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第49話 エルフゾンビがやってきた

「《広範囲採取》!」


 部屋全体を覆う巨大な特殊錬成陣が、俺を中心に浮かびあがる…… 次々と俺に絡みついてきていた蔓の動きが、止まった。

 しげっていた葉が落ち、太い触手のようだった茎がパラパラと糸状にほどけていく…… よし。

 特殊スキル発動、どうやら成功だ。


「なん…… なの……?」


 姉姫が、戸惑ったように俺と蔓を見比べる…… その間にも、錬成陣は蔓を分解し、素材へと還元していく。


「そんな…… 〖"³#〗…… 〖"³#〗 ……!」


 焦ったのだろう。

 姉姫は世界樹の魔法を何度も唱える…… が、蔓は動かず、次々と素材になって俺のアイテムボックスに収納されていく ――


【『世界樹の葉』 『世界樹の繊維』 『世界樹の雫』 各9999まで収集しました。これ以上の収集には、アイテムボックスのレベルアップが必要です】


 いや、もうじゅうぶん。

 ゼファーもコモレビ姫も、イリスも解放できたからな。


〈ふぅぅ…… 翼折れるかおもたわ〉


「す、すみません…… ゼファーさん……」


〈ええよ。コモレビはんのせいやないし〉


{リンタローさま!}


 ぽっぴゅん!

 イリスは再びエクスカリバーの姿になって俺の手におさまった。


「なぜ…… どうして……」


 世界樹の蔓を操れなくなり、呆然としている姉姫。その喉元に、俺はイリス 《エクスカリバーの姿》 をつきつける。


「理由がわからないなら、いくら魔力が高くても無駄だな」


…… を……」


「そのまえに 《分解》」


 特殊スキル、発動。

 ―― 数分後。


「誇り高きハイエルフの娘こと、このルンルモとしましたことが…… なんという失態でございましょう…… このような恥をさらしました以上は、もう死ぬしか……」


「いや、人間…… じゃなくてエルフも、恥をかきながら成長するもんだから。気にするな」


「そうは、申されましても……」


「大丈夫だから、早まるな」


 しゅるしゅると彼女の首元にのびてくる世界樹の蔓を、俺はイリス 《エクスカリバーの姿》 で次々に切断していく。

 使役者から戦意が失われたせいか、蔓は暴れることなく、床に散らばった。


「生きてれば大体、やり直しは効くもんだ。遅すぎるなんてことは、そんなに多くない」


「ですが、しかし……」


「俺を信じろ、ルンルモ姫」


「…… さようでございますね…… 信じるべき、なのでしょうね…… ええ…… では、そのように……」


 説得、どうにか完了。


 コモレビ姫の姉 ―― ルンルモ・エスペーロ姫は、両手を胸の前で交差させるエルフ特有の仕草で膝を床につき、俺に向かって震えながら頭を下げる。


「リンタローどのに…… このルンルモ、心より…… 感謝を……」


「いや、いいって」


 《分解》 によって体内から夢見薬ドゥオピオを完全除去したためか、ルンルモ姫は、かなり落ち着いたみたいだ。人間なら、こんなにすっきりとはいかないだろうな…… エルフはスライムとほぼ同じで、よかった。

 もっとも、違う点もある。がきれいさっぱりなくなると、スライムは恩返ししようとする…… が、なんとエルフは、自殺しようとするようだ。

 たったいま、ルンルモ姫も、置かれた状況を把握するなり、世界樹の蔓で首を吊ろうとした ―― を求めるあまり、俺たちや妹のコモレビ姫まで危険にさらした己が、許せなかったらしい。

 おかげで止めるのも、一苦労だった。勢いで 『俺を信じろ』 とか言ってしまったじゃないか。あと、前世の俺をちょっと思い出した。いたたまれない……

 まあ、ともかくも。


「まずは、いまのエルフ族の状況を、確認したいんだが」


〈たぶん、ほとんどがにやられてるんやろ、思いますわ〉 


 ゼファーが暗い顔で、首と翼を縮める。


〈ほんま、すんまへん……〉


「ゼファーのせいじゃなく、鳥人の上層部のせいだろ」


{ですです! それより、みなさんを、助けるのですよ!}


 ぷっぴょん!

 少女の姿に戻ったイリスが宣言する。

 が、それを聞いたコモレビ姫もまた、申し訳なさそうに縮こまった。


「あ…… あの…… じつは自分…… 最近、ずっと…… 鳥人の、行商人たちを…… 追い払ってて……すみません」


〈それは、当然でっせ、コモレビはん。謝らなあかんのは、むしろ、うちらや〉


「えと、その…… それは、そうなんですけど…… 「問題は……」


 困ったように口をつぐんでしまったコモレビ姫。そのあとを、ルンルモ姫が引き継ぐ。


「問題は、が切れかけますと…… 次が欲しくて、たまらなくなることだと……」


〈あー…… さっきのルンルモはんみたいに、やな〉


「やっぱり…… このルンルモ、もう…… 死ぬしか……」


「やめろ。もう言わないから…… それより。つまりは、の供給が途絶えたために、暴れ出すエルフが同時に何人も出てくる可能性がある、ってことだな?」


「「いえ……」」


 エルフの姫ふたりが、同時に首を横に振る。


「エルフは…… 富を、独占しないのです……」 「身分の差なく、みなで…… 公平に…… わけるのです……」


「ああ、そっか……」


 一見、単なる社会主義の理想論っぽい。だがしかし、それがに関しても同じだとするならば…… かなり厄介なことになりそうだ。

 すなわち。が手元からなくなるタイミングが同じ、エルフの数は ――


「何人も、どころか、何十人が、いっせいに暴れだすんだな?」


「「あ、あの…… いえ……」」


 コモレビ姫とルンルモ姫がますます困った表情で顔を見あわせる…… そのとき。

 世界樹の床が、かすかに揺れた。

 なにかが、ゆっくりと、だが確実に、近づいてきている……?


