目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第56話 バハムートを料理した

「よし、さっそく、研究棟を建て直すか…… アルバーロ教授。ここの設計図、あるか?」


「待っておれ…… たぶん、この辺じゃ!」


 アルバーロ教授が大ざっぱに指さしたあたりを、みんなで手分けして探す ―― ほどなく、設計図が見つかった。


「よし、じゃあ…… 《錬成陣》」


 俺は、ひとつひとつの要素を唱えながら、壊れた建物を中心に錬成陣を展開した。敷地いっぱいに六大魔族の紋章が広がっていく ――


「ほう…… これで建て直せるとは、のう」


 アルバーロ教授の目は、錬成陣の上を何度も行ったりきたりしている。さわりたくて仕方ないのを、がまんしてるみたいだ。


「錬金術とは、便利なものじゃな」


「まあ、そうだな…… 間取りのリクエスト、あるか?」


「ううむ。ガドちゃんを飼う、新しい部屋が欲しいのう。普通の飼育室より広めで、知的活動や運動をする場所もほしいのじゃ! いろいろ、研究せねばならんからのう。もちろん、窓はナシじゃ! 脱走できぬようにな」


「わかった…… これまでの部屋をせばめる訳にもいかないな。3階も作るか?」


「なぬ? 3階ができるのかの!? なら図書室をもう1つ。それに、仮眠室と娯楽室を……」


 俺は研究棟の設計図に、教授の希望を書きこんでいく。せっかくだから、なるべく居心地のいい建物にしてあげたいものだ。

 ここまで大がかりなものを錬金術で造るのは初めてだが…… まあ、なんとかなるだろ。

(ちなみに 『ガドちゃん』 は、センレガー公爵に教授がつけたニックネームだ)

 よし、図面が書けた…… もう一度よく確認して、構図と配置を頭のなかに叩きこむ。

 始めよう。


「《建築物》 ―― 研究棟、錬成開始 《超速 ―― あ…… ダメだ」


 《超速の時計》 は今日すでに、使用制限いっぱいだ…… 研究棟の錬成はもう始まってるが、できあがるまでに時間がかかってしまう。


「すまん教授、明日にならないと錬成の加速ができないんだ。今夜は、キャンプでいいか?」


「なぬ!? リンタロー、お主、面白い男じゃのう!」


「…… 意味わからん」


 俺はアイテムボックスから携帯用コテージと簡易キッチンを取り出した。


{キャンプ! ひさしぶり、なのです!}


 イリスから無数のグリッターが舞う…… そういえば、ここ数ヶ月ずっと、料理とかしてなかったな。


「よし、イリス。久々に、一緒に料理するか」


{わあい! では、ちょっと着替えるのです!}


 ぽっぴゅん!

 イリスが張り切ってビキニエプロン姿に変身した、ちょうどそのとき。


〈この網、ほどけやぁ! わいを、どうする気じゃ、おんどれぇ!〉


 威勢のいいどなり声が響いた。

 気絶していた鳥人が、目を覚ましたのだ…… 網はほどくわけないが、のことは、あれこれ聞いておかなきゃな。


「あーあ…… せっかく、料理しようと思ってたのにな」


{あっ、良かったら、先に、あちらでいいですよ! わたし、お味噌を作るので!}


 ぽっぴゅん!

 イリスが錬成釜の姿になった。アルバーロ教授がセンレガー公爵 ―― 爆睡しているガドちゃんを抱っこしたまま、山猫みたいな目を丸くする。


「ほお! スライムとは、ここまでするのかの!?」


「ああ、まあな」


 イリスだけだと言うのは、やめとこう。バレたら、 『研究させるのじゃ!』 とねだられそうな気しかしない。

 イリスが、ぷるっと震えた。


{あのあの、リンタローさま! しっかり奥のほうに入れて、かきまわしてください、なのです}


「材料だな、OK」


 そういえば、イリスが育てていた麹も、アイテムボックスに入れていたんだったな。

 俺は味噌の材料 ―― 大豆、麹、塩を出してイリス 《錬金釜の姿》 の底のほうに用心深く入れ、かきまぜる。錬成はイリスがしてくれるんだが、しっかりまぜたほうが、味に深みが出るんだよな。


