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第36話 人は見た目じゃなかった

「ドブラ議員か」 「あのクソ野郎ね!」


 俺とベルヴィル議員のセリフが、重なる。

 いやまあ95%くらい、そうじゃないかと思ってたけどな。


 ―― ドブラ議員は、スライム奴隷から魔素マナをしぼりとり、イリスの両親をの実験台にし、前センレガー公爵からなんらかの協力を得て、政敵であるベルヴィル議員を夢魔ナイトメアに襲わせた……

 つまり、イリスが動かなくなった直接的・間接的原因のすべてがドブラ議員にあるといってもいいのだ。

 よし、さっさと倒そう。そして、イリスとイリスの両親と、スライム奴隷たちを助ける。


「許せませんわ!」 〈天誅でんな!〉


 ソフィア公女とゼファーも力強く、うなずく。

 俺たちはさっそく、作戦会議に入ったのだった ――


 3日後。ベルヴィル議員の申請により招集された十人委員警察&裁判所の緊急会議にて、俺たちはドブラ議員がスライム奴隷や夢魔ナイトメアを違法に使い利益を得ていることを証言。

 委員は賛成多数でドブラ議員の逮捕状おすみつきを出してくれた。

 この国ラタ共和国は、奴隷が建てた国であるため、奴隷を使う者には厳しい ―― 事前に、ベルヴィル議員から聞いていたとおりだ。

 ドブラ議員の逮捕を指揮するのは、ベルヴィル議員。ドブラ議員邸があるのは8区だが、8区の委員が3区のベルヴィル議員に仕事を譲った形だ。

(それだけベルヴィル議員の怒りが、すさまじかったともいえる)

 俺たちは別行動をとり、スライム奴隷の救出を行う。イリスの両親さえ助けたら、イリスの心核コロケルノを修復する錬成陣について聞き出せるはずだ。

 あと少しで ―― イリスにまた、会える。




「じゃな。健闘を祈る」


「あら。リンタローとゼファーもね」


「ドブラは任せてね、リンタロー!」


〈あとで、お祝いやで! イリスはんも一緒に、みんなでな!〉


 十人委員の緊急会議から、さらに5日経った朝 ――

 ドブラ議員の逮捕作戦は、ついに決行を迎えた。

 ソフィア公女は、リベレコ港へ。狙いは、港に停泊しているドブラ議員の交易船である。ソフィア公女ならではのやりかたで、船を破壊して積み荷と兵力に損害を与え、ドブラ議員をいえから引きずり出す。

 ドブラ自慢の私兵は、本人の護衛以外はすべて機械生命オートマタであるらしい。ソフィア公女は 『なら、簡単ですわね』 と、いかにもお嬢様っぽい顔に美しい笑みを浮かべてのたまっていた。結果がこわ…… いや、楽しみだ。

 そしてゼファーと俺は、普通に行商人と錬金術師としてドブラ邸へ向かった。


°○。°。°○。° 


〈このリンタローはんっちゅうおひとの凄いところはやね、どんなケガや病気でも、錬金術で、ふぁさっと治してしまいよるとこなんですわ〉


「ほう…… それは前代未聞ですな。真実ほんとうだとしたら、素晴らしい」


〈もちろん、ほんまのことでっせ〉


 ドブラ邸の応接室。

 滑らかな営業トークを繰り出すゼファーに、割かし好意的な反応をしてくれているのは、ドブラ議員そのひとだ。

 白髪まじりの茶色の髪と明るい茶色の瞳。少し垂れ目がちで口角のあがった、人なつこい犬みたいな顔立ち ―― このひとが裏でやってることをあらかじめ知らなかったら、絶対に誤解する。 『良い人』 だと。


〈ほら〉 と、ゼファーは背中の翼をひろげ、ドブラ議員に見せる。 


〈おたくの警備用機械生命オートマタに撃たれた、うちの風切羽も。錬金術師さまのおかげで、このとおり、すっかり治ってますわ〉


「ああ…… その件は、申し訳ありませんでしたな。改めて、補償を……」


〈そんなん、ええですから。そのかわりと言うてはなんですが、ぜひ、このひと使つこうたってくださいな。損は、させまへんよって〉


「そうですなあ…… 錬金術で怪我は治せるかもしれませんが…… たとえば夢見の悪さなどは、無理でしょうな」


 ―― かかった。

 実は俺たちはここ1週間ほど、ドブラ議員に夢魔ナイトメアをけしかけていたのだ。

 ベルヴィル議員を襲っていた夢魔ナイトメアと、ソフィア公女が新たに契約魔法を結んでドブラ議員を毎晩襲わせたんである。目標達成後は解放することを約束すると、夢魔ナイトメアは大いに乗り気でソフィア公女と契約してくれた。

