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第45話 あの二人組がやってきた

 ぶふぅぅぅぅっ……!

 生温い鼻息が俺にかかる。

 王猪ロード・ボアは食事の邪魔をされて、明らかに不機嫌だった ―― が、俺をバナナの皮よりは良いエサと認めたらしい。

 燃えるような目が俺をにらんだまま、1歩、2歩と後退。

 勢いをつけて突進するつもりか…… だが、そのせいで隙ができたな。

 俺は、イリス 《レーヴァテインの姿》 を王猪ロード・ボアに向けて振りかぶる。

 剣から白い炎がき、王猪ロード・ボアの鼻を焼く……!


 ぶぉぐぉぎゃあああああああっっっ……


 すごい悲鳴だ。

 熱から逃れようとするかのように、首を猛烈に振りながら、王猪ロード・ボアは地響きをたてて突進してくる。

 俺はその巨体を、ぎりぎりでかわした。

王猪ロード・ボアは、痛みでコントロールを失ったらしい。俺には目もくれず、スライムさんたち 《バナナの皮の姿》 に突っ込んでいく……


 つるっ……

 どぉぉぉぉぉおんっ

 …… ずざぁぁぁぁぁっ……


 王猪ロード・ボアの巨体はバナナの皮を踏んで見事に転び、そのままアイスバーンをすごい勢いで滑っていく ――


 どぉぉぉおおおおおん!


 ついに、防御壁に激突。

 衝撃で崩れた壁に埋もれて、王猪ロード・ボアはやっと止まった。

 これで終わったか……?

 と、思ったのも、つかのま。

 王猪ロード・ボアは再び、よろよろと立ち上がる。


 ぶゴォぉぉぉぉおっっ……!


 天を仰いでの咆哮ほうこう

 まだまだ、やる気満々なのか…… だが。


 どぉぉぉおおおおおん……


 大地を揺らし、倒れ込む。脚を怪我しているんだな。


「どうするかな。正気に戻って逃げ帰るなら、それで良し、とも思ってたんだが…… これじゃ、まともに動けないよな」


{リンタローさまは、助けてあげたいんですね?}


「いや…… 明らかに害獣だし、さすがに自重する。かわいそうでは、あるんだが」


{わかったのです}


 レーヴァテインがかすかに動いた…… ん? 持ち上げてほしいのか?

 俺はイリス 《レーヴァテインの姿》 の切尖きっさきを、王猪ロード・ボアに向ける。


{《煉獄の劫火》!}


 レーヴァテインから目もくらむような、白い炎が勢いよくほとばる ―― なにかの技なのか?

 初めて見たんだが…… どうやら、これ、剣特有のスキルみたいだな。

 レーヴァテインから発された炎が、王猪ロード・ボアを包む…… 王猪ロード・ボアの、鼓膜を突き破るような叫び。

 炎は白く青く赤く、色を変えながら王猪ロード・ボアを燃やす。

 イリス、いったい、どういうつもりだ……?


「どうせ助からないなら、ひと思いに、ってことか?」


{そうじゃなくて。ちょっと見ててください、なのです!}


 魔獣大暴走スタンピードはおさまった、と判断したのだろう。

 バナナの皮に変身していたスライムさんたちが次々と、少女の姿に戻る…… しばらくのあいだ、俺たちは言葉もなく、鮮やかな炎を見ていた。

 天を焦がすようだった炎が、次第に弱まって小さくなってきたとき。

 ぷぴゅんっ

 イリスも、レーヴァテイン炎の剣から少女の姿に戻り、俺の隣に立った。


魔獣モンスターはもともと、自然に還れなかった動物の魂が魔素マナと結びつい生まれるじゃないですか}


「言われてみれば、そうだったかな」


 これまで、気にしたこともなかったが…… たしか、その設定は前世でも、目にしたことがあったような。


{だから、こうして浄化すれば、生まれたての姿に戻るんですよ。レーヴァテインの 《煉獄の劫火》 は浄化の炎なんです}


「まじか…… すごいな」


{ふふふっ、リンタローさまのおかげです}


 イリスのどや顔、かわいいな。 

 そして ―― イリスの言ったとおり。

 炎がすっかりおさまったあとには、ちまっと丸い、もふもふがいた。褐色の背中にうっすらと縞模様がみえる…… 猪の赤ちゃん、うり坊だ。

 スライム少女たちが、いっせいにざわめく。


{かわいー!} {名前は>_∥%>よね!} {かうの!?} {かうでしょ?} {将来は、いい門番ね} {だいじに育てようね!}


 うり坊はどうやら、宿で飼うことになったらしい。名前は俺がつけることになった。イリスの両親の案に、みんなが賛成したのだ。

 いまさらだが、俺、ネーミングセンス無いんだよな……


「リウリウで、どうだ?」


{いいですね!} {かわいー!} {素敵な名前だと思います!} 


 いいんかい。


 ―― リウリウを連れてスライム少女たちが宿に戻ったあと。

 俺は、イリスと一緒に魔獣大暴走スタンピードのあとを見て回った。

 幸い、この辺には宿以外で人の住む場所はないから、広大な草原が踏みにじられているだけだ。

 だから被害状況を確認する必要は、ないんだが…… 俺には別の目的があるのだ。


「あった」 {ここにもです、リンタローさま!}


 探していたのは、魔獣たちの心核石コロケルノ。先ほどの大暴走で滑って転んで、はかなくなってしまったやつらのだ。

 俺のも、イリスが拾ったのも…… 俺が、考えていたとおり。

 細長い、角ばった半透明の結晶だ。

 やっぱりか……

 かつて、魔族の国アンティヴァ帝国に持ち込まれ、オークの襲撃騒ぎを引き起こした ―― あれは、暴走を起こした魔獣から取り出した心核石コロケルノを砕いたものだったのだ。

