「あれ…… ここは……」 「ルンルモ姫さまに…… コモレビ姫さま……!?」 「わたしたちは…… なぜ…… こんな……」 「は、恥ずかしい……」
エルフたちが、ざわめく。
内容からも動作からも、ゾンビっぽさが抜けている……
誰も、世界樹の蔓で首吊ろうとしないあたりから見ても、バッチリだ。
「みなさま…… お静かに……」
ルンルモ姫が、状況を説明し始めた ――
3日後。
世界樹の森に、1頭の翼竜が降り立った。
「リンタロー! イリスさん! ほんの少し、お久しぶりですわね」
翼竜の背からのたまうお嬢様は、ソフィア公女。
かつて学んでいた西エペルナ学院に、俺とイリスを運んでくれることになっている。目的はもちろん、
―― あのエルフ集団ゾンビ化回復のあと。
ルンルモ姫・コモレビ姫を中心とした会議では、行商人の出入り禁止が決まったほか、
エルフたちによると、現在の
そもそも
『たしかに……
ルンルモ姫が控えめに主張すると、エルフはみな、うなずいた。
―― まあ、
とすると、
前に俺がたてた説 ―― 『ある種の草を誰かが魔獣にわざと大量に
心当たりがないか、コモレビ姫に聞いたところ。
『そういえば…… 最近は、森で……
『
で。その 『
となると、あとは成分分析し、暴走を起こした魔獣から取り出された
だが、錬金術で素材レベルに分解するだけでは、心もとない。
分析も検証もできる限り正確にやりたい ―― と、その辺のことをア○フォンでソフィア公女に話したところ。
ソフィア公女は現在、ラタ共和国にとどまり、逃げた
「急いだほうがいいのでしょう? 早速ですけれど、乗ってくださる?」
「ありがとう」 {よろしくなのです!}
俺たちがその大きな背に乗ると、翼竜 ―― クウクウちゃんは、ひとつ大きく鳴いて飛び立った。
「西エペルナ学院までは3時間ほどでしてよ」
「うん。ちょうどいい速さだな」
{ちょっとゆっくりですけど、風が気持ちいいですね、リンタローさま!}
森の上を抜け、遠くに港を望みながら風を受けて飛ぶ…… ソフィア公女が用意してくれていたサンドウィッチも、お互いの近況報告も尽きてしばらく経ったころ。
高い塔がいくつも並んだ街が、見えてきた。
クウクウちゃんの速さが、次第に緩やかになっていく。
ということは、あの街に西エペルナ学院があるのか……
「学院は、あの高い塔か?」
「いいえ。街全体が、学院なのですわ」
{こうして見ると、とっても広いのですね!}
やがてクウクウちゃんはさらにスピードを落とし、旋回しながら下降し始めた。
白銀色の大きな門が、だんだんと近づいてくる。
「この門、オリハルコンの自動扉でしてよ。
「えっ…… 俺、大丈夫かな」
{大丈夫に決まっているのですよ、リンタローさま!}
俺たちは門の前に降り立った。クウクウちゃんはここで待機。学院内は基本、徒歩しか認められていないそうだ。
さて、問題のオリハルコンの門だが…… ソフィア公女についていくと、案外、普通に通ることができた。
門からすぐは広い道が続いており、両脇にはレストランや雑貨店、衣料品店、本屋などが並んでいる。道の向こうにいくつか見える塔のある大きな建物は、各学部の研究棟だそうだ。
「じゃあ、例の特殊生物学の教授も、そこで研究してるんだな?」
「ええ、ですが、いまは、こちらのはずですわ」
ソフィア公女が案内してくれたのは、研究棟ではなかった。大通りから1本、横道に入ったところにある、いい匂いのするグリルレストラン……
なるほど。教授は遅めのランチ、ってわけか。
だが ――
店内を見回しても、それらしき人の姿はない。
学院の誰よりも長く研究を続けてきた女性だそうだから、かなりの年齢のはずなのに。
いるのは、カウンターで山盛りの骨付きコカトリスをがっついている7、8歳くらいの女の子だけだ…… オリーブグリーンの髪に、黄緑色の目。ニックネームは 『山猫ちゃん』 で決まりだな。
それにしても、うまそうによく食べてる。
かたわらには、食べ終わった皿が山積みされている。フードファイターなんだろうか、山猫ちゃん。
「ふう……」
山猫ちゃんは、最後の骨をきれいにしゃぶりつくし、満足そうにためいきをついた。
そのかたわらに、ソフィア公女が立つ。
「ご無沙汰しておりましたわね、アルバーロ先生」
「おお!」
えっ…… 山猫ちゃんが、返事をした……!?
