やっと、できた ――
生命錬成スキルをまだ得ていないのに無理やりやったから、膝から崩れ落ちそうなほどに疲れたが…… なんとか、なった……
アイテムボックスから取り出した
構成するには想像以上に、
むしろ、本番はこれからだ ――
俺は大きく深呼吸し、錬成陣の中央にイリスの両親からもらった触媒を置く。それから、ポーションのなかで眠っているイリスを。
「《|心核《ケルノ》修復 ―― 」
不安が心臓の底から、じわじわとあふれだす。
もし、失敗したら…… いや。
首を横に振り、もう一度、深呼吸。
自身を過信はしないが、無駄な心配もしない ―― もしこれが手術なら、過信も心配も、失敗のもととなるのだから。
ただ、俺にできることを、地道に行うだけだ。
細心の注意をもって、丁寧に……
「《|心核《ケルノ》修復 ―― 錬成開始》」
錬成陣が光を放ちはじめた。
光はやがて、イリスと触媒を包み込むように丸くなる。錬金釜の形…… なかで、
「成功だ……」
俺は思わず、声に出して呟いていた。
これから心核の完全修復までは、3年7ヵ月…… ここで使うのは、もはやおなじみのあのアイテムだ。
俺は 《超速の時計》 を取り出し、錬成陣に青い光を照射する。
「《時間経過 ―― 3年7ヵ月》」
このままいけば、あと30分もかからず
「なるほど。あなたも、
背後から、数時間前に聞いた声がしたのは、そのときだった。
複数の気配…… 集中しすぎていて、気がつかなかった。
俺はゆっくり、振り返る。
実験室の戸口を塞ぐように立っているのは、ドブラ議員と、彼の引き連れた護衛たち。そして、縛られたゼファーとソフィア公女、ベルヴィル議員…… イリスの両親。みんな、ドブラをにらんでいる。
ゼファーが俺の顔を見て、叫んだ。
〈リンタローはん、すんません! せっかく治してもろた羽が、また……〉
一方のドブラ議員は涼しい顔…… というより、表情を悲しげに曇らせている。いかにもな被害者
ともかく。
少なくとも、ドブラが 『国家級の軍事力』 を持っているって情報は嘘じゃなかったみたいだ。警備用
だが、イリスの
「彼女らの扱い、ひどすぎないか?」
俺は、ドブラ議員が無視できないよう声を張り上げる。
「特に! ソフィア公女は無関係だろう? こんな扱いが、センレガー公爵領やニシアナ帝国に知れたら、どうなるか、わかっているんだろうな?」
「ふん。むしろ好都合ですな。彼女が翼竜を使い
損害があったのはドブラ議員の貿易船だけのはずだが…… 『わが国の財産』 とは、大きく出たものだ。
それにソフィア公女の動きを見抜いているとは、もしや……
「ひどい言いがかりですこと! わたくしは、たまたま翼竜で飛んでいただけです!」 と、ソフィア公女が主張する。
「クウクウちゃんを、あんな目に
「ほう…… あくまで無関係と言い張るのでしたら、いずれ、法廷で争うことになるでしょうな。十人委員がすべて味方と、思わぬことだ」
やはり。
十人委員も一枚板ではない。なかには、ドブラ議員の逮捕に反対する者もいた…… 彼らがドブラに、内通していたのかもしれない。
「だが、ドブラ議員。すでにきみの逮捕状は出されているが…… 抗えば抗うほど、不利だろう?」
「その件については誠に遺憾ですが…… 私のことでしたら、ご心配は不要ですな」
「ほう?」
「
言い終わらぬうちに、護衛がいっせいに床を蹴る ―― 一瞬後には、俺は屈強な男たちに取り囲まれていた。
まずい…… あと、少しなのに……
絶対に、錬成陣は守らなければ。
―― だが、護衛たちにはまったく隙がない。
俺がわずかでも動いたら、すぐにも捕縛されてしまうだろう。
どうすればいい……?
焦りだけが、つのる ―― ついに、護衛のリーダー格らしき男が合図した。
「かかれ」
ざっ……
無駄のない動き。男たちは俺にとびかかろうと再び床を蹴り、そして……
す べ っ て
こ け た
―― は? なにが、あったの?
