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第48話 エルフの姉姫は、いろんな意味でヤバかった

 30分後 ――


「まじで死ぬかと思った……」


{リンタローさま、がんばったのです!}


〈大げやな、リンタローはん。この程度で死にまへんわー〉


「いや、限度があるだろ……」


 イリスに励まされ、ゼファーに呆れ顔をされて、俺はふらつきつつゴンドラから降りる。

 世界樹まで、徒歩で5日ほどの距離をたった半時間で運ばれてしまった…… 魂抜けそうになったぞ、まじで。


「すみません……」


 エルフ少女が申し訳なさそうに、頭を下げてきた。

 こんなに丁寧で低姿勢だが、ゴンドラ内でされた自己紹介によれば、実はハイエルフの長の娘 ―― すなわち、イールフォ共和国元主の末姫だという。名前はベニータ・コモレビ。

 『コモレビ』 は、なんと日本語。彼女が生まれたとき、たまたまここを訪れた異世界人がつけてくれたのだそうだ。


「あの…… 帰りは、もっとゆっくりにしてもらうよう…… 世界樹に、申しますから……」


「うん。ありがたい」


〈{えっ…… そんなぁ!!}〉


 ゼファーとイリスは不満そうだが…… この世界樹ゴンドラ、人間の感覚でいうと、ジェットコースターを鬼畜化した拷問装置でしかないからな?


 ―― まあ、ともかくも。

 こうして俺たちは当初の予定よりずっと早く、世界樹についた。空高く広がる枝と葉のなかに、エルフの居住空間が作られている。

 コモレビ姫によると、世界樹の居住空間は5層にわかれており、住居スペースは第2層~第4層。前世でいえば、マンションと似たような造りだ。

 第1層と第5層は共用スペース。第1層には商店街や役場、娯楽場などがあるらしい。第5層はおもに、公園と議事堂だとか。


 ―― それにしても、誰もいない。


 俺たちがいまいる第一層の、エレベーターホールみたいなスペースにも。

 通路の奥にみえる、世界樹の葉と細い枝で作られたカウンターのまわりにも (どうやらこれが役場らしい) 。

 大通りのようになっている、太い枝の上も。

 通り沿いの店にも……


「エルフには、昼寝の風習でもあるのか?」


「いえ、そういうわけでは……」 


 コモレビ姫は困ったように、ますます声を小さくした。

 ゼファーが翼を縮めてうつむく。


〈すんまへん…… あの、夢見薬ドゥオピオのせいやんな、コモレビはん〉


「は、はい……」


「あー…… つまりは、夢見薬ドゥオピオにみんながハマって、1日中ループしてるから、外に出てこなくなった、と。そういうことか」


「は、はい……」


{それは、ぜったいにダメなのです!}


 イリスがぷるぷる震える…… きっと、両親がの実験でアメーバになったことを思い出しているんだろう。


〈そやな、あかんやんな!〉


 コモレビ姫の肩を、ゼファーがばしっと叩いた…… 立ち直り、早いな。ゼファーらしい。


〈止めるんやろ? うちも協力するで! 商人の仁義や!〉


「は、はあ……」


{わたしもです! 夢見薬ドゥオピオを、ぜったいに止めるのです!}


 ぷにっとコモレビ姫の両手をつかみ、ぶんぶん振るイリス。気合い入ってるな。


{リンタローさまは?}


「まあ、協力することになるんじゃないか? たしかさっき、いまの事態が魔獣大暴走スタンピードと関わりがある、って言ってたよな、コモレビ姫」


「あ、はい…… ですから、詳しい話を、自分の部屋で……」


「うん。頼むよ」


 コモレビ姫がうなずき、世界樹の魔法を唱えた。


〖#゛$^〗


 するすると蔓のゴンドラが降りてくる ―― つい、ためいきをついてしまう、俺。


「また、これに乗るのか……」


「あっ、あの…… こんどは、そんな、速くないです…… 自分の部屋、第4層なんで、そこまで行くだけですから……」


〈{えっ…… そんなぁ!!}〉


 ゼファーとイリス、不満そうだな…… どんだけ、スピードジャンキーなんだ?



 コモレビ姫の部屋は、ゴンドラを降りてすぐだった。第4層の奥のほうには、コモレビ姫の両親や祖父母の部屋があるらしい。

 家令や召し使いの部屋はなし。というか、使用人という職業は、存在そのものがないという。

 大体のことは世界樹の魔法でなんとかなるうえに、純粋なエルフは食べずとも魔素マナ循環のみで生きていける。そして数千年の長寿で、時間はありあまっている…… つまり、他人を使う必要がまったくないのだ。

 そう考えると、どうやらエルフの元主の立場というのは、人間界の王族などとは違う感じだな。

 どっちかといえば、くじ引きがハズれたため就かざるを得なかった、町内会会長ってところか…… つい、同情したくなる。


「狭いところですが……」


 遠慮がちに通されたコモレビ姫の部屋は、床も家具も、柔らかな世界樹の枝と葉でできていた。四方は窓だが、実際の景色ではなくスクリーンのように見たい場所に切り替えられる。これもまた、世界樹の魔法であるらしい。