「{もしかして}」


 俺とイリスに、無言でうなずくエルフの姫たち。

 ゼファーがしばらく耳を澄ませたあと、ぽつりと言った。


〈200人は、いまんな……〉


 冗談であってほしい。

 俺のささやかな願いは、すぐに消えた。

 血走った目をしたエルフたちが、ドアを突き破り、部屋になだれこんできたのだ ――


を……」 「……」 「あれがなくては……」 「を……」 「どこに…… かくしたのですか……」 「……」 


〖〖"³#……!!〗〗


 コモレビ姫とルンルモ姫が同時に世界樹の蔓を走らせる。さすがというべきか、目にも止まらぬ素早さだ。

 先頭の数十名が蔓に手足を絡めとられる。彼らが障壁となり後続は入ってこられない…… いや違う。

 後続は、激しい力で彼らを押し倒し、前に進もうとする……!


ぶちっっ…… ぶちっっ…… ぶっっっ……


 勢い、世界樹の蔓にとらえられていた幾人ものエルフの手足がちぎれ、その身体が次々と床に投げ出されていく。


「うわ…… これ、錬金術でくっつけられるか?」


「あっ…… ちぎれた部分は…… 月のひとめぐりほどで…… また、生えてくるので…… 心配…… いらないです……」


 エルフって植物だったのか。

 ―― コモレビ姫が説明してくれているあいだにも、ルンルモ姫の新たな蔓が、さらに数十人をとらえ…… だが彼らはまたしても、後続のエルフたちに押されて倒れる。

 まるで見えていないかのように、倒れた者たちを踏みつけ。

 100人以上のエルフが、俺たちに迫ってくる……!


「「「「「「「「「「…… 薬を……!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


〖〖"³#……!!〗〗 〖〖"³#……!!〗〗


 悲鳴をのみこみ、エルフの姫ふたりは懸命に世界樹の魔法を唱え続ける。

 無数の蔓は、今度はエルフたちの足元を次々とはらっていく。残った者は倒れた者をさらに踏みつけ、蹴飛ばし。倒れた者は、ちぎれて散乱した手足からこぼれる無色透明の血を、夢中になってすすっている…… おそらく血にわずかに残ったの成分を、取り入れようとしてるんだろう。

 だが、まだ数十名、こっちに来てるな。のせいで身体がうまく動かないのか、ひきずるような動作がゾンビっぽい。


「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》! スノードーム、錬成開始! 《超速 ―― 1000倍》!」


 俺はとりあえず、周囲にスノードームを築く。なんといっても、まずは俺たち自身を、ゾンビエルフから保護しなければ…… ふう。

 ぎりぎり、間に合った。


「出して……」 「を…… すぐに……」 「かくしてるんでしょ……」 「出して……!」


 エルフたちがガラスに貼りつき、すごい勢いで叩いてくる。透き通るような肌に整った目鼻立ちの美男美女ばかりだが、それがかえって、こわい。を求めるどの顔からも、感情が消えているからだ。

 さて。こいつら、どうするか……

 考え込む俺に、コモレビ姫がすがるような眼差しを向ける。


「あの…… 先ほど、姉さまに…… してくださった術を…… 使っていただく…… わけには……」


「それもちらっと考えたんだが…… 実用的じゃないんだよな、この場合」


「…… わかります……」


 ルンルモ姫が、うなずく。


「もし、リンタローどのの術で…… 全員が、我に帰って…… 恥ずかしさのあまり…… 死に向かってしまいますと……」


「まさにそれ。多すぎて、止めきれないからな」


 ぽっぴゅん!

 今度はイリスが電動フルオート銃の姿になり、俺の腕に飛び込んできた。 


{では、ペッパーX弾乱射でとりあえず気絶させて、ひとりずつ解除するのは、いかがです?}


「せっかくだが…… 却下だな」


{がーん、なのです!}


 一生懸命考えてくれたイリスには悪いが、エルフの辛味からみ耐性は未知数だからな。

 ペッパーX弾でも気絶せず、かえって凶暴化してしまう可能性もあるし、逆に、からさに耐えきれず死んでしまう可能性もある。うかつには、使えない。

 だが…… たしかに、この世界以外のものでも、効くものはあるかもしれないな。


「イリスのおかげで、ひとつ思い付いた」


{リンタローさま! なにを思い付いたのですか?}


「うん…… とりあえず、やってみるよ」


 俺は腕を水平よりやや斜めに伸ばした。

 チート能力、 発動……!


「《神生の大渦》!」


 《神生の大渦》 は、前世今世問わず、知っているものを目の前に再構成できる技。

 ならば、こんな使い方もできるはずだ ――

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