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第55話 教授は研究対象を手に入れた

 どおおおっ……

 強い風に、また。

 センレガー公爵の指が、砂のように崩れ、散っていく…… そんな、まさか。

 イリスが悲鳴をあげた。


{もしかして、わたしが攻撃したせいですか!?}


「いや、そんな理不尽な。人間だよな、センレガー公爵?」


「ふ、ん……」


 鼻でわらういつもの癖すら、やっと…… 筋力が、急速に弱ってるんだ。

 もしや、この事態 ―― 理不尽すぎて認めたくないが、短期間に何度も [神聖なる筋肉ホーリー・マッスル] の技を使った反動だったりするのかな?


「人間、など、とうの昔、に……」


 少しの風でも、さらさらと崩れていく。手も足も、指がもう、すべて消えている……


「そなたらに、言って、おく、ことが……」


「いいから黙っとけ 《錬成陣 「やめよ……」


 このまま放っておくわけにもいかないし、人体修復用の錬成陣でも作ってみよう…… と、手をかざしかけた俺を、センレガー公爵が止める ―― 止めようと、あげた腕が…… ひじ関節のあたりから崩れ、ぼとっと落ち、砕け散った。


「ふ…… どうせ、助からぬ、わ…… それより…… 聞け」


「…… なんだ」


「義勇、軍は、けっして…… 悪では、な…… 知り、ければ、ドゥート…… 女帝に」


「ドゥート皇国の女帝?」


「さ、よう……」


 風がまた、センレガー公爵の身体を、削っていく…… やはり、なにもせず見過ごすわけには、いかない。


「《錬成 「やめ…… し、つこ…… い」


「助かりたくないのか!?」


「ふ…… だか、ら、そな、たは…… 青二さ……」


 もういい。俺が、こいつの意向を尊重する義理なんて全然ないよな。

 嫌がるなら、さっきスキルを作ったときと同じだ。錬成陣も、無詠唱で作ってやる ―― 中心にバフォメット解析と統合ルキア……


「お父様!」


 しまった、集中が途切れた。

 ソフィア公女が、ふらつきながらも、こっちに近づいてくる。


「ソフィア、来る、な……」


「なに勝手なことを、おっしゃってますの!?」


「そなたに、このよ、うな、情けな…… 「それなら! まず! その前に! 神聖魔法など、使われなければ……」


「ふ…… ソフィア……」


 センレガー公爵の手足は、もうすっかり、なくなっている……


「ソフィア…… 花嫁姿…… 見ずに、すみ…… まこと、僥倖さいわい……」


 言い終わる前に、あごとほおが風に流されて消えていった。まずい。

 このままでは、脳ミソや心臓までやられるかも ―― それだけは、守らねば……!

 センレガー公爵は、本当にクソなおっさんだが、それでもソフィア公女の父親だ。

 こんな形で別れてしまえば、ソフィア公女が傷つくだろう。


「ソフィア公女、悪い、どいてくれ…… 《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》 スノードーム、錬成開始、 《超速 ―― 1000倍》」


 俺はとりあえず、スノードームで砂化しかけているセンレガー公爵を保護した。

 センレガー公爵の肉体はもう、半分以上、崩れている。だが見方を変えれば、この状態でまだ生きてること自体が理不尽だ。

 なら俺は、その理不尽さに、賭ける ――


「《錬成陣》!」


 生命の錬成に関わる要素は、理論上は、地火風水の4元素にバフォメット統合と解析ルキアを加えたものだとされている。

 実際、イリスの心核ケルノを再生したときは、その理論を基礎とした。

 だが、魔族と違い、人間…… いや、細胞が集まってできた生物は、みんな、生まれながらにして死を内包している。細胞には死のプログラムが刻まれており、俺たちのなかではいつも、無数の細胞が死んでいっている…… 俺たちを、生かすために。