などと戸惑っいる場合ではない。
俺はすかさず、手をかざす。
「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》 、スノードーム、錬成開始…… 《超速 ―― 200倍》」
まずは護衛たちをスノードームに封じる。狭いがちゃんと空気穴つき。
そして。
「なっ、なんですと!? いったいなにが……!」
突然のことに驚くドブラも、同じく
す べ っ て
こ け た
もちろんこっちも、すかさずスノードーム用の錬成陣を展開。
《超速の時計》 はもう制限いっぱいまで使ってしまったから、しかたなく汚水をぶつけて動けないようにする。
汚水は、イリスの両親を巨大アメーバから分離したときにできた、臭さ保証つきのやつだ。
(さっき直接攻撃された研究員がまだ、白目をむいて倒れている)
「ぐっ…… ぐぉごぇええぉぉぉぅろ……」
ドブラ議員もまた、あまりのニオイに悶絶してくれた。その間に、スノードームに封じ込める ―― よし、成功。
「ふう…… あぶなかった」
ついひとりごとが出るが、ほっとしてはいられない。
はやく、捕まったみんなを解放しよう。
「大丈夫か?」
「クウクウちゃんが怪我をしましたの……!」 〈うちは羽だけですわ〉 「油断したわ、まったく!」
声をかけると、それぞれに悔しそうな返事。
その割には、なんでみんな、今にも笑いそうな顔をしながら、床を見ているんだ……?
俺は縄をほどきながら、3人の目線の先を確認する。
さっき、ドブラや護衛たちがいっせいにすべったあたりだ ―― そこには、黄色く細長く薄っぺらいものが、無数に散らばっていた。
バ ナ ナ の 皮 だ ……
ぷるぷるぷるっ
見ていると、バナナの皮はいっせいに揺れだした。
え? なんで動くの? 皮だよね、きみたち!? ―― とツッコみたいが、正体は、なんとなく予測がつく。
…… ほら、やっぱり。
{ぷっはぁぁぁぁ……} {うまく、いきましたねえ} {バナナの皮って滑りが半端ないんですね!} {1/6になるって知ってました? 摩擦が} {南国まで売り飛ばされた経験を、今日ほど感謝したことはないのですっ} {あそこはご主人様も優しかったし、バナナもおいしかったですもんね……}
「つまり、きみたちが、バナナの皮に変身して助けてくれた……?」
確認する俺に、先ほど助けた大量のスライム少女たちは、いっせいにこう答えたのだった。
{{{{{恩返しですから!}}}}}
少女たちから口ぐちに説明されたところによると。
―― つい、数十分前のこと。
実験室の外で待機していたスライム少女たちは、ドブラ議員がこちらに向かうのを見て、あわてて壁と同化した。
そのまま、護衛たちの足元に移動し、タイミングを見計らってバナナの皮として出現。
護衛たちを見事に、すっころばせてくれたのだ。
「いや、ほんと、助かった…… ありがとう」
事情を聞いた俺は、改めてスライム少女たちに頭をさげる。少女たちが一斉にあわてて {はわわ……} {そんなつもりじゃ} {ほんのちょっとした、恩返しなのですっ} などと言っているが……
「有難いものは、有難い」
「まったく、そのとおりよ。今回はお手柄だったわね、あなたたち。すごいわ」
〈ほんまでっせ。ようやらはりましたなあ!〉
ベルヴィル議員とゼファーにほめられ、スライム少女たちから、ほのあかいグリッターが舞った。イリスみたいだな…… もうすぐ、会えるはずだ。
ちなみにソフィア公女は、まだバナナの皮にツボっているらしい ―― 縄を解かれてからずっと、口元を抑えて笑っている……
「バナナの皮の殺傷力が、いろんな意味ですごい」
「ひぃぃっ…… も、もうやめて、リンタロー…… ぷぷぷぷっ……」
ベルヴィル議員がぱんぱん、と両手を打った。
「さて、積もる話は、ここを出てからにしない? …… と言いたいのだけれど、それは? なにか錬成中かしら? こんなときに?」
ベルヴィル議員の視線の先にあるのは、イリスの
「すまん、あと10~15分くらいだと思うんだが、待ってもらえると有難い」
俺がごく簡単に事情を説明するとベルヴィル議員は、あっさりとうなずいた。
「それくらい、わけないわね。もうドブラの野郎も捕らえたわけだし…… リンタロー、改めて礼を言うわ」
「わたくしも」
ソフィア公女がスカートの端をつまんで足を後ろに引き、頭を下げる ―― 貴族が偉い人にやるお辞儀だ。大げさだな、ソフィア公女。
「リンタローのおかげで、わたくしたち、助かりましたわ…… ありがとう」
「いや、それは違う」
どっちかといえば、スライム少女たちのバナナの皮変身のおかげだし、あれこれの経緯を考えれば、ベタではあるが 『みんなのおかげ』 と言うしか……
と、俺が言う前に。
ピシッ…… ピシッ……
ガラスにヒビが入るような音がした。
ドブラ議員を入れたスノードームのほうだ…… うそだろ。
{まさか} {また、あの神聖魔法を……!?}
イリスの両親のがくぜんとした声と。
〈そんな、あほな……〉 「まだ、余力があったのか……」 とつぶやく、ゼファーとベルヴィル議員の声。
そして、ソフィア公女の 「みなさん、逃げて!」 という悲鳴のような声が、俺に、これが現実だと教えてくれる。
ドブラ議員を封じたはずの強化ガラスは、もろくも崩れ去ろうとしていた ――