俺がレベルの一気上げで得た、さまざまなスキルや特典 ―― それが役に立ったのは、高級温泉宿の開業でだった。
なぜいきなり温泉宿かというと、ドブラ邸から解放されたイリスの両親とスライム少女たちの受け入れ先として、ベルヴィル議員が提案したからだ。
ベルヴィル議員は、
―― ただしそこは、フタをあけてみればガチの泥沼だった。温泉水がたまって、地面をぬかるませていたのだ。
この沼地を整備し宿を建てるのに、俺の爆上がった
すなわち。
1. 《超速の時計》 の新規機能 《時間停止》 を使い、いったん温泉を止める。
2. 特殊スキル 《広範囲採取》 で沼から温泉水だけを採取して地面を乾燥させる。
3. 特殊スキル 《統合》 で基礎固め。
4. 進化スキル 《神生の大渦》 で前世、父親を連れて行きたくて調べていた高級温泉宿を再構築。
5. 新しくゲットした特典アイテム 《きれタマ》 を設置。館内および大浴場の清潔を確保。
(ちなみに 《きれタマ》 とは、ぶさかわ猫のぬいぐるみ。 『ぷにてぃー肉球』 と命じると肉球であらゆるものを浄化してくれる)
―― まさに 『温泉宿スタートセット』 とでも呼びたいほどの有用さだ。
もしや見越してたのか、AI……?
ともかくも、こうしてスライムさんたちによる温泉宿経営が始まった。
なりゆきで俺もしばらくの間アドバイザーとして接客指導などいたし、あいまに {恩返し} と入れ替わりでスキンシップに励もうとするスライム少女たちから逃げまくる生活を送ることになったんだが、これ以上は詳しく語るまい。
こうして、1ヵ月後のある夕方 ――
俺たちは真新しい高級温泉宿で、初めての宴会を開いていた。
久々に全員で集まったのは、ドブラ議員の事件についての報告会・慰労会と、温泉宿のオープニング祝賀会のため。それに、ソフィア公女の翼竜・クウクウちゃんの怪我の完全回復の祝いも兼ねて…… とにかく、いろいろな理由があったのである。
堅苦しい会ではない。
大宴会場でクウクウちゃんを囲んで思い思いに楽しむ…… といった感じだ。
俺たちの前には、それぞれ好みの飲み物と食べ物が、どーんと置かれている。誰も給仕に立たなくていいように、という配慮だな。
俺たちだけでなく、クウクウちゃんの前にもちゃんとある。俺とイリスで一緒に錬成したポーション (イチゴ味) の大盃だ。
「では、ドブラの失脚とスライムのみなさんの新たな門出、それにクウクウちゃんの回復を祝って ――」
浴衣姿のベルヴィル議員が
「乾杯!」
「「{{{〈 かんぱーい!!! 〉〉}}}」」
クゥクゥクゥクゥ……!
和やかな雰囲気のなか宴会が始まった。
前世ではこういうの、あまり好きじゃなかったが…… 仲間が楽しそうにしてるって、いいもんだな。
それに、イリスが元気でこの場にいるのが、なにより嬉しい。
俺の視線に気づいたのか、イリスがお酌してくれた。
{リンタローさまのおかげさまで、両親ズに会えたのです!}
「いや……」
俺だけじゃないから、それ。
言い終わる前に、ふたりの銀髪美女に両側からお酌される ―― イリスの両親だ。
{まさしく、なんとお礼を言えばいいのか}{◎△$§>∞を救っていただいたご恩、7回生まれ変わっても、お返しいたします!}
そこに 〈重い! 重いわ、あんたらぁ!〉 と乱入してきたのはゼファー。
「ゼファー? 酒を飲んでるのか?」
〈ひぃっく! たいしたことや、ありまへんのや…… それよりリンタローはん、あんときの支払いの件やけど…… ひぃっく!〉
「《神生の大渦》 ―― ほい、ウ○ンの力と胃薬。のんどけ、ゼファー」
〈…… おおきに……〉
これでよし。
と、ここで。ベルヴィル議員が 「はい、注目ぅ!」 とお
「みなさんにお知らせがあるの! なんと! ドブラと研究員が正式に逮捕されたわよ!」
{やったのです!} {悪の本体が!} {ついに……!}
スライム少女たちが、いっせいに、ぷるんぷるん揺れる…… 良かったな、みんな。
「ふふっ…… 研究員はいま、連日、軽く拷問を受けているわね。
研究員は少し可哀想だが、これでラタ共和国に
「ドブラは?」
「ふっふっふっふっ…… ドブラの野郎はね、なんと」
