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第41話 スライムさんたちは最強だった

 やっと、できた ――

 生命錬成スキルをまだ得ていないのに無理やりやったから、膝から崩れ落ちそうなほどに疲れたが…… なんとか、なった……

 アイテムボックスから取り出した上級ハイポーションをのんでHPとMPを回復させつつ、俺は構成したばかりの錬成陣を見た。


 バフォメット解析と統合アシュタルテマルドゥークバアルレプトルキア ―― 全ての要素が複雑に絡み合った、13重の錬成陣。


 構成するには想像以上に、魔力MP体力HPも必要だった…… が、これで終わりでは、もちろんない。

 むしろ、本番はこれからだ ――


 俺は大きく深呼吸し、錬成陣の中央にイリスの両親からもらった触媒を置く。それから、ポーションのなかで眠っているイリスを。


「《|心核《ケルノ》修復 ―― 」


 不安が心臓の底から、じわじわとあふれだす。

 もし、失敗したら…… いや。

 首を横に振り、もう一度、深呼吸。

 自身を過信はしないが、無駄な心配もしない ―― もしこれが手術なら、過信も心配も、失敗のもととなるのだから。

 ただ、俺にできることを、地道に行うだけだ。

 細心の注意をもって、丁寧に……


「《|心核《ケルノ》修復 ―― 錬成開始》」


 錬成陣が光を放ちはじめた。

 光はやがて、イリスと触媒を包み込むように丸くなる。錬金釜の形…… なかで、魔素マナと触媒がイリスに注がれているのがわかる。


「成功だ……」


 俺は思わず、声に出して呟いていた。

 これから心核の完全修復までは、3年7ヵ月…… ここで使うのは、もはやおなじみのあのアイテムだ。

 俺は 《超速の時計》 を取り出し、錬成陣に青い光を照射する。


「《時間経過 ―― 3年7ヵ月》」


 このままいけば、あと30分もかからず心核ケルノの修復が完了し、イリスが目を覚ますはず ――


「なるほど。あなたも、シニョリーナお嬢ちゃんのお仲間でしたとは」


 背後から、数時間前に聞いた声がしたのは、そのときだった。

 複数の気配…… 集中しすぎていて、気がつかなかった。

 俺はゆっくり、振り返る。

 実験室の戸口を塞ぐように立っているのは、ドブラ議員と、彼の引き連れた護衛たち。そして、縛られたゼファーとソフィア公女、ベルヴィル議員…… イリスの両親。みんな、ドブラをにらんでいる。

 ゼファーが俺の顔を見て、叫んだ。


〈リンタローはん、すんません! せっかく治してもろた羽が、また……〉


 一方のドブラ議員は涼しい顔…… というより、表情を悲しげに曇らせている。いかにもな被害者ヅラだ。

 ともかく。

 少なくとも、ドブラが 『国家級の軍事力』 を持っているって情報は嘘じゃなかったみたいだ。警備用機械生命オートマタだけじゃなく、護衛の実力も半端なかったんだろう。

 だが、イリスの心核ケルノ修復の、邪魔だけはさせない ―― 時間を稼がねば。


「彼女らの扱い、ひどすぎないか?」


 俺は、ドブラ議員が無視できないよう声を張り上げる。


「特に! ソフィア公女は無関係だろう? こんな扱いが、センレガー公爵領やニシアナ帝国に知れたら、どうなるか、わかっているんだろうな?」


「ふん。むしろ好都合ですな。彼女が翼竜を使い大海蛇シーサーペントを暴れさせ、わが国ラタ共和国の財産に大きな損害を与えたこと、ニシアナ帝国には、ぜひ詫びていただきたい」


 損害があったのはドブラ議員の貿易船だけのはずだが…… 『わが国の財産』 とは、大きく出たものだ。

 それにソフィア公女の動きを見抜いているとは、もしや……


「ひどい言いがかりですこと! わたくしは、たまたま翼竜で飛んでいただけです!」 と、ソフィア公女が主張する。


「クウクウちゃんを、あんな目にわせたこと…… わたくし、決して許しませんわ!」


「ほう…… あくまで無関係と言い張るのでしたら、いずれ、法廷で争うことになるでしょうな。十人委員がすべて味方と、思わぬことだ」


 やはり。

 十人委員も一枚板ではない。なかには、ドブラ議員の逮捕に反対する者もいた…… 彼らがドブラに、内通していたのかもしれない。


「だが、ドブラ議員。すでにきみの逮捕状は出されているが…… 抗えば抗うほど、不利だろう?」


「その件については誠に遺憾ですが…… 私のことでしたら、ご心配は不要ですな」


「ほう?」


十人委員警察&裁判所は、取引に応じるでしょう。人質全員の生命と、私の亡命とのね……!」


 言い終わらぬうちに、護衛がいっせいに床を蹴る ―― 一瞬後には、俺は屈強な男たちに取り囲まれていた。

 まずい…… あと、少しなのに…… 

 絶対に、錬成陣は守らなければ。

 ―― だが、護衛たちにはまったく隙がない。

 俺がわずかでも動いたら、すぐにも捕縛されてしまうだろう。

 どうすればいい……?

 焦りだけが、つのる ―― ついに、護衛のリーダー格らしき男が合図した。


「かかれ」


 ざっ……

 無駄のない動き。男たちは俺にとびかかろうと再び床を蹴り、そして……


 す べ っ て

  こ け た


 ―― は? なにが、あったの?


