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第39話 筋肉は役に立った

 癖のある濃い金髪と深いあおの目。しっかりと筋肉のついた、堂々たる体躯。そして…… トランクスいっちょうの露出ファッション。


〈いややぁ……〉


 ゼファーが、3歩ぶんほど後ろに退き、俺の陰に隠れる。


〈なんなん、このひと。昼間っから、ぱんいちですやん〉


「彼にこのスタイルを、許可したのは私ですが。なにか?」


 研究員の目付きが、若干あやしい。


「……筋肉好きなのか?」


「こほんっ! そそそそ、そういうわけではなくてですね! たしかに、毎回ハチ切れる筋肉で服が破けてしまうのも素敵ですけどっ! 普通に鍛え上げた筋肉が常時鑑賞できるというのも、なかなか美味しくて…… ではなく、普通に、服がもったいないからです! はいっ!」


 うん、だいたいわかった。

 ―― とすると、この男がここにいる理由は、ドブラ議員の研究施設の用心棒として雇われた、ってところか……?

 だが、そんな地位に甘んじるような男だったかな。プライド高そうなのに。


「えーと、センレガー公爵? 生活に困ってるなら、おとなしく、お嬢さんソフィア公女のもとに戻ったらどうだ? ソフィア公女とカイル皇子なら、老後の生活くらいは保証してくれるだろ」


「ふん。我輩は、余生など送っていられぬのだよ。使命が、あるのでね」


「使命? 用心棒が?」


「ふんっ…… 貴様がごとき青二才には、わからぬ」


 センレガー公爵は、神聖魔法の詠唱を始めた ―― まあ、それなら俺も。


「《神生の螺旋》!」


 俺の手に現れたのは、もはやお約束のあれだ。

 俺は静かに、センレガー公爵の詠唱が終わるのを待った。

 やがて。


「〔神聖なる筋肉ホーリー・マッスル〕!」


 センレガー公爵の肉体はプチプチと軽く音をたてながら、数倍以上の大きさにふくれあがっていく ―― よし。

 そろそろ、頃合いだな。

 俺のほうの構えは、ばっちりOKだ。


「うがぁぁ…… 「-196℃の世界へようこそ」


 お約束な感じに雄叫おたけびを上げはじめたセンレガー公爵に、俺は、まんべんなく液体窒素をふりかけたのだった。

 ―― ビックリした顔のまま凍る、センレガー公爵。

 いや…… この液体窒素ボンベが出現した時点で、俺が前と同じ手に出るって、なんで予想できないんだ? 認知症か?

 まあ、それはともかく ――


「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》 、スノードーム、錬成開始…… 《超速 ―― 200倍》」


 すかさず、スノードームを作ってセンレガー公爵を閉じ込める。いっちょあがり。

 今回は空気孔も作っておいたから、酸欠の心配はない。このまま閉じ込めて、あとでソフィア公女に引き渡そう。


【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが21になりました。MPが+14、技術が+18されました。鍛冶スキルがlv.3になりました。特典能力 《神生の螺旋》 の使用回数が30になりました。MPが全回復しました! レベルアップ特典として特殊スキル 《縮小化》 が付与されます】


 お、2レベルもアップしたうえに 《縮小化》 ゲットか。どんなサイズのものも、すべて小さくしてアイテムボックスに入れられるスキルだ。

 もっとも、1日1回までしか使えないが…… まあ使用制限はあっても問題ない。例えば、巨大な竜を倒して持ち帰るとか、そういうときに使うスキルなので ―― ん? なら当然、スノードームもミニサイズにできるんじゃないか?

 俺は、センレガー公爵入りのスノードームに手をかざしてみた。


「《縮小化》」


 スノードームに、錬成陣が浮かび上る。バフォメット解析と統合ルキア、2つの紋章からなる特殊錬成陣 ―― スキルがなければ働くことのない錬成陣だ。

 錬成陣に包まれるようにして、スノードームが小さくなっていく…… 生き物入りでも縮小できちゃうの、エグいな。やったのは俺だが。


〈ふわぁぁ…… ちいそうなっても、かわいくは、なりまへんもんやねんなあ〉


「え? かわいいですよ!」


 どん引きつつ、ミニチュアの筋肉男入りスノードームを眺めるゼファーに、研究員は信じられない、という目を向ける。その形の良い鼻から血が一筋、つっと垂れた。


「《神生の螺旋》 ―― ほい、ティッシュで鼻拭け」


「ど、どうも…… あのっ、私!」


「なんだ?」


「私、きちんと、スライム奴隷解放に協力しますから! 解放したあとは、これ、いただけますか?」


「そうだな…… 血縁者に確認しないと、俺の一存ではなんとも」


「では確認、ぜひとも宜しくお願いします! なんでも言うこと聞きますから!」


「そういうこと、見境なく言うなよ?」


「はぁ、はぁ、はぁ…… しゅてきん…… かわい…… はぁ、はぁ……」


 俺がスノードーム (センレガー公爵入り) をアイテムボックスにしまうと、研究員は 「あああっ!」 と小さく悲鳴をあげた。これはガチだな。

 ―― どうやら、彼女にスライム奴隷の救出を邪魔される可能性は、減ったみたいだ。


「よし、さっさとスライムさんたちを救出しよう」


 ここからは俺が、イリスに恩返しする番だ ―― 

 俺は少女の姿のスライムたちが眠っている水槽に、手をかざした。

 これから使うのは、村で暮らしている間に得たレベルアップ特典のスキル ―― 今回は間違いなく役立つはずだが、かなりMPを減らす技でもある。もっとも、俺にはイリスとお祖父ちゃんがくれた 《不屈の腕輪》 があるので、さほど心配ないが。 