ここでベルヴィル議員はビールジョッキを手にとり、一気にあおって、どん、と置く。
「なんと! スライムの置物姿のまま、
{ふっ! ざまをみなさい、ですぅ!}
お、イリスもちょっと酔ってるんだな…… 珍しくて、なんだかほほえましい。
{
「もちろん、拘束具と魔力制限装置はつけたまよ? いい見せしめになるわね!」
高笑いするベルヴィル議員。
そのうち、十人委員の会合で中央に行くたびにドブラ・スライムに落書きとかしだすんだろうな…… 目に浮かぶようだ。
「わたくしからも、ひとつ…… いえ、ふたつ」
ソフィア公女もまた、ワイングラス片手に立ち上がる。
「良いほうと悪いほう、どちらからがよろしくて?」
「うーん。じゃ、まあ、良いほうで」
俺のリクエストにソフィア公女はうなずいた。
「例の
「つまりドブラは、スライムの置物として拘束されたまま、一生、悪夢漬けか……」
〈けけけけ。ええ末路でんなあ!〉
当然ながら、誰からも同情されないな、ドブラは……
「それでソフィア公女。もうひとつの悪い報告って?」
「父に…… 逃げられましたの」
ソフィア公女が、うなだれる。
―― ソフィア公女の父親、
ソフィア公女のもとから盗み、元のサイズに戻した、と考えると複数人の協力が必要となるはずだ。
「心あたりは、あるわ」 とベルヴィル議員がお
「実は、十人委員のひとりが最近、姿を消したの。ドブラの逮捕に反対していた裏切り者よ…… 彼が、
〈けど、なんでドブラやのうて 『しゅてきん』 はんを逃がすん?〉
ゼファーのツッコミも、もっともだ…… だが、ここにもうひとつ要素を加えるだけで、事態はかなりシンプルに整理できる。
俺は、思わずつぶやいていた。
「
「リンタロー? なんですって?」
ベルヴィル議員に聞き返され 「いや、なんでもない」 と首を横に振る。まだ推測に過ぎないことだから、はっきりとは言えない ―― だが、俺のなかでは、つながった。
もともと、
これまでの振る舞いから推察するに、ォロティア義勇軍の狙いは、
しかし、
このままセンレガー公爵の手により生産体制が整ってしまえば…… 大陸ごと
―― そうすると俺も、スローライフどころじゃなくなるよな。
目に浮かぶようだ。もともと薬物は専門じゃないのに、依存症患者を救済するために仕方なく睡眠を削り、あちこちと駆け回り、ついには専門の治療院やら互助団体を立ち上げて 『大先生』 とか持ち上げられる人生が……
尊敬してくれる人のてまえ 『本当はのんびり錬金術を極めたかっただけの人生でした。
うん。嫌だ。
ならば、対策は1つ。
―― まずは情報を集めつつ、各地で
ある程度の情報をまとめたところで、アシュタルテ公爵、ソフィア公女、ベルヴィル議員あたりを通じて各国の軍を動かしてもらう。
現状は大陸はいま (前世と比べると驚くほどに) 平和だから、連合軍を出してもらうのにさほど苦労はしないはずだ。
で、ォロティア義勇軍を一網打尽にしたら、雇用維持のため、
{リンタローさま、どうしたんですか?}
イリスがひょい、と俺の顔をのぞきこむ。
{なにか、考えごとですか?}
「うん、ちょっとな…… もしかしてイリス、デスソース入りのハー○ンダッツが食べたい?」
{わーい! はいです! 大当たりなのです!}
喜ぶイリスに 《神生の大渦》 でハー○ンダッツとデスソースを出してあげながら、俺はいま考えていたことを端的に説明してみた。
「医の基本かつ最先端は、予防にあるんだよな。んで重要なのは早期発見と早期治療だ…… イリス、手伝ってくれるか?」
{もちろんなのです! なんでも言ってくださいです! リンタローさまのためなら、たとえ火のなか水のなか、なのです!}
「いや、これからもずっと、俺と一緒にいてくれるだけで、じゅうぶんだから」
{はぅわっ…… は、はひ、でふ……}
イリス、真っ赤になってるな…… デスソースのかけすぎか。
俺は、そっとためいきをついた。
―― これからのことを考えると、正直、かなり面倒くさい。
だが、きっと乗り切れる、とも思ってしまうのだ。
なんたって、なんでもできるスライムさんが一緒なんだから。
(第三章 了)