まさか、この子が…… 特殊生物学の権威、ジャルミラ・アルバーロ教授?
いやいやいや。無理があるだろ。
俺の戸惑いをよそに、山猫ちゃんとソフィア公女は嬉しそうに会話を続ける。
「久しぶりじゃの、優等生」
「もう、先生ったら。優等生、はおやめくださいな」
「なにを言うておるのじゃ。そなたの翼竜の知能研究についての論文は、いまでも語りぐさじゃぞ…… 領地経営の学科生にお株をとられたと、特殊生物学の者はみな、いまだに悔しがっておるわ」
「そのような……」
ソフィア公女の顔が、ほんのり赤くなった。
どうやら、この山猫ちゃんが教授で、間違いないらしい…… 若返りの実験に失敗して年齢戻しすぎでもしたのかな。
「今日、参りましたのは、先生のご専門の
「ふむ…… 最近、
「ええ…… 詳しい話は、こちらのわたくしの友人から、させていただきますわ…… こちら、錬金術師のリンタローと、助手のイリスさんです。
リンタロー、イリスさん。こちらがアルバーロ先生でいらっしゃいますわ」
「よろしく、アルバーロ教授」 {初めましてなのです!}
「ふむ……」
差し出した俺の手をとらず、じっと見つめるアルバーロ教授。
「人間と、スライムかの」
{そのとおりなのです!}
「ふむ…… リンタローよ、そなた、
「いやどっちかというと、山猫 「リンタロー!」
ソフィア公女が慌てて俺の口をふさぐ。
山猫…… じゃなくて、アルバーロ教授はまんざらでもなさそうにニヤッとしてるが。
「こう見えても、
「先生は、ハーフエルフなのですわ」 と、ソフィア公女。なるほどな。
「だから、
「研究を始めたのは、たった20年ほど、前じゃがな」
よっと椅子からとびおり、カウンターの奥に 『ごちそうさま! お代はつけといて、なのじゃ!』 と叫ぶと、アルバーロ教授は出口に向かって歩き出した。あとを俺たちが追う。
「これまで、
「危険を察知した魔獣が、いっせいに逃走する…… ってところか?」
「さよう。じゃがいまは、地底竜は休眠期じゃ。なのに
アルバーロ教授の解説を聞きながら、俺たちは特殊生物学への研究棟へと向かう。
「不埒な輩が地底竜を起こそうとしておるのか、それとも別の原因があるのか…… ちょうど、ファジュラ火山とイールフォの森の調査を申請しておったところに、おぬしらが来たというわけじゃ」
「じゃ、さっそく説明させてもらうが ――」
俺は教授に、これまでの経緯を話した。
アルバーロ教授の幼い顔が、しだいに険しくなっていく ――
「イールフォの森にはもともと、
「もしかして……」 と、ソフィア公女が遠慮がちに口をはさんだ。
「最初から、仕組まれていたのではなくて? イールフォに
{だとしたら、許せないのです! そのせいで、コモレビちゃんがひとりで…… かわいそうだったのです!}
イリスがぷるぷると震える。
イリス、この数日間でコモレビ姫と仲良くなったからな。
「まあ、真実は、おぬしらの持ってきた
研究棟についた。
いくつかの部屋を過ぎたあと、アルバーロ教授は狭いドアの前で足を止める。ドアの横の札は 『分析室』 ―― どうやら、さっそく始めてくれるつもりらしい。
「入りゃ」
教授がドアを開け、俺たちを振り返ったときだった。
ひゅっ……
一本の槍が飛んできて、その胸に突きささった。
「…………っ」
よろけて膝をつく、アルバーロ教授。
その小柄な身体を蹴りとばすように、翼のある人影がすごい勢いで飛び出してきた ――