れても、戦はできぬ。まずは、食べるのじゃ!
…… ほい、できたぞ」
アルバーロ教授がバハムートの蒲焼きを皿に盛った。
とろりとした飴色と、こうばしいにおい。美味そうだな。
それに、つみれ汁と筑前煮と炊きたてのごはん。だしのかおりの湯気が立ちのぼり、白いごはんは粒がひとつひとつ立って、つやつやと優しく光っている。
「尊い……」 {はい! いただきますのです!} 「100年ぶりの味じゃのう……!」
俺たちはお互いに料理をほめあい、しばし食事を楽しむ。解決していないことが山積みだが、こういう時こそ切り替えが大切なのだ。
ちなみにバハムートの蒲焼きは、ウナギとハモの中間みたいな味だった。
食後のデザートは、チート能力で出したハーゲン○ッツ。イリスのは相変わらずデスソースがけで、試食したアルバーロ教授が、あまりのからさに涙目で絶叫した。
こうして ――
「うまかったのじゃ! ゴチソーサマ!」 「ごちそうさま、うまかった」 {ゴチソーサマなのです!}
和やかなひとときを過ごし片付けも終えたころには、もう真夜中も近くなっていた。
「さて、あとは、寝るだけだな」
{はい…… じゃあ、着替えるのです}
ぽっぴゅん
イリスがやや透け感のあるネグリジェ姿に変身したとき。
ふいに、コテージの扉が、激しく叩かれた。
〈リンタローはん! イリスはん! あけて! 大変なんや……!〉
鳥人の少女、ゼファーの声。
息が切れているのは、イールフォの森から飛んできたからだ……
まさか。
ォロティア義勇軍がもう、動き出したのか……?