 などと戸惑っいる場合ではない。

 俺はすかさず、手をかざす。


「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》 、スノードーム、錬成開始…… 《超速 ―― 200倍》」


 まずは護衛たちをスノードームに封じる。狭いがちゃんと空気穴つき。

 そして。


「なっ、なんですと!? いったいなにが……!」


 突然のことに驚くドブラも、同じく


 す べ っ て

  こ け た


 もちろんこっちも、すかさずスノードーム用の錬成陣を展開。

 《超速の時計》 はもう制限いっぱいまで使ってしまったから、しかたなく汚水をぶつけて動けないようにする。

 汚水は、イリスの両親を巨大アメーバから分離したときにできた、臭さ保証つきのやつだ。

(さっき直接攻撃された研究員がまだ、白目をむいて倒れている)


「ぐっ…… ぐぉごぇええぉぉぉぅろ……」


 ドブラ議員もまた、あまりのニオイに悶絶してくれた。その間に、スノードームに封じ込める ―― よし、成功。


「ふう…… あぶなかった」


 ついひとりごとが出るが、ほっとしてはいられない。

 はやく、捕まったみんなを解放しよう。


「大丈夫か?」


「クウクウちゃんが怪我をしましたの……!」 〈うちは羽だけですわ〉 「油断したわ、まったく!」


 声をかけると、それぞれに悔しそうな返事。

 その割には、なんでみんな、今にも笑いそうな顔をしながら、床を見ているんだ……?

 俺は縄をほどきながら、3人の目線の先を確認する。

 さっき、ドブラや護衛たちがいっせいにすべったあたりだ ―― そこには、黄色く細長く薄っぺらいものが、無数に散らばっていた。


 バ ナ ナ の 皮 だ ……


 ぷるぷるぷるっ

 見ていると、バナナの皮はいっせいに揺れだした。

 え? なんで動くの? 皮だよね、きみたち!? ―― とツッコみたいが、正体は、なんとなく予測がつく。

 …… ほら、やっぱり。 


{ぷっはぁぁぁぁ……} {うまく、いきましたねえ} {バナナの皮って滑りが半端ないんですね!} {1/6になるって知ってました? 摩擦が} {南国まで売り飛ばされた経験を、今日ほど感謝したことはないのですっ} {あそこはご主人様も優しかったし、バナナもおいしかったですもんね……}


「つまり、きみたちが、バナナの皮に変身して助けてくれた……?」


 確認する俺に、先ほど助けた大量のスライム少女たちは、いっせいにこう答えたのだった。


{{{{{恩返しですから!}}}}}


 少女たちから口ぐちに説明されたところによると。

 ―― つい、数十分前のこと。

 実験室の外で待機していたスライム少女たちは、ドブラ議員がこちらに向かうのを見て、あわてて壁と同化した。

 そのまま、護衛たちの足元に移動し、タイミングを見計らってバナナの皮として出現。

 護衛たちを見事に、すっころばせてくれたのだ。 


「いや、ほんと、助かった…… ありがとう」


 事情を聞いた俺は、改めてスライム少女たちに頭をさげる。少女たちが一斉にあわてて {はわわ……} {そんなつもりじゃ} {ほんのちょっとした、恩返しなのですっ} などと言っているが……


「有難いものは、有難い」


「まったく、そのとおりよ。今回はお手柄だったわね、あなたたち。すごいわ」


〈ほんまでっせ。ようやらはりましたなあ!〉


 ベルヴィル議員とゼファーにほめられ、スライム少女たちから、ほのあかいグリッターが舞った。イリスみたいだな…… もうすぐ、会えるはずだ。

 ちなみにソフィア公女は、まだバナナの皮にツボっているらしい ―― 縄を解かれてからずっと、口元を抑えて笑っている……


「バナナの皮の殺傷力が、いろんな意味ですごい」


「ひぃぃっ…… も、もうやめて、リンタロー…… ぷぷぷぷっ……」


 ベルヴィル議員がぱんぱん、と両手を打った。


「さて、積もる話は、ここを出てからにしない? …… と言いたいのだけれど、それは? なにか錬成中かしら? こんなときに?」


 ベルヴィル議員の視線の先にあるのは、イリスの心核ケルノを修復中の錬成陣。いま、ちかちかと目まぐるしく点滅する光を放っている……


「すまん、あと10~15分くらいだと思うんだが、待ってもらえると有難い」


 俺がごく簡単に事情を説明するとベルヴィル議員は、あっさりとうなずいた。


「それくらい、わけないわね。もうドブラの野郎も捕らえたわけだし…… リンタロー、改めて礼を言うわ」


「わたくしも」


 ソフィア公女がスカートの端をつまんで足を後ろに引き、頭を下げる ―― 貴族が偉い人にやるお辞儀だ。大げさだな、ソフィア公女。


「リンタローのおかげで、わたくしたち、助かりましたわ…… ありがとう」


「いや、それは違う」


 どっちかといえば、スライム少女たちのバナナの皮変身のおかげだし、あれこれの経緯を考えれば、ベタではあるが 『みんなのおかげ』 と言うしか……

 と、俺が言う前に。


 ピシッ…… ピシッ……


 ガラスにヒビが入るような音がした。

 ドブラ議員を入れたスノードームのほうだ…… うそだろ。


{まさか} {また、あの神聖魔法を……!?}


 イリスの両親のがくぜんとした声と。


〈そんな、あほな……〉 「まだ、余力があったのか……」 とつぶやく、ゼファーとベルヴィル議員の声。

 そして、ソフィア公女の 「みなさん、逃げて!」 という悲鳴のような声が、俺に、これが現実だと教えてくれる。


 ドブラ議員を封じたはずの強化ガラスは、もろくも崩れ去ろうとしていた ――

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