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第52話 スライムさんは頼りになった

{逃がさないのですっ} 


 とっさにイリスがスライム化し、飛びだしてきた鳥人を包む。

 もがく鳥人。ゼファーとはまったく似てない、いかつい体格と鷹のような翼には見覚えがある ―― 以前、センレガー公爵領で俺たちを襲ってきた鳥人部隊ジェッ○マンだ。

 捕まえておこう。


「《錬成陣スキップ ―― 繊維加工》、 《超速 ―― 200倍》」


 瞬時に俺は世界樹の繊維であみを作り、イリスごと鳥人にかぶせた。強度としなやかさに関しては、世界樹の蔓で経験済み。鳥人が暴れれば暴れるほど、しっかり絡みついてその動きを縛る。


{ぷはぁっ……}


 網でがんじがらめになった鳥人から、イリスが離れた。床からにじみだし、少女の姿に戻って息をつき、俺とソフィア公女に駆け寄る。


{傷口! わたし、おさえるのです!}


「お願いします!」


 胸に刺さった槍は、アルバーロ教授が膝をついた衝撃で抜けてしまっており、傷口をソフィア公女が必死で押さえていた ―― イリスが交代したおかげで出血がかなり減ったな。スライムボディー、優秀すぎる。


 「ソフィア公女、教授が息できるように、姿勢を変えて」 「はい!」


 ソフィア公女が教授の姿勢を変えて気道を確保するのを横目で見つつ、俺はチート能力で胸部外傷の一次的措置に必要な器材を出す…… 清潔なガーゼと消毒、傷口を保護するためのドレッシング剤とテープ、毛布とカイロ、酸素マスクと輸血器材一式、ドレナージの機材セット。

 血液型はわからないので輸血パックの中身はハイポーションだ。

 実は、純度の高いハイポーションが血液の代わりになることは、ピエデリポゾ村で暮らしていたときに確認済みだったりする。

 ハイポーションそのものが血液化するというより、ハイポーションを直接点滴することにより造血作用が活性化されるのだろう…… と、俺は推測している。

 ―― とにかく、処置を進めなければ。

 まずは酸素マスクをアルバーロ教授につけ、次にポーション点滴を開始。ソフィア公女に、毛布とカイロで教授の身体を温めてもらうよう頼む。

 ―― バイタルの測定は、あえてしない。数値的な知識は、前世の世界の人間のものしか俺にはないからだ。

 この世界の生物が、同じとは限らないし、ましてや教授はハーフエルフだ。測定値を頼りにしていると、かえって診断を間違う可能性がある。

 心エコーやX線装置の検査も、後回し。機材をチート能力でひっぱりだしても、技師でもない俺がひとりで検査するのでは、時間がかかるだけだからだ。

 機材を当てにするよりは、標準化された手順にのっとり目と耳をフル活用して、できる限り迅速に対処を行う ――


 刃物による胸部外傷で傷口が大きい場合にまず心配されるのは、大量の出血による血胸、そして肺の損傷による気胸。どちらも短時間で重篤じゅうとくになりやすい。

 すでにアルバーロ教授も、呼吸が速く浅くなってきている。

 急ぎ、カテーテルを挿入し空気と体液を排出する、ドレナージを行う。肺や血管にできた傷から漏れる空気や血が胸腔にたまって肺や心臓を圧迫するのを、防ぐための措置だ。 


「イリス、かわって。傷口を保護する」 


{はいです!}


 ついで、傷口を3辺テーピングで保護。応急処置はここまでだ。

 だが、カテーテルから排出される血液量をみるに、すぐに開胸手術をする必要がある。

 手術か…… 俺に、できるだろうか。前世ではメスを持てなくなったために外科医を辞めざるを得なかった、ポンコツな俺に……

 考えるだけで、手が震えてくる気がする。

 ―― いや。できるはずだ。

 この状況で、できないとか言っていられないし、言ってはいけない。

 先日、俺は、イリスの手術を成功させた。あのときと同じだと思えばいい。

 この世界で俺が手術をしたからといって、親父がまた、死ぬわけじゃない。わかりきったことだ…… よし。できる (自己暗示)


「《神生の大渦》」


 俺は手術台および必要器具一式を、目の前に再構成した。アルバーロ教授の小さな身体は、すでに手術台の上だ。


「イリス、ソフィア公女。いまからアルバーロ教授の胸部を切開し、体内の臓器についた傷を縫合する。手伝ってくれ」


{わかったのです!} 「なにをすれば、よろしいのでしょう?」


「まずは消毒と着替えだ」


 俺とソフィア公女は手術着を身につけ、イリスも同じスタイルに変身。

 消毒を済ませたら、さっそく局所麻酔 ―― 効くまでのあいだ、イリスとソフィア公女に、ざっくり作業の説明をする。


「俺が教授の皮膚を切開したら、イリスは、このこう…… 平たいフックみたいなので、めくれた部分を押さえて。ソフィア公女は、アルバーロ教授の様子を観察して、変化があったら教えて」


