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第38話 研究員がなかまになった

 俺のフライパン攻撃で無事に、脳しんとうを起こしてくれたようだ。

 女性研究員は、しばらくふらついたあと、頭を押さえて膝をつき、うずくまった。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが19になりました。HPが+8、力が+4、防御が+4、素早さが+3 されました。体力が全回復しました!】


 レベル2up!? 研究員、そんなに強いの?


【じつはさっき。警備用機械生命オートマタで1upしてました…… 空気読んで言ってなかったんですがww それに研究員のほうは、ほぼソロプレーでしたから、経験値がほぼ2倍です】


 だと? 俺としては、研究員の注意を引きつけてくれたゼファーに、もっと経験値が入ってもいいと思うんだが?


【鳥人にとって、あの程度の回避は大したことありませんからww】


 なるほどな。それなら了解だ、AI。


【wwww】


 ―― さて、と。研究員をとりあえず倒したとはいえ、まだ終わりじゃない。


「《錬成陣スキップ ―― ガラス装飾》 、スノードーム、錬成開始…… 《超速 ―― 200倍》」


 俺は、研究員の周囲に錬成陣を描き、スノードームを作成。

 無限注射器を繰り出す危険人物は、封じ込めるに限るからな…… よし、封入完了。


「なに、これ……」


 はっと気付いた様子で、研究員が顔を上げた。


「ちょっと、どういうつもりですか? 出してくださいよっ」


「気の毒だが、その要望を聞いてあげるには、きみは暴れすぎた」


〈ほんまや…… ていうかリンタローはん? 注射器、刺さってたんちゃう、さっき!?〉


 天井から舞い降りたゼファーが、俺の服を無理やり、めくろうとする。


「えっと、ちょっと、やめてくれるかな?」


〈いやや! ヘンなモノが刺さって、リンタローはんにケガでもあったら……! うち、イリスはんに、なんて謝ればいいのん!?〉


「いや、別にゼファーのせいじゃないだろ」


 ゼファーは俺の服の胸元にを発見し、泣きそうな顔になった。


〈なんか濡れてる! 血ぃやなさそうやけど……〉


「うん。血じゃなくて、だ。あれは、を体内に注入するための道具なんだよ」


〈へ!? それって……!〉


「いや、運良く、俺の体内には、ほとんど入っていないんだ。だから服が濡れたんだろう」


〈そっかぁ…… はぁぁぁ…… 良かったぁぁぁ……〉


「心配かけて、すまん」


〈ほんまやで!〉


「ちょっと……! イチャイチャしてないで、ここから出しなさい、ってば!」


 研究員が、ガラスを叩いて、どなる。

 イチャイチャは、全然してないと思うが……?


「いや、それ、ゼファーに失礼だぞ?」


〈ほっ、ほんまですわ!〉


「ふーん……」


 意味深にジト目になるなよな、研究員め。


「さて」


 俺は立ち上がり、研究員をおおっている強化ガラスを軽く叩いた。


「ここから出してやれるかは、きみの情報次第だ」


「なにも知らないですし、言わないに決まってるでしょ」


「俺たちは、スライム奴隷を解放するための協力がほしい。きみが協力してくれるなら、そこから出るのを手助けしてやらないこともない」


「ふんっ……」


 研究員はガラス越しでもはっきりとわかるくらいの鼻息を出し、腕組みをする。


「いいですか? スライムは、貴重な魔素マナ供給源であり、被験体でもあるんですよ!? 解放したいだなんて言われて、協力できるわけ、あります? 奴隷がかわいそう? はっ! お気持ちだけの愚かな主張をして、この国の発展を妨げるならば、それってもう、テロじゃないですか? 私の言うこと、違います?」


