30分後 ――
「まじで死ぬかと思った……」
{リンタローさま、がんばったのです!}
〈大げやな、リンタローはん。この程度で死にまへんわー〉
「いや、限度があるだろ……」
イリスに励まされ、ゼファーに呆れ顔をされて、俺はふらつきつつゴンドラから降りる。
世界樹まで、徒歩で5日ほどの距離をたった半時間で運ばれてしまった…… 魂抜けそうになったぞ、まじで。
「すみません……」
エルフ少女が申し訳なさそうに、頭を下げてきた。
こんなに丁寧で低姿勢だが、ゴンドラ内でされた自己紹介によれば、実はハイエルフの長の娘 ―― すなわち、イールフォ共和国元主の末姫だという。名前はベニータ・コモレビ。
『コモレビ』 は、なんと日本語。彼女が生まれたとき、たまたまここを訪れた異世界人がつけてくれたのだそうだ。
「あの…… 帰りは、もっとゆっくりにしてもらうよう…… 世界樹に、申しますから……」
「うん。ありがたい」
〈{えっ…… そんなぁ!!}〉
ゼファーとイリスは不満そうだが…… この世界樹ゴンドラ、人間の感覚でいうと、ジェットコースターを鬼畜化した拷問装置でしかないからな?
―― まあ、ともかくも。
こうして俺たちは当初の予定よりずっと早く、世界樹についた。空高く広がる枝と葉のなかに、エルフの居住空間が作られている。
コモレビ姫によると、世界樹の居住空間は5層にわかれており、住居スペースは第2層~第4層。前世でいえば、マンションと似たような造りだ。
第1層と第5層は共用スペース。第1層には商店街や役場、娯楽場などがあるらしい。第5層はおもに、公園と議事堂だとか。
―― それにしても、誰もいない。
俺たちがいまいる第一層の、エレベーターホールみたいなスペースにも。
通路の奥にみえる、世界樹の葉と細い枝で作られたカウンターのまわりにも (どうやらこれが役場らしい) 。
大通りのようになっている、太い枝の上も。
通り沿いの店にも……
「エルフには、昼寝の風習でもあるのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
コモレビ姫は困ったように、ますます声を小さくした。
ゼファーが翼を縮めてうつむく。
〈すんまへん…… あの、
「は、はい……」
「あー…… つまりは、
「は、はい……」
{それは、ぜったいにダメなのです!}
イリスがぷるぷる震える…… きっと、両親が
〈そやな、あかんやんな!〉
コモレビ姫の肩を、ゼファーがばしっと叩いた…… 立ち直り、早いな。ゼファーらしい。
〈止めるんやろ? うちも協力するで! 商人の仁義や!〉
「は、はあ……」
{わたしもです!
ぷにっとコモレビ姫の両手をつかみ、ぶんぶん振るイリス。気合い入ってるな。
{リンタローさまは?}
「まあ、協力することになるんじゃないか? たしかさっき、いまの事態が
「あ、はい…… ですから、詳しい話を、自分の部屋で……」
「うん。頼むよ」
コモレビ姫がうなずき、世界樹の魔法を唱えた。
〖#゛$^〗
するすると蔓のゴンドラが降りてくる ―― つい、ためいきをついてしまう、俺。
「また、これに乗るのか……」
「あっ、あの…… こんどは、そんな、速くないです…… 自分の部屋、第4層なんで、そこまで行くだけですから……」
〈{えっ…… そんなぁ!!}〉
ゼファーとイリス、不満そうだな…… どんだけ、スピードジャンキーなんだ?