{了解なのです!} 「わかりましたわ」


 イリスとソフィア公女は真剣な目でうなずいた。ふたりとも、こんな大手術は初めてなのに、おじけづいているようには見えない。

 しっかりしていて、心強いな。


「よし、始める」


 俺はメスをとった。

 ブランクが長かったうえ、イリスにもソフィア公女にも手術の経験などあるわけがない。状況は不利だから、少々、緊張するのは仕方がないことだ。

 だが、大丈夫。俺は冷静だ (自己暗示)

 とにかく、目の前に集中を…… 

 …… だめだ。

 身体がまったく、脳の指令をきいていない。

 メスを持った手が、いくら抑えようとしても、震えてしまっている。息苦しい。深呼吸。大丈夫だ。平気なはずだ……

 …… だめだ…… くそ…… ぶっ刺してやろうかこの手。震えがまったく止まらない。深呼吸…… 呼吸が、しようとしても、できない…… 恐怖心が勝手に、わいてくる。違う、なにかを恐れる必要なんか、ないんだ。わかっている、はずなのに……!

 ソフィア公女が悲鳴のような声で訴える。


「リンタロー! アルバーロ先生が……!」


「わかってる。輸液と酸素を増やそう」


 次第に浅く、速くなっていっていたアルバーロ教授の呼吸が、少しだけ落ち着く。だが、もちろん状況は甘くない。

 教授の顔色が青ざめている。造血が間に合わず、血流が悪くなっているのだ。

 一刻も早く、手術しなければ…… 頼むよ、俺。

 なにか方法は、ないのか?

 とにかく今、ここだけでも乗り切りたい……!

 …… そうだ。もしかしたら、イリスとなら……

 俺は、メスをかかげた。


「イリス。このナイフに変身できるか?」


{んん? 小さいですねえ…… やってみるのです!}


 ぽっぴゅん

 イリスの髪の一部が変化して、俺の手にとびこんできた。

 少女の姿のままのイリスと、ミニ・イリス 《手術用メスの姿》 が同時にしゃべる。


{{こんな感じですか??}}


「さすがイリス…… 助かった」


{{たいしたことじゃ、ないのです}}


 俺はミニ・イリス 《手術用メスの姿》 をアルバーロ教授の皮膚にあてた。

 俺の手のなかにいるのは、大切な相棒のスライムさんだ。いまこの状況は、何度も彼女と一緒にくぐりぬけてきた戦闘と、変わらない。

 ―― よかった。

 息が、できる。手の震えが、止まっている…… よし。 

 切開、開始。

 折れた肋骨を除去し、大動脈を遮断して出血を止める。損傷部位は幸い、さほど大きくないな。直接、縫合できそうだ。


「イリス、こんどは持針器じしんき…… このハサミみたいなのに、なってくれ」


{はいです!}


 注意しながら、大動脈の断裂をできる限り手早く縫合する…… ん? 縫っただけなのに、傷口がみるみるふさがっていく……? そうか。

 輸液に使っているハイポーションが、ここでも働いているんだ。希望が見えてきた。

 次は、肺の止血。手っ取り早く、出血部位を切除する。イリスに再びメスに変身してもらい、施術 ―― 止血、成功。 

 あとは折れた肋骨を戻して固定し、皮膚の切開部位と槍が刺さったあとを縫合…… おっと。またしても、傷口がすごい勢いでふさがっていく。

 そういえば、内部の手術部位も、ハイポーションのおかげで完全にきれいになっていた…… とすると、もう、ドレナージも必要ないんじゃないか?

 思いきってカテーテルを抜くと、針の跡も、あっというまに消えてしまった。

 教授の顔色が戻り、呼吸が安定してきている。


「終わった……」


{やったのです、リンタローさま!}


 ぷっぴゅん!

 全身から力が抜けてへたり込む俺に、元の少女の姿に戻ったイリスが、抱きついてくる。

 ぷにぷにした何かが、むぎゅっと顔にあたってるんだが…… もう、呼吸困難起こす元気もないわ…… けど、なんだろう。充実感が残っている。

 いわゆるゾーンに入った状態のあとの、心地よい疲労。

 俺、また、手術、できたんだな…… 


「ありがとう。イリスの、おかげだ」


{ふふっ…… リンタローさま、かっこよかったのです!}


 意外な評価だ。俺としては、イリスがいなければなにもできなかったのが、情けないんだが…… まあ、いいか。こんど、いつかイリスに言おう。

 なんでもできるスライムさんは、めちゃくちゃかっこいい、と。


「あっ…… アルバーロ先生が……!」 


 ソフィア公女が、声をあげる。

 見ればちょうど、アルバーロ教授が目を開けたところだった。 

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