 これまでの復讐に、とびきりの悪夢を見せると張り切っていたから ―― ドブラ議員はかわいそうだが、自業自得だな。

 俺はさりげなさを装い、ドブラ議員の顔を見た。目の下にうっすらクマができている。


「夢見が……? よく眠れないのか?」


「仮に、の話ですな。錬金術師では夢見の悪さなど、どうにもできますまい」


「まあ、そうだな」


 だが、なにも期待していなければ、俺のような無名の錬金術師に、わざわざ会おうとは思わないはずだ。

 本心では、わらにもすがりたい。けれど得体の知れない者に弱みを見せるわけにはいかない…… といったところか。

 ならば望みどおり、わらの役割をしてやろう。もともと、それが狙いだ。

 ―― 夢魔ナイトメアのせいだと明かさずに悪夢を治療する方法についてのトークを繰り広げ、時間稼ぎをする。

 その間に、ソフィア公女が竜使いの能力で大海蛇シーサーペントを暴れさせてドブラ議員の交易船を破壊する予定だ ――


「夢見はどうにもならないが、よくなら、ある」


「ほう。ですか……」


「心あたりが、あるのか?」


「いや…… 聞いたことも、ありませんな」


 夢見薬ドゥオピオを匂わせる俺の発言にも、ドブラ議員は平然としたままだった。

 この程度のでは、しっぽを出さない、か……

 いまの俺の目的は証言集めではないから別に、いいが。


「おすすめしたいのは睡眠の質を高める…… つまりはよく眠れるようになるための、栄養剤だ。特殊なポーションの錠剤タイプ、くらいに思ってくれたらいい」


 俺は、あらかじめチート能力で出しておいた数種類の睡眠サプリをドブラ議員の間に並べる。

 ―― 長時間型の強力な睡眠薬を勧めて深く長く眠らせ、その間に色々とやってしまったほうが、ことは簡単なんだが……

 どう考えても、きちんと診察もせずに眠剤を処方するのは、俺にはできなかった。たとえ相手が悪人でも…… 医療は、人を助けるためにあるのだ。逆はない。

 ―― 結果、サプリしか選択肢がなくなってしまったわけである。我ながら不本意だ。

 しかしまあ、いまは単に時間稼ぎができれば、それでいいからな。

 ドブラ議員は、俺が並べた錠剤を下目で見て、咳払いをした。


「見たこともない薬ですな」


「当然だ。オリジナルだから」


「効きますかな?」


「それは、ひとつずつ試してもらうしかないな。効き目には個人差があるんだ」


 ちなみに睡眠サプリの類はどれも、前世の俺にはあまり効果が実感できなかった…… ことは言わず、サプリのひとつひとつについて、なるべく丁寧に説明を始める。

 しばらくたったとき。


 「失礼します!」


 ふいに、緊迫した声とともに応接のドアが激しく叩かれた ―― やっと、きたか。


「失礼します! リベレコ港にて、大海蛇シーサーペントが突如、暴れ出しました! 我が家の船に、甚大な被害が出ております!」


「なんですと!?」


 家令 (だか執事だか) の報告に、ドブラ議員が立ち上がる。

 ソフィア公女、うまくやったみたいだな…… 竜使いの実力発揮だ。


「船の警備用機械生命オートマタは、どうしましたかな!?」


「全機、海に引きずりこまれ、損壊、ある位は機能停止しております!」


「なんと…… 客人、すまぬが、また日を改めていただけますかな」


 こんなときでも、ドブラ議員は丁寧さを崩さないんだな。こんな人が、裏で悪事を働く理由がわからない。


〈もちろんですわ。大変でんなあ!〉 と、ゼファーが翼をばたつかせた。


〈よろしければ、なにか手伝いまひょか?〉


「いえ、けっこう…… では、失礼」


「ああ、俺たちも、これで失礼する」


 俺とゼファーはわざとゆっくり、応接室を離れる。館には、ドブラ議員が使用人たちに何事かを指示する声が響いていたが、すぐに静かになった。

 ―― 最低限の使用人と警備用機械生命オートマタだけをこの館に残して、船と積み荷の救援に向かったのだ。


「予定どおり」 〈でんな!〉


 残った数少ない使用人に見送られ、いったん門の外に出た俺とゼファーはハイタッチで作戦の成功を祝った。

 さて、本番はこれからだ。

 一刻も早く、イリスの両親とスライム奴隷を救出し、イリスの心核コロケルノを修復する ――

 まずは、残りの警備用機械生命オートマタにも沈黙してもらおう。


「ヘイ、ウィビー」


 俺はアイテムボックスから天才的なア○フォンを呼び出した。


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