 とすると。

 人体の再生に必要な錬成陣には、組み込まれなくてはいけないのだ。 『死』 すなわち、ロフォカレルが……


「―― 第12縁、ルキア、第13縁、ロフォカレル ―― できた」


 ふう。相変わらず、生命関連の錬成は疲れるな…… さっそく、錬成を始めよう。

 材料には、 センレガー公爵の本体のほか、とりあえず使えそうな世界樹の繊維と世界樹の雫、ハイポーションを添えて、と。


センレガー公爵、錬成開始! 《時間経過 ―― 5年》」


 正直なところ俺も、これでセンレガー公爵が完全に元通りになるとは、考えていない。この世界での人体の錬成研究の成果はまだ、皮膚どまりなのだ。

 しかし、ソフィア公女に、せめて、もう少しだけでも。父親としっかり言葉を交わす時間をあげたい。

 身内に突然、逝かれるのは、つらいから…… ま、俺のエゴでしかないことは。わかっては、いるんだがな。


 さて、錬成の成果は ――


{うわあ! センレガー公爵さま、とっても、かわいくなったのです!}


 ―― イリスが、喜んでコメントしたとおり、になった。

 ソフィア公女のほうは、といえば…… 目をまん丸にして、まじまじとセンレガー公爵を見つめている。


「まあ、お父様…… 「すまん、ソフィア公女…… まさか、こうなるとは……」


「いえ…… むしろ、感謝してますわ、リンタロー。お父様の生命いのちを救ってくださって、ありがとう…… ぷふふふっ」


 耐えきれなくなったように、ソフィア公女が吹き出した。


「こら、ソフィア! 親を笑うとは、なにごとかっ」 と、センレガー公爵がこぶしを突き上げて怒る。


「錬金術師! そなた、よけいなことを、しおったな! この青二才が!」


 ―― そう。

 錬成が終わってみると センレガー公爵は、元気いっぱいの…… リリパッドに、なっていた。全長30cmくらい。ガチムチ筋肉体型の、おっさんこびとだ。

 これからは、神聖魔法を使わなくても、その筋肉で闘えるな。けどこれに、-196℃噴射しても大丈夫だろうか。


【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが37になりました。MPが+1160、技術が+1017されました。特典能力 《神生の大渦》 の使用回数が20になりました。MPが全回復しました! アイテムボックスがlv.7になりました。鍛冶スキルがlv.4になりました。《超速の時計》 時間経過のクールダウン期間が2日に短縮されました!】


 おっ…… 鍛冶スキルがlv.4か。これでやっと、S級品質以上のつかえる武器が作れるようになったな。


「リンタロー! おぬし!」


 アルバーロ教授、戻ってきたのか。

 背後に武装した若者たちが整列している。この学院の自警団、ってところだろう。


それがしがせっかく、応援を連れてきたというのに! 何をしておるんじゃ!」


「ああ、と…… 人命救助……?」


「なにが救助じゃ……! 新種のなにかを作り出しおって……!」


「新種? このリリパッドが?」


「あたりまえじゃ! こびとなど、物語のなかだけの存在じゃったのじゃぞ!」


「ああ、ほんとだ」


 言われてみれば、たしかに。

 俺たちのやりとりに、センレガー公爵が 「青二才、きさま……!」 と改めてキレてるが…… いや、俺だって一応、人間を想定して錬成したはずなんだよな。


「のお! このこびと、研究させてくりゃ! 頼むのじゃ!」


「ああ、それなら、ソフィア公女に 「よろしくてよ、アルバーロ先生」


 まさかの即答だった。

 センレガー公爵が、めちゃくちゃショックを受けている。


「ソフィア…… なぜだ……!」


「なぜ、と問いとうございますのは、お父様の所業のほうでしてよ?」


 ソフィア公女が冷たい表情でまくしたてたところによると。

 ―― センレガー公爵が大陸の貴族王族たちにバラまいた怪しいのおかげで、センレガー公爵領にはいま、政務に支障が出るほど問い合わせやや越境侵略が多発しているらしい。

 ソフィア公女も婚約者のカイル王子も、対応に追われて結婚どころではなくなっているのだとか……


「ふっ…… 計画どおりだな。ニシアナ帝国も他国もにより弱体化。わがセンレガー領が覇権を握り、新たな平和と秩序を築くのだ……!」


「そのまえに、センレガー領が、つぶれてしまいましてよ!」


「ふん…… この程度の難局も越えられぬ軟弱男などと、結婚せずに済んで良かったではないか!」


 小さくなったから脳みその使用面積も減って抑制ができなくなったのか…… 本音ダダもれだな、お父さん。


「もう一生、結婚などしなくていいぞ! ニシアナ帝国の三男など、追い出してしまうがいい! よその男のものになるなど、許さんからな、ソフィア!」


「…………」


「なっ、なにをする! 放せ、ソフィア、放せ!」


 ソフィア公女が死んだ目で、センレガー公爵を抱き上げた。

 ぽすん、とアルバーロ教授の腕に引渡す。


「はい、先生。父を、よろしくお願いしますわね…… 切り刻む以外なら、何をしても、よろしくてよ!」


「うーむ。ちょこっと切りとるくらいなら、良いかのう?」


「お任せしますわ」


「うむ! 任せるのじゃ! 実験結果を楽しみにしておれ」


「ソフィア! 実の父に、なんということをするのだ!」


 もはやソフィア公女は、返事すらしない。

 アルバーロ教授と俺たちに向かって優雅な礼をしたあと 「クウクウちゃん!」 と呼んだ。


 クゥゥゥ……


 ソフィア公女の翼竜は、旋回しながら、折れた柱のうえに降り立つ ―― そうだ、この研究所も建て直さなきゃな。

 ソフィア公女はクウクウちゃんに乗ると、再び俺たちに礼をとった。


「では、みなさま。わたくし、まだ、各国にお詫びと注意喚起にまわっている途中ですの…… また会いましょう!」


「おお! また会おうぞ、優等生!」


「道中、気をつけろよ」


{ソフィアさん、応援しているのです!}


「ソフィアーーーー! 父は、許さんぞ!」


 俺たちは、どこか懐かしい色に染まった夕焼けの空に向かい、ソフィア公女とクウクウちゃんの姿が見えなくなるまで手を振った。

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