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第43話 温泉宿で決意した

 俺がレベルの一気上げで得た、さまざまなスキルや特典 ―― それが役に立ったのは、高級温泉宿の開業でだった。

 なぜいきなり温泉宿かというと、ドブラ邸から解放されたイリスの両親とスライム少女たちの受け入れ先として、ベルヴィル議員が提案したからだ。

 ベルヴィル議員は、十人委員警察&裁判所に差し押さえられたドブラの資産のうち、温泉がわきでる土地を沼地価格で購入したのである。

 ―― ただしそこは、フタをあけてみればガチの泥沼だった。温泉水がたまって、地面をぬかるませていたのだ。

 この沼地を整備し宿を建てるのに、俺の爆上がった魔力MP、新しくゲット (または進化) したスキルやアイテムが使えたんである。

 すなわち。


 1. 《超速の時計》 の新規機能 《時間停止》 を使い、いったん温泉を止める。

 2. 特殊スキル 《広範囲採取》 で沼から温泉水だけを採取して地面を乾燥させる。

 3. 特殊スキル 《統合》 で基礎固め。

 4. 進化スキル 《神生の大渦》 で前世、父親を連れて行きたくて調べていた高級温泉宿を再構築。

 5.  新しくゲットした特典アイテム 《きれタマ》 を設置。館内および大浴場の清潔を確保。

(ちなみに 《きれタマ》 とは、ぶさかわ猫のぬいぐるみ。 『ぷにてぃー肉球』 と命じると肉球であらゆるものを浄化してくれる)


 ―― まさに 『温泉宿スタートセット』 とでも呼びたいほどの有用さだ。

 もしや見越してたのか、AI……?

 ともかくも、こうしてスライムさんたちによる温泉宿経営が始まった。

 なりゆきで俺もしばらくの間アドバイザーとして接客指導などいたし、あいまに {恩返し} と入れ替わりでスキンシップに励もうとするスライム少女たちから逃げまくる生活を送ることになったんだが、これ以上は詳しく語るまい。


 こうして、1ヵ月後のある夕方 ――

 俺たちは真新しい高級温泉宿で、初めての宴会を開いていた。

 久々に全員で集まったのは、ドブラ議員の事件についての報告会・慰労会と、温泉宿のオープニング祝賀会のため。それに、ソフィア公女の翼竜・クウクウちゃんの怪我の完全回復の祝いも兼ねて…… とにかく、いろいろな理由があったのである。

 堅苦しい会ではない。

 大宴会場でクウクウちゃんを囲んで思い思いに楽しむ…… といった感じだ。

 俺たちの前には、それぞれ好みの飲み物と食べ物が、どーんと置かれている。誰も給仕に立たなくていいように、という配慮だな。

 俺たちだけでなく、クウクウちゃんの前にもちゃんとある。俺とイリスで一緒に錬成したポーション (イチゴ味) の大盃だ。


「では、ドブラの失脚とスライムのみなさんの新たな門出、それにクウクウちゃんの回復を祝って ――」


 浴衣姿のベルヴィル議員が御猪口おちょこを持ち上げ、乾杯の音頭をとった。


「乾杯!」


「「{{{〈 かんぱーい!!! 〉〉}}}」」


 クゥクゥクゥクゥ……!