 おそらくが、覚醒剤のもとになるような草をわざと魔獣に食べさせたのだろう。その成分が心核ケルノに蓄積。魔獣の神経中枢に異常をきたして、暴走を引き起こさせた…… 魔獣のどこに神経中枢があるのかは、謎だが。

 そして、そのが、暴走の末に自滅した個体から心核石コロケルノを取り出し、に加工して売っている…… としたら。

 そいつは、この場にも当然、いるんじゃないか?


「イリス、気を付けろ。近くにいるかも……  {…………っ!}


 俺が言い終わるのを待たず、ふいに暗がりから現れた手が、イリスの口をふさぐ…… しまった!


「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》! スノードーム、錬成開始! 《超速 ―― 1000倍》!」


 俺はとっさに、俺たちを覆うように巨大なスノードームを築く。 

 これで敵も、勝手には逃げられないだろう…… つかまえて、について自白させてやる。あと、イリスに手を出したことも、後悔させないとな。

 ところが。


「え…… きみたち、なにしにきたの」


「それはこっちのセリフだ」 「そうだぞ! しぶといやつだぞ!」


 キラキラと降り注ぐ魔素マナの粒子に照らされて姿を現したのは、見覚えのある、大小ふたり組 ―― 以前、俺をさらってセンレガー公爵に売り飛ばした奴隷狩りだったのだ。

 たしか名前は、ギルとジャン。でかいほうがギルで、細いほうがジャンだったっけ。

 奴隷だけじゃなくて、にも手を出していたのか…… いや、ォロティア義勇軍マフィアつながり、と考えたら、納得は行くんだが。

 なんというか、またハズレくじを引いた気分だ。たとえ、こいつらをつかまえて尋問したところで労力に見合う成果は得られないだろうな…… ためいき出そうになる。


「きみたちには、2度と会いたくなかったな」


「ふん……」 と、ジャンが鼻で笑う。


「おれは会いたかったぞ!」


 ギルが、イリスを巨体の脇に無造作に抱えたまま、俺に向かい親しげに片手をあげた。友だちじゃないっての。


「だって、おまえ、高く売れたんだぞ! また、つかまえて売ってやるぞ!」


{リンタローさまを!? ぜったいに、ゆるさないのです!}


 イリスがもがく。


{はなさないと、ひどいめにあわせるのですよ!}


「悪いけど、お嬢ちゃんは、もうちょっと、黙っとくんだぞ」


 太い指がふたたび、イリスの口をふさいだ。

 イリスが必死に、その腕から抜けようとするが、ギルのほうは、びくともしない。

 一方で、ジャンは、といえば。

 青く輝くエクスカリバーを引き抜くなり、俺に斬りかかる……!


「今度こそ、容赦しねーぜ」


「いや、いつ容赦してもらったかな俺?」


 間一髪。

 なんとか攻撃をかわす…… もしかして俺、回避スキル上がってないか?

 などと喜ぶ暇など、もちろんなく。

 返された剣が、俺めがけて逆袈裟に切り上げてくる……


「《神生の大渦》!」


 とっさに俺は鉄製フライパンを取り出した。

 エクスカリバーを、受けとめる……!


 ガギィィィィッ……


 耳障りな音ともに、エクスカリバーがフライパンにくいこんだ。

 くっ…… さすがに伝説の剣相手では、フライパンは無理か。


 というか、よく考えたら、以前にイリスが変身した伝説の盾アエギス・メドザにでもすればよかったな。

 せっかくチート能力がスキルアップしたというのに、緊急時に思い付くものがフライパンとか。

 我ながら、ないわ。

 しかも、それが常に有効とは限らないしな!


 ギギギギギギギギッ……


 火花を散らしながら、フライパンが切断されていく。


「危なっ……」


 俺は、反射的にフライパンから手を放し、背後に跳ぶ。もう一度 《神生の大渦》を使うのは無理だ。

 ジャンとの間合いが、近すぎる。

 それに武器を使っての戦闘は、やはりジャンのほうが有利だろう。

 なら、俺は…… ヤツの隙を誘い、俺ならではの方法で、状況を打開する……!


 ちっ、とジャンが舌打ちした。


「こいつ、また、ちょこまかと……!」


「誉め言葉と受け取っとくよ、くん」


「野郎……!」


 ジャンの顔から、血の気がひいた…… よっぽど頭に、きたらしいな。

 だが、怒れば怒るほどができるというもんだ。

 攻撃が荒く、ワンパターンになっていく…… 俺をド素人だとナメきっているからこそ、頭を使わず気持ちだけで剣を振るっているんだろうな。

 だが俺も、この世界に転生して以来、実戦の経験はそれなりに積んでいる (俺は平和に生きたいだけなのに!)

 ともかくも、前みたいに俺が逃げるだけだとタカをくくっているなら、大間違いだ。

 聖剣をブン回すだけが戦闘じゃないと、思い知らせてやろう。


 ひゅっ……

 空を切って横薙ぎに襲ってくるエクスカリバーを、身をふせて避け、俺は地面に手をついた。


 錬金術、スキル発動……!

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