 コモレビ姫の部屋の窓はすべて、下界の森のなかを映していた。


「自分たちエルフの役割は、もともと、イールフォの森と世界樹の番人なんです……」


 お茶をいれてくれながらも、コモレビ姫の目はちらちらと窓を確認している。


よこしまな侵入者を狩り、森の生き物を守ると同時に、異常発生を防ぎ、森の秩序を保ちます。それが、世界樹を健やかに保つことにも繋がるのです……」


魔獣大暴走スタンピードも、止めていたのか?」


「はい…… あ、お茶、どうぞ」


 コモレビ姫が俺たちにお茶を配ってくれる。少し茶色がかった銀色のカップに、透き通った湯。細かな銀の泡が無数に立ちのぼっている。

 カップは世界樹の枝をくりぬいて作ったもの。お茶も同様に、世界樹の雫から作ったのだそうだ。

 ひとくち飲むと、温かさと爽やかさが全身に広がる…… 「美味いな」


{おいしいのです!} 〈いやー、絶品ですわ〉


 イリスとゼファーからも口ぐちにほめられ、コモレビ姫がほっと身体から力を抜く。


「で、話題を戻すと…… つまり、エルフたちが夢見薬ドゥオピオにハマって本来の職務を怠るようになった結果、魔獣大暴走スタンピードが増えたんだな?」


「は、はい……」


 コモレビ姫の全身に、再び緊張が走った。


「いや、コモレビ姫を責めてるわけじゃないんだ。さっきも、ひとりで魔獣大暴走スタンピードを止めに行ったんだろ?」


「で、でも…… 力不足で…… そのうえ、みなさんのことを誤解しちゃって。ごめんなさい……」


「まあ、それは仕方ないだろ」


{ひとりで行くだけでも、偉いのです! コモレビちゃんは、がんばったのです!}


 イリスがよしよし、とコモレビ姫の薄緑の髪をなでた。

 そのとき。


〈ひぇっ……〉


 突然、ゼファーが声をあげた。

 どこから現れたんだろう。

 いつのまにか、ゼファーの膝にエルフの女性がすかりついている…… コモレビ姫とそっくりの、薄緑の髪と緑青色の瞳。

 姉さま、とコモレビ姫がつぶやいた。


「ねえ…… 行商人さん…… を、売ってちょうだい。すぐに……」


〈えええ……? あっ、あのお、すんませんなあ。は、いま、切らしてもうてまして……〉


「うそよ、うそ…… はやく売ってくれないと……」


 エルフの姉姫の手がさっとあがる。

 それだけで。

 どこからか無数の蔓がしゅるしゅるとのびてきた。蔓は、すさまじい勢いで、ゼファーの全身に絡みつき、縛りつける……

 宙吊りにされた鳥人の少女は、悲鳴をあげてもがいた。


〈いたっ…… ちょい! 翼は、かんにんやでえ!〉


「姉さま…… やめて……!」


…… くれたら…… はなして、あげるわ……」


「姉さま……!」


 コモレビ姫が必死に世界樹の魔法を唱える。おそらくは、蔓の解除を命じているのだろう。

 だが繰り返し唱えても、蔓は、びくともしない。

 イリスがぷるっと震えた。


{お姉さんの魔力…… 普通じゃないです}


「コモレビ姫より、強いんだな?」


{はい。というか、もう、アシュタルテ公爵様が本気出したレベル、です……}


「それ…… まずいな」


{もちろん、まずいのです!}


「イリス、エクスカリバー」


{了解なのです!}


 ぷぴゅんっ……

 変身したイリスが、俺の手にすっぽりとおさまる。

 青く輝く聖剣をふるい、俺は無数の蔓を断つ…… 姉姫がどう出るとしても、思い通りにさせるわけにはいかない。

 だが、いくら斬ってもすぐ新しい蔓がのびて、ゼファーを絡めとる。

 こうなれば、蔓をまとめて焼いてみるか……


「イリス、レーヴァテイン炎の剣になれるか?」


「そうは、させないわ……」


「イリス!」


 イリスの姿が変わるまえに、新たな蔓が、俺の手を強く払う。

 ぷりゅん

 イリスが蔓に巻き付かれ、少女の姿に戻る。くそっ……

 なら、俺のチート能力でレーヴァテイン炎の剣を出してやる。


「《神生の大渦》 「だめよ……」


 新たな蔓が数十本。鋭くしなり、俺のまわりにできた 《神生の大渦》 のをぶったぎった。

 渦が、消滅する…… って、嘘だろ!?

 これは正直、予測していなかった。

 現状、俺の戦闘は大部分、イリスとチート能力頼りだ。

 なのにイリスはとらえられ、《神生の大渦》 も使えない……

 いったい、どうすればいいんだ!?


 蔓はそのまま、イリスの手足に巻きつき、しめあげる。

 スライムには痛覚がないのは知ってるが、ぎりぎりに縛られていると苦しそうにしか見えない……


「イリス! なんとか、抜け出られないか?」


{んっ…… んんっ…… だめです、リンタローさま!}


「姉さま…… お願いです…… その子は、関係ないはずです…… はなしてあげて…… ああっ」


「うるさいわ……」


 コモレビ姫までが、世界樹の蔓に縛られてしまった。


「みんな…… 嘘つき…… を出すまで…… 逃がさないから……」


 姉姫の手がまたしても、さっと振られた。

 無数の緑の触手が、こんどは、俺に向かってすごい速さでのびてくる……!

 数本をなんとか避けたとしても、別の蔓に捕まってしまいそうだ ―― こうなったら。

 ダメ元で、あれをやってみるか。

 最初の蔓に腕をとらえられた瞬間。

 俺は、特殊スキルを発動させた。

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