 和やかな雰囲気のなか宴会が始まった。

 前世ではこういうの、あまり好きじゃなかったが…… 仲間が楽しそうにしてるって、いいもんだな。

 それに、イリスが元気でこの場にいるのが、なにより嬉しい。

 俺の視線に気づいたのか、イリスがお酌してくれた。


{リンタローさまのおかげさまで、両親ズに会えたのです!}


「いや……」


 俺だけじゃないから、それ。

 言い終わる前に、ふたりの銀髪美女に両側からお酌される ―― イリスの両親だ。


{まさしく、なんとお礼を言えばいいのか}{◎△$§>∞を救っていただいたご恩、7回生まれ変わっても、お返しいたします!}


そこに 〈重い! 重いわ、あんたらぁ!〉 と乱入してきたのはゼファー。


「ゼファー? 酒を飲んでるのか?」


〈ひぃっく! たいしたことや、ありまへんのや…… それよりリンタローはん、あんときの支払いの件やけど…… ひぃっく!〉


「《神生の大渦》 ―― ほい、ウ○ンの力と胃薬。のんどけ、ゼファー」


〈…… おおきに……〉


 これでよし。

 と、ここで。ベルヴィル議員が 「はい、注目ぅ!」 とお猪口ちょこを握りしめて立ち上がった。


「みなさんにお知らせがあるの! なんと! ドブラと研究員が正式に逮捕されたわよ!」


{やったのです!} {悪の本体が!} {ついに……!}


 スライム少女たちが、いっせいに、ぷるんぷるん揺れる…… 良かったな、みんな。


「ふふっ…… 研究員はいま、連日、軽く拷問を受けているわね。についての法律を制定するために、知識を吐き出してもらわなきゃ」


 研究員は少し可哀想だが、これでラタ共和国に蔓延まんえんする事態は抑えられそうだな。


「ドブラは?」


「ふっふっふっふっ…… ドブラの野郎はね、なんと」


 ここでベルヴィル議員はビールジョッキを手にとり、一気にあおって、どん、と置く。


「なんと! スライムの置物姿のまま、十人委員警察&裁判所の中央議事堂に飾られることになりましたぁ!」


{ふっ! ざまをみなさい、ですぅ!}


 お、イリスもちょっと酔ってるんだな…… 珍しくて、なんだかほほえましい。


伝説の盾アエギス・メドザの効力は、永久なのですぅ!}


「もちろん、拘束具と魔力制限装置はつけたまよ? いい見せしめになるわね!」


 高笑いするベルヴィル議員。

 そのうち、十人委員の会合で中央に行くたびにドブラ・スライムに落書きとかしだすんだろうな…… 目に浮かぶようだ。 


「わたくしからも、ひとつ…… いえ、ふたつ」


 ソフィア公女もまた、ワイングラス片手に立ち上がる。


「良いほうと悪いほう、どちらからがよろしくて?」


「うーん。じゃ、まあ、良いほうで」


 俺のリクエストにソフィア公女はうなずいた。


「例の夢魔ナイトメア。わたくしとの契約魔法は解除しましたが、まだドブラに取りつくそうですわ…… 復讐したりないんですって」


「つまりドブラは、スライムの置物として拘束されたまま、一生、悪夢漬けか……」


〈けけけけ。ええ末路でんなあ!〉


 当然ながら、誰からも同情されないな、ドブラは…… 


「それでソフィア公女。もうひとつの悪い報告って?」


「父に…… 逃げられましたの」


 ソフィア公女が、うなだれる。

 ―― ソフィア公女の父親、センレガー公爵は、ミニチュアのスノードームにつっこんだままの状態でソフィア公女に渡しておいたんだが……

 ソフィア公女のもとから盗み、元のサイズに戻した、と考えると複数人の協力が必要となるはずだ。


「心あたりは、あるわ」 とベルヴィル議員がお猪口ちょこを置いた。


「実は、十人委員のひとりが最近、姿を消したの。ドブラの逮捕に反対していた裏切り者よ…… 彼が、センレガー公爵を手引きしたかもしれないわ」


〈けど、なんでドブラやのうて 『しゅてきん』 はんを逃がすん?〉


 ゼファーのツッコミも、もっともだ…… だが、ここにもうひとつ要素を加えるだけで、事態はかなりシンプルに整理できる。

 俺は、思わずつぶやいていた。


ォロティア義勇軍マフィアだな……」


「リンタロー? なんですって?」


 ベルヴィル議員に聞き返され 「いや、なんでもない」 と首を横に振る。まだ推測に過ぎないことだから、はっきりとは言えない ―― だが、俺のなかでは、つながった。


 もともと、は奴隷狩の元締めだったォロティア義勇軍が扱い始めたもの。つまり、や奴隷に関わることには、十中八九、ォロティア義勇軍が絡んでいると考えていい。

 これまでの振る舞いから推察するに、ォロティア義勇軍の狙いは、を大陸全体に流通させることで間違いないだろう。そのためにセンレガー公爵とドブラが協力していたのだ。

 センレガー公爵はおもに製造に関わり、ドブラが研究と流通を担っていた……

 しかし、センレガー公爵は助けられ、ドブラは見捨てられている。ということは現状は、生産はまだ不安定だが、研究はひととおりは済んでおり、流通も問題ない、といったところだろう。

 このままセンレガー公爵の手により生産体制が整ってしまえば…… 大陸ごとの犠牲になってもおかしくない。

 ―― そうすると俺も、スローライフどころじゃなくなるよな。

 目に浮かぶようだ。もともと薬物は専門じゃないのに、依存症患者を救済するために仕方なく睡眠を削り、あちこちと駆け回り、ついには専門の治療院やら互助団体を立ち上げて 『大先生』 とか持ち上げられる人生が……

 尊敬してくれる人のてまえ 『本当はのんびり錬金術を極めたかっただけの人生でした。失敗しまった』 とか絶対に言えないまま、過労死する人生が……

 うん。嫌だ。

 ならば、対策は1つ。

 ―― まずは情報を集めつつ、各地でォロティア義勇軍マフィアの企みを潰す。

 ある程度の情報をまとめたところで、アシュタルテ公爵、ソフィア公女、ベルヴィル議員あたりを通じて各国の軍を動かしてもらう。

 現状は大陸はいま (前世と比べると驚くほどに) 平和だから、連合軍を出してもらうのにさほど苦労はしないはずだ。

 で、ォロティア義勇軍を一網打尽にしたら、雇用維持のため、の生産を別の高付加価値商品に変更すればいい。珈琲コーヒーとかチョコレートとか。できれば俺の好物で。


{リンタローさま、どうしたんですか?}


 イリスがひょい、と俺の顔をのぞきこむ。


{なにか、考えごとですか?}


「うん、ちょっとな…… もしかしてイリス、デスソース入りのハー○ンダッツが食べたい?」


{わーい! はいです! 大当たりなのです!}


 喜ぶイリスに 《神生の大渦》 でハー○ンダッツとデスソースを出してあげながら、俺はいま考えていたことを端的に説明してみた。


「医の基本かつ最先端は、予防にあるんだよな。んで重要なのは早期発見と早期治療だ…… イリス、手伝ってくれるか?」


{もちろんなのです! なんでも言ってくださいです! リンタローさまのためなら、たとえ火のなか水のなか、なのです!}


「いや、これからもずっと、俺と一緒にいてくれるだけで、じゅうぶんだから」


{はぅわっ…… は、はひ、でふ……}


 イリス、真っ赤になってるな…… デスソースのかけすぎか。

 俺は、そっとためいきをついた。

 ―― これからのことを考えると、正直、かなり面倒くさい。

 だが、きっと乗り切れる、とも思ってしまうのだ。

 なんたって、なんでもできるスライムさんが一緒なんだから。


(第三章 了)

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