「さあ? きみが話し合えないタイプの人間であることだけは、よくわかったが」


 俺はガラスドームに背を向け、奥に向かって歩き出した。


「行こう、ゼファー」


〈ほやな。行きまひょ〉


「ちょっと、それは人としてどうかと思いますが!? 私を、このままにしておく気ですか?」


 背後でぎゃあぎゃあとわめかれているが、まったくそのとおりなので返事はしなくてもいいだろう。

 去っていく俺たちの背に、さらに研究員の声が突き刺さった。


「そんな非人道的なことが、許されると思ってるのですか?! 十人委員警察&裁判所に訴えますよ!」


「…………」


 この研究員、自分がスライム奴隷たちをもっと酷い目に遭わせてることに関しては、ノーカンなのか…… 痛ましいまでの、視野の狭さだ。研究しすぎかな? かわいそうに。

 なら、これだけは言っておいてあげよう。

 俺は立ち止まり、ガラスドームのそばに戻った。


「その十人委員が、スライム奴隷の解放とドブラ議員の逮捕を決めたんだ」


「…………っ! そんな、バカな……っ!」


「それが今の世相。スライム奴隷で実験を繰り返し、俺とゼファーを被験体にしようとしていたきみは、紛れもなく犯罪者だ」


「そっ…… そんな……っ、じゃあ、国の産業の発展は……」


「人道をぶっ壊し他者を犠牲にしてまで発展する必要はないと、そういうことだな」


「…………っ」


 研究員は、ガラスドームのなかで崩れた。

 じっと下を見つめ、ぶつぶつとなにやら呟いている。自分がこれまで正しいと思ってやってきたことが間違いだとわかる瞬間、きついよな…… よくわかるわ。

 まあ、このあとどうするかは、本人次第。

 俺たちは、早く先に行かないと ―― あ、忘れるところだった。

 本当に言っとかなきゃいけないことが、もうひとつ。


「あーあと研究員さん。これ、完全に密閉されてる強化ガラスだから」


「だからなんですか!?」


「中に入ってる空気が約200リットルとすれば、もって4時間程度じゃないかな? 呼吸1回あたりの平均換気量が0.5リットルだから。まあ、酸欠になる前にがんばれ」


「あなた悪魔!?」


「いや、ただの錬金術師だ」


 よし、今度こそ、あとのことは本人次第だ。

 俺たちに協力するならガラスドームから出してもいいが、協力しないならば、自力でどうにかすればいい ――


「じゃな」 〈はよ、いきまひょ〉


 三度目の正直で先に進みはじめた俺とゼファーに 「ま…… まってください!」 と研究員が叫んだ。


「協力します! しますから、ここから出して……!」


 ―― 10分後。

 俺たちの前には、両手と身体とをガムテープでぐるぐる巻きに縛られた研究員がいた。

 協力しないときには問答無用でガラスドームに閉じ込めることを条件に、出してあげたのだ。 

 ゼファーの主張で首輪もつけているが…… ヒモは俺が持つと変態っぽくてイヤなので、ゼファーに持ってもらって移動。

 研究員は、すっかりおとなしくなっている…… いまのところは。


「次の部屋は、スライム奴隷の飼育室でした」


「でした?」


「いまは、2体をの試験に、残りを魔素マナ抽出に回しているため、普通に飼育している個体はいません…… ここ数ヶ月は供給も、ほとんどなくて。困ってるんですよ。繁殖させようにも、なぜか女性体ばかりで研究が進みませんし」


「あー……」


 スライムは♂も人間女性の姿になるんだが、人間の常識でスライムを測ってもわからんよな。


 部屋と部屋の間の壁は簡易式のロックがかかっていて、決められた部分を押すと左右に開く仕様だった。

 俺たちは意外ときれいなスライムの飼育室をとおり、隣の部屋に向かう…… イリスの映像にもあった、魔素マナ抽出用のスライム奴隷培養室だ。

 太い管のついた水槽のなかに、目を閉じ身体を丸めた少女たちが浮かんでいる…… 前世のSFアニメでもこんなの、あったな。人工子宮で赤ちゃんを育てているシーンだ。


「彼女ら、眠っているのか?」


「半覚醒状態…… というところですね。暴れないよう、夢見草ハルオピオの抽出液をポーションに混ぜていますので」


「それ、夢見薬ドゥオピオとは違うのか?」


夢見薬ドゥオピオハルの抽出液をさらに精製したものです…… よく知っていますね? 先日、発売されたばかりのはずですが」


「ああ、ちょっとな」


「そうですか。あれは問題がまったくないとは言いませんが、じゅうぶんに売れるですからね」


 研究員の口調には、罪悪感がまったくない。

 としてのおそろしさに気づいていないのか、摂取は個人の責任だと思っているのか…… だが、いま、責めている時間はないな。  


「まずは、ここのスライムさんたちを解放しよう」


 俺が宣言したとき。


「ふん…… そうはさせぬ」


 見覚えのある人影が、水槽の裏から現れた ――

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