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第54話 AIは空気を読んでいた

{リンタロー様を、放すのです!}


 ぷっぴゅん!

 スライム化したイリスが、センレガー公爵の顔へ飛ぶ。


「ふんっ」


{あっ……}


 勢いよく振り払うセンレガー公爵。

 イリス 《スライムの姿》 は、ぽにゅんと床に落っこちた。


{もう! 許さないのです!}


 イリス 《スライムの姿》の攻撃、再び。

 だが、またしても、あっさり振り払われてしまう。


「義によって助太刀いたすのじゃ!」


 アルバーロ教授が、センレガー公爵の足にしがみつく…… と、こっちは敵にカウントすらされていない。まあ、見た目が子どもだからな。

 ぽかぽか殴られているのをまったく気にせず、センレガー公爵は俺と鳥人を両手にぶらさげたまま、悠々とした足取りでソフィア公女に近づく。


「お父さま…… リンタローを放してくださいませ!」


「…………」


 沈黙で応じる、センレガー公爵。

 俺の襟首えりくびをつかんだ手が緩む気配は、まったくない ――

 いま俺は、襟元えりもとに手をつっこんで隙間をあけ、かろうじて首がまらないようにしているわけだが。

 いつまで、もつか……

 声さえ出せたら、自分の服を 《分解》 して脱出できるんだが…… ん? まてよ。

 たしか、魔族は呪文を唱えなくても魔法を発動できる。日常的に生活魔法を使っていることによる慣れと、豊富な魔力のなせる技だ。

 俺も錬成陣なら、同じようにイメージだけで描けたりしないかな……?

 よし、やってみよう。

 俺は上着に意識を集中させる。声には出さないが、やりかたはいつもと同じだ。

 ―― 《分解》!

 魔力が上着に向かい、錬成陣が浮かび上がる……  布が、しゅるしゅるほどけていく。


「な…… なにごとだ!?」


 センレガー公爵が驚いたように声をあげ、同時に、俺は床に落ちた。

 床に両手をついて衝撃をやわらげ、大きく息をする。

 ―― 助かった…… 成功だ……


「うがぁぁあああああああっ……!」 


 とつぜん、センレガー公爵が、咆哮ほうこうした。

 人間とは思えない吠え声とともに、その筋肉がさらに膨れあがる……!

 がっ……

 センレガー公爵のこぶしが、ソフィア公女をふっとばした。

 壁に頭を打ち、ソフィア公女が声もなく崩れる。続いて、第2撃……


{させないのです!}


 イリス 《スライムの姿》 がかろうじて、ソフィア公女を守った。

 そのまま、イリス 《スライムの姿》 は細長く変化し、ロープのようにセンレガー公爵の手に巻きついていく。

 これではセンレガー公爵も、振り払えない。


{どうして、そんなことをするのですか? ソフィアさんは、あなたのお嬢さんなのですよ?}


「ふん…… 心核薬ドゥケルノの秘密を知った者は、生かしてはおけぬ…… それだけだ」


{――――――っっっ!}


 イリスが声にならない悲鳴をあげ、センレガー公爵の手から、はじけとぶ。

 見る限りでは、少し力をこめただけ…… なんてよく膨らむ筋肉なんだ……!


「覚悟せよ!」


 どぉぉぉぉおおおんっ!

 センレガー公爵が、床に拳を叩きつけた。

 大理石の床が、あとかたもなく消え、柱が折れ、天井が、落ちてくる……!