{では 『天地返しでじっくり育てた名人の味噌』 の錬成を開始します…… 錬成度0%……}


「ああ教授、これ、1時間ほどかかるぞ」


「なんと!? ならそれがし、ガドちゃんとお散歩に行くのじゃ! 新鮮な魚でも、買ってくるかのう」


「ガドちゃん…… 置いていったら、どうだ?」


「心配ないのじゃ! このまま、だっこしていくからの…… ほれ、もう眠っておるじゃろ? いのお」


でられるの、サイズだけだろ」


 結局アルバーロ教授は、ガドちゃんを抱っこしたまま出かけてしまった。外見だけなら完全に、変わった人形がお気に入りの変わったお嬢ちゃんだ。

 まあ、それはさておき。教授がそのつもりなら、こっちも、のんびり行くか……


「じゃ、鳥人くん。ちょっと、つきあってもらおうか ―― 《縮小化》」


〈ぅおおおお!? おんどりゃ、なにさらしてけつかんねん! いてこましたるぞ、われぇ!〉


「心配するな。少し、質問に答えてもらいたいだけだ…… 済んだら、元のサイズに戻してやるから」


〈えぐいやっちゃの、われぇ! 血も涙も、あらへんやないか!〉


 ちょうちょサイズにしてみると、さしもの超人部隊ジェットマンも、かわいらしい。サイズって、重要だな。


「まずは、確認だが…… ここの機材を壊したのは、ガドちゃ、じゃなくて、センレガー公爵の命令だな?」


〈おんどりゃ、なめんとんのか!? なんで、わいが自白ゲロらな、あかんねん〉


「質問に答えなければ、一生そのままだな。アイテムボックスでの移動は楽しい…… かな?」


〈くっそボケェェェエ!〉


 ―― といったやりとりを延々と経て、1時間後。

 俺とイリスはそれぞれ、聞き取り調査と味噌の錬成を終えて、料理に取りかかっていた。

 鳥人は約束どおり、網から出して元のサイズに戻し、自動給餌機能付きの鳥かごに入れている。


{お味噌汁はコカトリスのにするのです! それからリンタローさま、と白米、お願いするのです}


「ん? ごはんなら、すぐ出せるが?」


{とんでもないのです! レトルトとかいうのと、かまどでは、味が、全然違うのです!}


「そっか、了解…… 《神生の大渦》!」


 味噌の錬成を終えたイリスは、ビキニエプロンの姿に戻り、料理を始めている。かなりな張り切りようだ。

 俺も、イリスの隣で鍋の火加減をみる。今夜のメニューはコカトリスの肉と数種のマンドラゴラ、それにチート能力で出したコンニャクを使った、筑前煮だ。

 そこへ、アルバーロ教授が戻ってきた。

 左手に、ぐっすり眠っているガドちゃん。右手に抱えた買い物袋を抱えている。


「リンタロー! イリス! ただいまなのじゃ!」


「おかえり、教授」 {おかえりなさいです!}


「バハムートの切身が、安かったのじゃ! 蒲焼きを作ってしんぜようぞ」


「蒲焼き……? よく知ってるな」


「100年ほど前に、ここを訪れた異世界人が、教えてくれたのじゃ! リンタロー、お主、ショーユとミリンは出せるかの!?」


「《神生の大渦》…… はい、醤油と味醂みりん


「ほおおお…… やはり、いつか、おぬしを研究させて 「ところで、アルバーロ教授。さっき心核薬ドゥケルノ不仲草ハルバタルの大量発生の件を、そこの鳥人から聞いてみたんだが……」


 俺たちは料理しながら、をめぐる一連のできごとについて話し合った。

 ―― の製法や原料など、だいたいのことは分析結果から予想したとおりで、目新しいものは、ほぼない。

 ただ、その辺のことは、ォロティア義勇軍マフィアにとっては企業秘密であるらしく…… 情報漏れを防ぐため、超人部隊ジェットマンの鳥人やセンレガー公爵が現れたのだ。


{んー?} と、イリスが首をひねる。


{でも、いくら隠しても…… 魔獣大暴走スタンピードが何度も起きるのに、誰も怪しまないなんて、ないですよね?}


「それな」


「それが、そうでもないのじゃろうて…… ほれ、魔獣大暴走スタンピードの主な原因は、今日まで、火山活動と思われておったじゃろ」


「あ、そうか」


それがしあたりが公式に発表せぬ限り…… 一般の認識は、まだ、そっちじゃな」


「なるほど…… だから、魔獣の心核石コロケルノ狩りが失敗した時点で、こっちに手を回したわけか。分析装置を壊すだけじゃなく、教授の口をふさぐのも目的だったんだな」


「そうじゃのお」


 ォロティア義勇軍のなかにも、頭のまわるやつがいたもんだ。別に誉めるわけじゃないが……

 先手をとられている感があるのが、もどかしい。

 次にやつらが、どう動くか ―― もし、効率的にを生産し続けつつ、その製法は隠したいとしたら……


「エルフが、いまよりももっと、危ないかもな」


{コモレビさんたちがですか、リンタローさま!?}


「落ち着くのじゃ、イリスよ。腹が減っても疲れても、戦はできぬ。まずは、食べるのじゃ!

 …… ほい、できたぞ」


 アルバーロ教授がバハムートの蒲焼きを皿に盛った。

 とろりとした飴色と、こうばしいにおい。美味そうだな。

 それに、つみれ汁と筑前煮と炊きたてのごはん。だしのかおりの湯気が立ちのぼり、白いごはんは粒がひとつひとつ立って、つやつやと優しく光っている。

「尊い……」 {はい! いただきますのです!} 「100年ぶりの味じゃのう……!」


 俺たちはお互いに料理をほめあい、しばし食事を楽しむ。解決していないことが山積みだが、こういう時こそ切り替えが大切なのだ。

 ちなみにバハムートの蒲焼きは、ウナギとハモの中間みたいな味だった。

 食後のデザートは、チート能力で出したハーゲン○ッツ。イリスのは相変わらずデスソースがけで、試食したアルバーロ教授が、あまりのからさに涙目で絶叫した。

 こうして ――


「うまかったのじゃ! ゴチソーサマ!」 「ごちそうさま、うまかった」 {ゴチソーサマなのです!}


 和やかなひとときを過ごし片付けも終えたころには、もう真夜中も近くなっていた。


「さて、あとは、寝るだけだな」


{はい…… じゃあ、着替えるのです}


 ぽっぴゅん

 イリスがやや透け感のあるネグリジェ姿に変身したとき。

 ふいに、コテージの扉が、激しく叩かれた。


〈リンタローはん! イリスはん! あけて! 大変なんや……!〉


 鳥人の少女、ゼファーの声。

 息が切れているのは、イールフォの森から飛んできたからだ……

 まさか。

 ォロティア義勇軍がもう、動き出したのか……?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?