「アルバーロ先生! ご無事で、なによりですわ」
「なんじゃ急に……! 痛かったのじゃ!」
ソフィア公女に両肩を揺すぶられ、胸を押さえた山猫ちゃん ―― アルバーロ教授の表情が、しかめつらから不思議そうなものに変わる。
槍がささっていたはずの箇所を、なんども押さえて首をかしげるアルバーロ教授。
「……ん? なにも、ない? 白昼夢でも、見たのかのう……?」
「いえ先生。リンタローが急ぎ、治療したおかげですの」
「なんと!? リンタローよ…… そなた、異世界人じゃな!?」
「ええっ!?」
ソフィア公女が目を大きく見開く。びっくりしてるな…… 言ったことなかったっけ、そういえば。
「そうなのですか、リンタロー?」
「うん、そうだな」
{わたしは、知っていたのです!}
なにげにドヤる、イリス。
アルバーロ教授がにやりと笑みを浮かべた。
「ま、
「残念だが、研究には役に立てないかもな。なにしろ俺の身体は、この世界に来てから世界意思とやらのちょっかいで、再構成されたやつだから」
「ふむう…… じゃったらリンタロー。お主も、エルフに近い存在かものう。もしかしたら、何百年も年を取らんかもしれぬぞ」
「えっ…… まじか」
「うむ。じゃから、暇になってからでよい! 研究させてくれ!」
「普通にイヤなんだが」
「学問の進歩と発展のためじゃ! 約束じゃぞ!」
黄緑色の瞳が好奇心で、音がしそうなほど輝いてる…… 逃げられるかな、俺。
「それはそれとして。先に、
「もちろんじゃ!」
「よろしく頼む…… これが
「ふむ…… 任せるのじゃ! まあ、3日もあれば、分析も終わるじゃろうて」
「よろしく頼む」
だが改めて分析室のドアを開けた俺たちは、そのまま固まってしまった。
かなり、荒らされている…… とくに分析用と思われる装置が、ひどい。
原形がわからないほど破壊されている。
{このひとのしわざですね!} 「拷問ですわね!」
イリスとソフィア公女が、世界樹の網にからまって転がる鳥人をにらむ…… そうそう。あとでこいつからも事情を聞かないと、だったな。
「これは……」
アルバート教授が、ぽつりとつぶやく。
「リンタローの身体研究が、先かのう」
「いや、冗談じゃないから ―― 《分解》」
俺は壊れた分析装置に手をかざした。
ここまで壊れた機械を修復したことは、これまでなかったが…… まずは、部品レベルに分解して、と。
それから錬成陣を作って、組み立て直す ―― いや。
俺はこの装置のこと、まったく知らないんだった。これでは、修復できない。
ここは、なんでもできるア○フォンくんに協力を頼むか。
「ヘイ、ウィビー」
[マスター! ワッツァップ!? なんか用ねー!]
相変わらず元気な異世界ア○フォンだ。
「ウィビー、分析装置の設計図、出せるか?」
[ウェイト・ア・ミニッツ! ちょっと待つねー! ……………… これねー!]
「すごいな、ウィビー」
[イッツァ・ピース・オブ・ケイク! お安いご用ねー!]
俺は表示された設計図を読んでいく。
基本はこの世界のほかの機械と、同じだな。
制御は
詳しいことは正直、俺にはさっぱり、わからん…… ということは、暗記しかないな。
壊されてバラバラになった部品と図面を照らしあわせ、どこになにが使われているのかを集中して覚えこむ。
―― よし。いける。
「《錬成陣》 ―― 中心に
俺は慎重に錬成陣を組み立てる。
分析装置だから、各要素に 《解析》 をあらわす半割れの
「《分析装置 修復》 錬成開始 ―― 《超速 ―― 200倍》」
錬成陣が輝きはじめた。
遠心分離器、濾過器、加熱冷却器……
さまざまな部品が、高速で修復され、あるべき位置におさまっていく ―― 修復、完了。
アルバーロ教授が目を丸くする。
「ほお…… やるのお」
{リンタロー様は、すごいのです!}
「さすが、わたくしが見込んだ錬金術師ですわ」
イリスとソフィア公女が、それぞれにほめてくれるなか……
ピロン!
俺にしか聞こえない通知音が響いた。
【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが32になりました。MPが+179、技術が+190されました。特典能力 《神生の大渦》 の使用回数が17になりました。MPが全回復しました! 鑑定スキルがlv.4になりました。錬成陣スキップがlv.4になりました。《超速の時計》 時間停止が10秒延長されました!】
お、錬成陣スキップのレベルが上がった…… これで、武具の錬成陣がスキップできるようになるはずだ。武具はこれまでチート能力とイリスに頼っていたが、これからはもっと柔軟にいろいろとできそうだな。
まあ、そんな事態が起こらないよう、世の中が平和になるのが一番なんだが。
「お、おお……!」
突然、アルバーロ教授が声をあげた。どうしたんだ?
「リンタロー、そなた、分析装置にいったい、なにをしたのじゃ!?」
「ああ、すまん。うまく、動かなかったか?」
「逆じゃ! 逆! もう、分析できてしまったぞい! これが分析結果じゃ!」
アルバーロ教授が結果記録用のロールペーパーを引きちぎるようにして、見せてくれる。
「それ、速すぎるんじゃないか? 修復錬成時になにかミスした可能性が高いな」
「だったら、試してみるぞい」
アルバーロ教授がポケットから数種類の鉱物を取り出し、順に分析装置にかける。
結果が一瞬で出てくるたび、教授は 「おおふ!?」 「おおお!?」 と声をあげ…… やがて、厳粛な表情で俺たちに向き直った。
「この装置は…… 正確に、動いておるのじゃ!」
「…… 俺、いったい、何をしたんだ?」
{リンタロー様なら、当然なのです!} 「まあ、わたくしが見込んだ錬金術師ですからね」
イリスとソフィア公女が、それぞれにドヤるなか……
ピロン!
俺の耳に、警告音が再び響いた。
【錬成陣にしつこく
―― 理不尽!
まあ、装置は間違いなく正確に動いているようだから、悪いことではないんだが。
「それで、分析結果はどうだったんだ……?」
「うむ。これを見るがよいのじゃ」
アルバーロ教授がロールペーパーに記された2つの文字列を交互に指し示す。
『▲名称不明』 と記された成分の含有量……
なるほど……
―― これで、俺の予測の裏がとれたな。
やはり
そして、それしか食べられない状況に魔獣を追い込み、心核に蓄積された成分によって
「だいたい、わかった。じゃ、俺たちはもう行くよ。急ぐんだ…… ありがとう、アルバーロ教授」
「うむ。新たな知見が得られて、
俺はアルバーロ教授としっかり握手を交わした。
次はイールフォの森に戻り、
「また、くるのじゃ!」
{はい! また、会うのです、アルバーロ教授!}
「ありがとう存じますわ、アルバーロ先生」
「うむ、優等生も達者でな!」
みなで別れを惜しみつつ、分析室の外に出たとき。
むちっ……
俺は、なにやら弾力性のある、固めの壁にぶつかった。
「ふん…… 久しいな、青二才」
もはや見慣れたガチムチなシルエットが、俺の襟首を片手で吊り上げる。
もう片手には、さきほど俺が網でがんじがらめにした鳥人。
「我が忠実なる
ぐうっと俺の喉から変な音が漏れる。
首がしまって、息ができない…… 苦しい……
「もう、おやめになってくださいませ!」
ソフィア公女が悲鳴のような声をあげた。
「―― お父様!」