 俺はとっさに 《超速の時計》 を取り出した。


「《時間停止》!」


 天井が、俺の頭ぎりぎりで止まる…… 間に合った。

 アルバーロ教授の目がきらりと光る。


「おぬし、面白いものを持っておるのう!?」


「研究は、断る…… 《錬成陣スキップ ―― 防御壁》 錬成開始 《超速 ―― 600倍》」


 ごぉぉぉぉぉっ

 地鳴りとともに周囲の地面が隆起。

 そして、 《時間停止》 終了。

 ガタッと天井が落ちる…… が、防御壁が支えているおかげで、俺たちには、細かい欠片が少し降ってくるだけだ。

 ―― ひとまずはこれで、なんとかなるな。


「アルバーロ先生!」 「先生、ご無事ですか!?」 「なにが、起こったんです!?」  


 学院生が数名、叫びながら駆け寄ってくる…… まずいな。


「お主ら、こっちに来ては、ならん! 暴漢なのじゃ! 応援を呼ぶのじゃ……!」


 アルバーロ教授が、学院生たちを押し戻し、外に誘導していく ―― よかった。これで少なくとも、教授と学院生たちは無事だ。


「ふっ……」


 センレガー公爵が鼻でわらった。片手に持っていた鳥人 (気絶してる) を地面に起き、剣を抜く。


「応援など来るまえに、そなたらをひと思いに片付けてやろう!」


 しまった…… いつもの-196℃液体窒素ボンベを出す時間が、ない。


 ぶんっ……


 凄まじい速さで胴を横薙ぎにしてくる刃から、俺は、なんとか身をかわす。


「イリス!」


{はいです!}


 青く輝く剣が、俺の手にとびこんできた。

 次の瞬間きた、強烈な突きを、エクスカリバーが弾く。腕がしびれそうな力だ……

 反動を利用し、そのまま敵の指先に刃を叩きつける……! が、センレガー公爵はすかさず後ろに退く。間をおかず、跳躍。頭上から斬り込んでくる……!

 鋼がぶつかりあう澄んだ音が響く。

 かろうじて受けたものの、エクスカリバーじゃなければ危なかったな。普通の剣なら、折られていた…… かわりに衝撃をもろにくらった、肩と腕が痛い。

 ガチムチ筋肉のくせに身軽に宙返りしたセンレガー公爵。

 着地するなり、2回目の突き。

 ぎりぎりで避け、反撃…… かわされる。高速の斬撃を跳躍で越え、こちらから斬り込む。

 頭上からの攻撃は、しかし、大きく横に跳んで、やはり、かわされてしまう。

 一瞬の油断もならない、だが、決着のつかない攻防を繰り返しながら…… だんだん壁際に追い詰められているのは、俺のほうだった。

 冷たい大理石が、背中にあたる。

 ―― いや、最近なんか俺、思い上がってたが…… やっぱ歴戦の猛者には、なかなか勝てんよな。


「ふん…… 青二才にしては、なかなか手こずらせてくれたな」


 センレガー公爵が、俺のあごの下に刃を当てた。

 ここまでか…… いや、俺だけなら別に、いいんだが。

 さっきのセンレガー公爵の 『生かしてはおけぬ』 発言からすると。俺のあとは、ここにいる全員が危ないんだよな。

 打開する方法は…… くそ、チート能力さえ使えていれば、なんとかなったのに……!


 ピロン!

 俺だけに聞こえる、覚えのある通知音が響く。

 こんなときに、なんだっていうんだ、AI……


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが23になりました。HPが+12、力が+6、防御が+5、素早さが+5されました。体力が全回復しました!】


 いやほんと、なんでいま…… 空気読めよな、AI。


【スライム◎△$§>∞、通称 『イリス』 のレベルが48になりました。HPが+30、力が+15、防御が+7、素早さが+8されました! 《粘性》 を獲得しました!】


 このとき ――

 ぷっぴゅん!

 イリスが俺の手から飛び出した。剣からスライムに姿を変えつつ、センレガー公爵の顔面に着地。

 俺を助けようとしてくれてるんだな、イリス。振り落とされるのが、わかっているのに…… いや。

 まだ、イリスは、振り落とされていない……!


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


{絶対に、リンタローさまを守るのです!}


 センレガー公爵は、前よりももっとすごい勢いで首をぶんまわしている…… だが、イリス 《スライムの姿》 は、その顔面にくっついたままだ。

 そっか…… レベルアップで付与された 《粘性》 の効果だ。AI、いい仕事してるな! 空気読めとか思って、すまん。


「……っ! ううっ……! ぅぐぅっ……」


 センレガー公爵のガチムチ筋肉ボディーがふらつき、だんだん紫色になっていく……

 からん。

 ついに、その手から剣が落ちた。

 やっと、-196℃のあれ液体窒素ボンベが出せる……!


「《神生の大渦》 …… イリス、もういい。こんなおっさんでも、殺しちゃダメだ」


{リンタローさま! ご無事でなによりなのです!} 


「うん。イリスのおかげだ。ありがとう」


 ぽっぴゅん!

 イリスが少女の姿に戻る。得意そうな表情だ。


{がんばったのです!}


「そうだな…… さて、さっさと凍らせてしまおう」


 俺は液体窒素ボンベをセンレガー公爵に向けて噴射しようとし ―― 異変に、気づく。


 センレガー公爵のが…… 

 風が吹くたび、少しずつ短くなっている……?

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