「《分解》」


 水槽に各大魔族の紋章を1つずつ並べた、特殊錬成陣が刻まれる…… 中央のバフォメット解析と統合が半分しかないのは、今回は 《統合》 の力を使わないからだ。


 ―― 数瞬ののち。

 部屋から、水槽がきれいに消えた。

 《分解》 は、アイテムを原材料レベルにまで戻すスキルなんである。

 俺の目の前に並ぶのは、ポーションとあやしい液体 (おそらく夢見草ハルオピオの抽出液) がそれぞれ分けられて入っている大量のガラス瓶。

 そして、目をさましたスライム少女たち ―― 彼女らは、感動と感謝に満ちあふれた表情で、俺に迫ってきていた。


{助けてくださったのは、あなたですね} {ありがとうございます!} {ほんとうに、ありがとうございます} {感謝申し上げます} {恩返し……} {そうです、恩返しを……} {シュリーモ村秘伝の……} {恩返し……!}


「うぅっ、うわぁっ!」


 逃げないと俺、まじで死ぬかも ―― ん?

 足に力が入らない。

 もしかして俺、腰、抜かしてる……?

 情けなすぎるだろ、俺…… いやどうしよう、これ。


〈ちょっと、あんたら! それ以上、寄ったらあかん!〉


 ゼファーが止めてくれようとしても、多勢に無勢。

 もはや、大量の少女たちとの距離が、ものすごく近い。

 俺、いつまでもつのかな……


「待ちなさい、あなたたち」


 研究員が、俺とスライム少女たちの間に立ちはだかった。

 ぴたり、と動きを止める少女たち。


{悪の手先……!} {助けて} {いや、こないで……!} {もう許して}


 嫌われてるな、研究員。

 だが、それだけに、効果は抜群だ。

 ぷるぷる震えながら、スライム少女たちが後退しはじめる。

 そして研究員は、眉ひとつ動かさず、こう言い放ったのだった。


「私の観察によれば、このひとは、人間の女性よりも、スライムの姿のままでのプレイが好みです……!」


 それはない。

 ―― だが、俺にとって好都合では、ある (複雑な心境)

 まあ、ここは肯定したほうが俺の身を守れそうだな。


「そのとおりだ…… あと、まだ、きみたちの仲間を助けないといけないから、恩返しは、あとにしてくれたほうが助かる」


{わかりました} {そういうことなら……} {またのちほど、きちんと} {大丈夫です} {どのような性癖のおかたでも、わたしどもは受け入れ可能ですから} {ご安心くださいね!}


 ちっとも安心できないが、とりあえず、スライム少女たちは引いてくれた。


「助かった…… 研究員、ありがとう」


「いえ…… そのかわり、しゅてきんなあれを…… ぜひ、私に…… はぁ、はぁ……」


「一応、言ってはみるけどな」


〈はよ、次いきまひょ〉 と、ゼファーが研究員の首環についたひもを引っ張った。


 「しゅてきんのため…… しゅてきんの……」 


 研究員が壁のロック解除方法を教えてくれ、俺たちは先に進む。スライム少女たちは部屋の外で待機。

 先に逃げるよう俺が言っても、 {恩返しが終わるまでは離れません!} と聞き入れてくれなかったのだ。ほんと、義理がたい。


 ―― 次の部屋は、なんだか荒れていた。

 机の位置がずれ、椅子や棚は倒れて、部屋じゅうにトレーや割れた試験官などの実験用具や書類が散らばっている。

 隅のほうに、フタが開けっぱなしになって、倒れたケージ。


「この部屋は、の実験室だな?」


 俺がたずねると、研究員は無言でうなずいた。


「スライムさんは何人、いる?」


「いまの被験体は2体…… 前のがダメになったので、ドゥート皇国のほうにまで手を回して、なんとか購入したばかりだったんです。実験を急いだためか、こちらも、もうダメになりかけてしまっているのですが…… 困ったものです」


〈うっわ…… ダメとか買うとか…… ひど〉


 俺も同感だ、ゼファー。

 わかっていないのか、研究員は言い訳を始めた。


「スライムならどの奴隷でもいいわけでは、ないんです。より人間に近いほうがいいので、被験体の条件は、長年、人間の国で人体化して暮らしていたスライムと決めています」


「もう一度言うが、それダメなやつ」


「はい…… 差し入れはぜひ、しゅてきんなシュノードームでおねがいひまふ……」


 捕まる覚悟ができてるのはいいけど、俺が差し入れすると思ってるのか…… 普通に図々しいな。

 まあ、いまは、これ以上ツッコむまい。


「で、そのスライムさん2名は、どこに……?」


 俺が尋ねようとしたとき。

 ぼとっ

 ネバネバした巨大ななにかが、天井から落ちてきた。小柄な大人なら、2~3人はすっぽり入りそうなサイズだ。

 古くなって固まりかけた、ベトベトの油に似ているが…… 動いている?

 さしずめ巨大アメーバといったところか。


「まさか、これ」


 俺が研究員に確認する前に ――

 そいつは、まるで俺の口を封じようとするみたいに、急に襲いかかってきた。

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