コモレビ姫の部屋は、ゴンドラを降りてすぐだった。第4層の奥のほうには、コモレビ姫の両親や祖父母の部屋があるらしい。
家令や召し使いの部屋はなし。というか、使用人という職業は、存在そのものがないという。
大体のことは世界樹の魔法でなんとかなるうえに、純粋なエルフは食べずとも
そう考えると、どうやらエルフの元主の立場というのは、人間界の王族などとは違う感じだな。
どっちかといえば、くじ引きがハズれたため就かざるを得なかった、町内会会長ってところか…… つい、同情したくなる。
「狭いところですが……」
遠慮がちに通されたコモレビ姫の部屋は、床も家具も、柔らかな世界樹の枝と葉でできていた。四方は窓だが、実際の景色ではなくスクリーンのように見たい場所に切り替えられる。これもまた、世界樹の魔法であるらしい。
コモレビ姫の部屋の窓はすべて、下界の森のなかを映していた。
「自分たちエルフの役割は、もともと、イールフォの森と世界樹の番人なんです……」
お茶をいれてくれながらも、コモレビ姫の目はちらちらと窓を確認している。
「
「
「はい…… あ、お茶、どうぞ」
コモレビ姫が俺たちにお茶を配ってくれる。少し茶色がかった銀色のカップに、透き通った湯。細かな銀の泡が無数に立ちのぼっている。
カップは世界樹の枝をくりぬいて作ったもの。お茶も同様に、世界樹の雫から作ったのだそうだ。
ひとくち飲むと、温かさと爽やかさが全身に広がる…… 「美味いな」
{おいしいのです!} 〈いやー、絶品ですわ〉
イリスとゼファーからも口ぐちにほめられ、コモレビ姫がほっと身体から力を抜く。
「で、話題を戻すと…… つまり、エルフたちが
「は、はい……」
コモレビ姫の全身に、再び緊張が走った。
「いや、コモレビ姫を責めてるわけじゃないんだ。さっきも、ひとりで
「で、でも…… 力不足で…… そのうえ、みなさんのことを誤解しちゃって。ごめんなさい……」
「まあ、それは仕方ないだろ」
{ひとりで行くだけでも、偉いのです! コモレビちゃんは、がんばったのです!}
イリスがよしよし、とコモレビ姫の薄緑の髪をなでた。
そのとき。
〈ひぇっ……〉
突然、ゼファーが声をあげた。
どこから現れたんだろう。
いつのまにか、ゼファーの膝にエルフの女性がすかりついている…… コモレビ姫とそっくりの、薄緑の髪と緑青色の瞳。
姉さま、とコモレビ姫がつぶやいた。
「ねえ…… 行商人さん……
〈えええ……? あっ、あのお、すんませんなあ。
「うそよ、うそ…… はやく売ってくれないと……」
エルフの姉姫の手がさっとあがる。
それだけで。
どこからか無数の蔓がしゅるしゅるとのびてきた。蔓は、すさまじい勢いで、ゼファーの全身に絡みつき、縛りつける……
宙吊りにされた鳥人の少女は、悲鳴をあげてもがいた。
〈いたっ…… ちょい! 翼は、かんにんやでえ!〉
「姉さま…… やめて……!」
「
「姉さま……!」
コモレビ姫が必死に世界樹の魔法を唱える。おそらくは、蔓の解除を命じているのだろう。
だが繰り返し唱えても、蔓は、びくともしない。
イリスがぷるっと震えた。
{お姉さんの魔力…… 普通じゃないです}
「コモレビ姫より、強いんだな?」
{はい。というか、もう、アシュタルテ公爵様が本気出したレベル、です……}
「それ…… まずいな」
{もちろん、まずいのです!}
「イリス、エクスカリバー」
{了解なのです!}
ぷぴゅんっ……
変身したイリスが、俺の手にすっぽりとおさまる。
青く輝く聖剣をふるい、俺は無数の蔓を断つ…… 姉姫がどう出るとしても、思い通りにさせるわけにはいかない。
だが、いくら斬ってもすぐ新しい蔓がのびて、ゼファーを絡めとる。
こうなれば、蔓をまとめて焼いてみるか……
「イリス、
「そうは、させないわ……」
「イリス!」
イリスの姿が変わるまえに、新たな蔓が、俺の手を強く払う。
ぷりゅん
イリスが蔓に巻き付かれ、少女の姿に戻る。くそっ……
なら、俺のチート能力で
「《神生の大渦》 「だめよ……」
新たな蔓が数十本。鋭くしなり、俺のまわりにできた 《神生の大渦》 の
渦が、消滅する…… って、嘘だろ!?
これは正直、予測していなかった。
現状、俺の戦闘は大部分、イリスとチート能力頼りだ。
なのにイリスはとらえられ、《神生の大渦》 も使えない……
いったい、どうすればいいんだ!?
蔓はそのまま、イリスの手足に巻きつき、しめあげる。
スライムには痛覚がないのは知ってるが、ぎりぎりに縛られていると苦しそうにしか見えない……
「イリス! なんとか、抜け出られないか?」
{んっ…… んんっ…… だめです、リンタローさま!}
「姉さま…… お願いです…… その子は、関係ないはずです…… はなしてあげて…… ああっ」
「うるさいわ……」
コモレビ姫までが、世界樹の蔓に縛られてしまった。
「みんな…… 嘘つき……
姉姫の手がまたしても、さっと振られた。
無数の緑の触手が、こんどは、俺に向かってすごい速さでのびてくる……!
数本をなんとか避けたとしても、別の蔓に捕まってしまいそうだ ―― こうなったら。
ダメ元で、あれをやってみるか。
最初の蔓に腕をとらえられた瞬間。
俺は、特殊スキルを発動させた。